21 R-そうだ、デートに行こう
「華花ちゃん、デート行こう!」
きっかけはそんな一言だった。
起き抜け、突発的に思いついた蜜実も言われた方の華花も、デートならまあハロワでも散々やっているし、などと軽い気持ちでいたのだが。
「えっと、華花ちゃん。この格好、どうかなー……?」
いざ支度をし始め、気合の入った格好に着替え終わったあたりで唐突に、コトの重大さに気が付いた。
……え、今からリアルでデート?自宅で、とかじゃなく、お出かけするタイプのアレ?
コーディネートはこれでいいのだろうか。魅力的過ぎる相手に対して、自分の格好は釣り合いが取れているのだろうか。そんな、常なら歯牙にもかけない様な考えが過ぎってしまうほど、二人の頭は期待と緊張に侵食されていた。
心の準備も何もなく、その場の思い付きで決行するから、そんなことになるのである。
「変じゃない、かなぁ……?」
おずおずと身を晒す蜜実の格好は、上半身が黒、下半身が薄桃色のツーカラーワンピース。腰に巻かれた表裏二色のリボンが上下の寒暖を融和させ、僅かにふわりと広がる膝下までのフレアスカートが清楚さを、白い肌が映える上半身の黒が仄かな色気を醸し出す。
少しばかり不安げに問いかけるその姿さえも、犯罪級に可愛らしい。
「凄く、似合ってる……綺麗だし、可愛いし……」
故に華花は、そんな語彙力皆無な誉め言葉しか口に出来なかった。
(やばい。可愛すぎる。可愛すぎるのに、大人っぽくて綺麗って、どういうことなの……?)
茹だった頭で綺麗可愛いという概念に恐れ慄く彼女だったが……しかし、相対する蜜実の方も、華花のその姿にいつも以上に心を奪われていた。
白いブラウスに濃紺のタイトジーンズという、一見するとシンプル過ぎるような華花の恰好。しかし、襟や胸ポケット、肘下ほどまで折り曲げられた袖を縁取る空色のラインが、爽やかな彩りを与える確かなアクセントとなっている。
そもそも華花はすらりと伸びたスレンダーな体躯をしており、シンプルなコーディネートが良く似合う少女であった。
「華花ちゃんも、とっても素敵……」
(かっこいい……あとなんか、ほんのりセクシー……)
開けられた胸元のボタンに思わず目が行ってしまう蜜実だったが、緊張しきりな華花が、その邪な視線に気付くことは無かった。
「あ、ありがと……」
かくして準備は整い、いよいよデートに出発……というわけなのだが。
「「…………」」
密やかに色付けられた指先。いつもより少しだけ発色の良いリップ。ナチュラルメイクで、元来の麗しさがさらに引き立てられた面立ち。
お互い、どこに目をやってもどぎまぎしてしまう。そんな状況で、いつものように腕を組めるはずもなく。
「じゃ、その、行こっか」
「う、うん」
遠慮がちに恋人繋ぎで指を絡ませながら、二人は揃って家を出た。
◆ ◆ ◆
突発的な思い付きであったため、行く先は最寄りから数駅先の大型ショッピングモール。有名なデートスポットで思い出を作る、というよりも、ウィンドウショッピングでもしながら二人で一緒に出歩く、といったような具合である。
「つまり、半分予行演習……みたいなものかなぁ」
「そ、そうね、予行演習、予行演習」
などと互いに言い聞かせ、蜜実と華花は緊張を少しでも和らげようとしていた。
(心の)準備に少しばかり時間を取られてしまったため、目的地に到着したころには既に、時間は昼を回っていた。
取り敢えず腹ごなしをしつつ気を落ち着けようと、フードコートへと向かい。連休の最中、時間も時間であるために混雑しているその一角で何とか二人席を確保し、ずるずるとうどんを啜りながら、ざっくりとこれからのプランを話し合う。
「蜜実はここ来たことあるの?」
「服を見に何度か、くらいかなぁ」
蜜実は、日用品は近場のスーパーや通販で全て済ませてしまい、この手の大型店にはあまり出向かないタイプの人間であった。そも、日々の大半をハロワの中で過ごしていたのだから、それ以外の場所に縁遠いのも当然ではあるのだが。
「私は初めてだから、エスコートよろしくね」
「任せなさぁいっ」
華花の言い回しに少しばかりどきりとしつつ、胸を張り表情を引き締める蜜実。
「……って言っても、わたしもアパレルテナントくらいしか回ったことないんだけどねー」
しかしすぐにその相貌を、いつものふにゃりとしたものに崩した。
あまりの愛らしさに若干の眩暈を覚えつつも華花は、小さく笑って平静を取り繕う。
「じゃ、取り敢えず服とか見て回る?」
「そうだねー」
まあ、定番中の定番であった。
◆ ◆ ◆
洋服を見て回るデートプランともなれば、あれやこれやと試着をしたりさせたりして、キャッキャウフフやいのやいのいちゃいちゃするのが常であるのだが。
((試着はマズい……絶対に耐え切れない……!))
