210 R-ある夏の賑やかなひと時
「――えー、こほん。それでは僭越ながらー、わたしが代表いたしましてー」
厳かに取り仕切る蜜実の声に、全員がゴクリと唾を呑む。
……華花だけは、喜び混じりの苦笑いで、口角が変な風に歪んでしまっていたが。
いやに真剣な表情を浮かべる義両親と友人二人、そして華花の顔を順番に見渡したのち、一息、吸い込んで。
「――華花ちゃん、誕生日おめでとぉ!」
「「「「おめでとーっ!!!!」」」」
ぱぁん、ぱぁん、と。
高らかな声に呼応してデバイスから、ARな電子クラッカーが弾け舞う。
卓上のディナーに降りかかる前に粒子となって消えていくそれらを眺めながら、本日の主役である華花がもう一度微笑む。
「ありがと。なんか、こんな風に祝われるの、ちょっと恥ずかしいかも……」
昨年は蜜実と二人きりの穏やかな一日だったものだから、打って変わって五人もの家族友人に祝福されるともなれば、何となしに気恥ずかしさも浮かぼうものか。勿論、嬉しいことは大前提として、ではあるが。
「――ぷはぁっ!娘の誕生日で酒がうまい!」
「祝杯じゃ祝杯じゃ!!」
言葉だけ聞けば中々に酷いことを言っている明日華に、早くもテンションMAXなメアリーが追従する。今日ばっかりは花恵も家内を咎めることもなく、缶チューハイに手を伸ばしていた。
「あははぁ――ちょっと待ってー、ヘレナちゃん、それ何?」
と、こちらも上機嫌に卓を見渡していた蜜実の目に、信じがたいものが飛び込んでくる。
「――ぷはっ……?……何って、酒だけど」
書いてあるでしょ、とばかりにラベルを指さすヘレナだが、今しがた口を付けていたそれは、恐ろしく度数の高い清酒の大瓶であって。
「え、だ、大丈夫なの?」
明日華の好む優しめなチューハイの、凡そ10倍ほどの度数を誇るそれをラッパ飲みするなど、アルコールに疎い華花たちですら、一般的ではないと良く分かる異様な光景。
「こっちの国のは初めて飲むけど、結構イケるわね」
昼間の内にどこかで仕入れてきたらしい酒瓶を、どこからともなく取り出してあおり、あまつさえ何がおかしいのか分からないとでも言いたげな顔をする。
「そ、そっかぁ。うん、まぁ、ほどほどにねぇー……」
これが彼女にとっての普通なのだと、受け入れるほかない未成年組であった。
(ニートで引きこもりでネトゲ廃人で酒豪……こいつマジでイカレてんな……)
祝いの場という事で、一旦は苦言を飲み込み内心に留めるメアリーだが、彼女も彼女で蒸留酒を愛用のステンレスボトルから直飲みしている訳で、あまり人のことは言えない有様ではあった。
明日華と花恵は流石の年の功か、この程度のカルチャーギャップでは驚かない様子。
結局、パーティーに相応しいメニューとドリンクとケーキがあれば、今日この場においては、何の不足も不満もないのである。
まあそんな感じで始まった華花の誕生日祝い、けれどもそのお題目があればこそ、悔やまずにはいられない熱狂的な人物が二人ほど。
「――しかしなぜ、なぜ事前に伝えてはくれなかったのですか、神ィ!!」
「そうよそうよ!言ってくれれば色々と用意したのに!!」
「いや、言ったら凄い(大変な)ことになっちゃうかなって」
思わずエイト口調が混ざってしまっているメアリーが、友人として以上に信者として常軌を逸した、想像もつかないような何かしらを企てるであろうことは、それこそ想像に難くない。
更には、ヘレナが時間も資金もある最強の無職であると判明したことも相まって、より一層、自分たちの判断は間違っていなかったと安堵する華花らであった。
「ごめんねぇ。でもほら、こういうのはお友達に祝って貰えただけで嬉しいものだから~」
「うぐぅ……も、勿体無き御言葉……!」
我が事のように言う蜜実の、ふにゃりと微笑む顔を見れば、メアリーもヘレナも引き下がらずにはいられない。
(来年、そう、来年こそは……!)
(祝ってやる……滅茶苦茶に祝ってやるわ……!)
無論、口惜しさの火種を心の内に燻ぶらせながら、ではあったが。
「お前、ほんっとこういう時は控えめだよな。あちらさんはともかく、あたし達にくらい何か要求しても良いってのに」
と、一応は納得を見せた客人二人に代わって、今度は明日華が同じようなことを言ってくる。親なのだから、それこそ遠慮はいらないだろうと、これまたその顔には少しばかりの不満が浮かんでいた。
「ケーキだけで十分、だなんて。ねぇ」
続く花恵も、頬に手を当てながら、テーブルの上のバースデーケーキに目をやる。
オーソドックスなショートケーキ、添えられたチョコプレートに描かれた文言もTHE バースデーメッセージといったシンプルな代物で。
年頃の少女が欲しがるにはいささか謙虚な、いやあるいは年頃だからこそ、親に何かをねだるのを嫌がっているのだろうか。
そう考えてしまえばこそ、両母共に、ちょっとばかし寂しさを覚えずにはいられない。
しかし、そんな母親たちの杞憂を振り払うように、華花は小さく首を振る。
「……お母さんたちには、生活費とか学費とか全部出して貰ってるんだし。それ以上に欲しいものなんて無いよ」
更に更に、頬を染め、小さな声で、一言。
「……その、いつもありがと……」
「――華花ァ!」
口は悪いが親バカな明日華に、その一撃を耐えられるはずもなし。
「お前ってやつは……!何だ、倍か!?仕送りを倍に増やせばいいんだな!?任せと――」
「こーら」
「あいてっ」
「華花が困ってるでしょ」
暴走しかけた妻を小突いて止める花恵の顔も、しかし言動とは裏腹に喜色満面に染まっていた。
(二人暮らしさせてるっていうから結構放任主義なのかと思ってたけど……十分、過保護ね)
ここ数日で勘付いていた事実も、今目の前で繰り広げられるやり取りを見ればなおのこと、もう疑う余地もないだろう。
自身も身を以って知る親からの多大な愛情が、年下の友人たちにしっかりと注がれていることに、何故だかヘレナが満足げに頷いてみせる。
(いや、お前はなに目線なんだよ)
(うっさいわね、いちいち突っかかってくるんじゃないわよっ)
親子のやり取り邪魔するべからず。
犬猿の二人もここは意見の一致を見せて、小声でジャブを打ち合っていた。
「――倍とは言わないけど、何か困った事とかどうしても必要な物とかがあったら、ちゃんと相談しなさいよ。蜜実ちゃんも、遠慮なく、ね」
「うん、ありがとう」
「頼りにしてますー」
花恵の言葉で綺麗に締まり、母と娘たちの家族力の高いやり取りはひと段落。
(まあでも、なるべく今のままで)
(うん。それで、いつかは――)
けれども娘二人、前々から考えていたことを、内心で今一度決意していた。
現状、華花と蜜実の生活は、両家両親それぞれからの仕送りによって成り立っている。
父母四人とも微塵も気にしていないとはいえ、バイトもせずに100%親の金で二人だけの時間を過ごすのは、悪い言い方をしてしまえば二人の我がままのようなものであって。
だからこそ、こんな途方もない贅沢をさせてくれることそのものが、彼女たちにとっての最大のプレゼント。
もう少し大人に近づいて収入を得られるようになったら、学費も生活費もちょっとずつ返していこうと、二人は密かに誓っている。
言うと絶対に断られる。
と、両親の甘やかしっぷりをその身に体験しているが為に、今はまだあくまで密かに、ではあるが。
若人が、年に一度の自分だけの節目の日に、そんな想いを抱き直しながら。
しかしまだまだ、時間は夕食の頃合いを過ぎたばかり、おめでたい日はここからも、今しばらく続きそうであった。
次回更新は11月27日(土)18時を予定しています。
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