平常心を失っている今の二人に、それはこの上ない危険行為だと言えた。
自分が選んだセンスで相手を着飾らせる。それは即ち、相手が自分のものだと表明し、侵略する行為に他ならない。
翻って着せられる側も、自らを包み込むとても重要な外装、それが最愛の人が選択したものともなれば、最早その人に全身を包まれていると言っても、何ら過言ではないだろう。
事ここに至って、被服とは征服されるという一つのカタチなのである。多分違う。
そもそも、試着室とかいうシステムが良くない。
仮にも見ず知らずの他人が多くいる店内で、個室とはいえ仕切り一枚を隔てて着替えるなどと。ましてやそれを、デートの相手に試着室の前で待ち構えられているなどと。
全く以ってけしからん。最早新手のプレイか何かなのではないか。
二人揃って、示し合わせたかの如くそんな事を考えてしまうあたり、緊張と煩悩にだいぶ思考を侵されているのが窺えた。
「夏物……を考えるのは、まだ先かな」
「とか言ってるうちに、いつの間にか夏になってたりするんだよねー」
「あはは、確かに」
かくして、流行りの服なんかを物色しながら、当たり障りのない会話に花を咲かせる華花と蜜実であった。
かと言って別に、気まずさや妙な空気感があるわけではなく。
こうして、ちょっと気合の入った格好をして、ドキドキを隠しきれないまま、二人で並んで歩いて回る。それだけで、どうしようもないくらいに幸せな気分に、一緒に浸れる。
二人の思考は暴走気味である故に、それくらい単純で、分かりやすくて、不満も不足も申し分もなかった。
「華花ちゃん、首筋とかもすっごいえっ、あーっと、きれいっ。きれいだし、ネックレス似合いそう」
「そうかな?蜜実もそういうの合うと思うよ」
とはいえ、じゃあせめて何かお揃いのアクセサリーでも買おうかとも考えたのだが……何せ急なデート、しかも引っ越しやその他諸々で出費があったばかりともなれば、もとより学生の身分である二人には、あまり大きな買い物をするのも憚られた。
「残念だけど、今日は見るだけね」
「そうだねぇ」
(お金貯めとこう)
(次の機会に、何かプレゼントするのもありかなー)
お互いに見え透いた魂胆をさりとて指摘するのも野暮だろうと、言葉のわりに笑顔でその場を後にする華花と蜜実であった。
◆ ◆ ◆
「折角だし、夕飯もここで買っていくー?」
「スーパーに売ってないのとかもありそうだしね」
夕方、というにはまだ少し早い時間ではあったが。せっかく大きな店に来たのだからと、夕飯の買い物をしに食料品フロアへ向かった蜜実と華花。
「おぉ、見てみて華花ちゃん」
「なんか、見慣れないものがいっぱい並んでるね」
その眼前に広がるのは、見知ったチルドやインスタント食品だけではない、様々な『食材』を取り扱う様子であった。
調理前の食材など、最早この手の大型ショッピングモールの一角や専門店でもないとお目にかかれない時代。現代っ子の代表格である華花と蜜実は、少しばかり物珍しそうにしながら、居並ぶ食材たちを眺めて回る。
「この辺はまだ、近所の店にもあるけど」
「うんうん」
まず二人を出迎えたのは、色とりどりの新鮮な野菜や果物たち。それらはまだ、近場のスーパーなどでも少数ながら取り扱ってはいるため、さらりと流し見る。
「「おぉ……」」
お次は生鮮コーナー。
丸齧りも有り得なくはない青果類はまだしも、生の肉類や一尾丸ごとの生魚など、料理をしない若者二人からしたら、思いのほか馴染みのないものであった。
「うーん、ちょっとグロい……」
赤く、僅かに血の残る精肉の生々しさに、少しばかり顔をしかめ。
「生き物の死体が丸ごと売られてるのって、けっこう怖いよねぇ」
澱んだ瞳でこちらを見つめる、物言わぬ魚たちに、一抹の恐怖すら覚える。
「でもなんか……」
「うん、お肉食べたくなってきた……」
しかして獲物を前に食欲を生起させられるのは、正しく動物としての本能だといえよう。
今日の夕食は肉にしようなどと考えながら、冷え込んだ生鮮コーナーを後にして、続いて調味料コーナー。
「醤油……は、流石にうちにもあるねぇ」
「え、ソースってこんなに種類あるの?」
「お酢、ってすっぱいやつだよね」
「みりん……?」
「聞いたことはある気がするー」
「何にかけて食べるんだろ……」
調味料など食材にかけるものだとしか認識していない彼女たちからしたら、ずらりと並ぶそれらの大半は、まさしく用途不明の謎の物質であった。
一人で見ればよく分からない物たちも、二人で冷やかせば楽しい時間を生み出してくれる。自炊を趣味とする雅な人々に混じりつつ、華花と蜜実は肩を寄せ合いながら、見慣れない食材たちを肴に会話を弾ませていた。
先ほど洋服を見て回った時とはまた違う、どこか落ち着いたような、けれども自然と笑顔になってしまうような。
そんな気持ちで二人は、それなりに長い時間をかけて食料品フロアを踏破した。
◆ ◆ ◆
「よし、じゃあそろそろ」
「帰ろっかー」
思いのほか時間がかかってしまった夕飯の買い物を終え、モールを出た頃には、すでに日もほとんど落ちかけており。結果として帰宅が予定より遅くなってしまったが、むしろデートとしては文句なしの大成功であった。
「華花ちゃん。急だったけど、今日は楽しかった?」
「とっても。蜜実は?」
「もちろんっ。またデートしようねぇ」
「うん」
帰りの電車内でそんな会話をする二人の様子からも、そのことが容易にうかがえるだろう。
「「ただいまー」」
玄関に帰り着いた頃には、朝の緊張などすっかり消え失せており、二人とも満足した様子で部屋の戸をくぐる。
「じゃあ、華花ちゃん。ただいまのちゅー」
「え、あ、うん、おかえり――んっ」
「――そしてこれが、おかえりのちゅー」
「た、ただいま、っ」
なお、その日の夕飯はビーフステーキ(女性サイズ)だったとか。
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