204 R-積もる話も……そんなにない
シャワーも夕食も終え、またもリビングでくつろぐ……というかだらける四人。
元よりほとんどなかった緊張も完全に霧散し、その様相はまさしく二世帯生活のそれであった。
とはいえ、流石に親の前でネグリジェは着られまいかと、無地のシャツに短パンという夏の部屋着でそろえた華花と蜜実。
先と同じくソファは母たちに献上している為、テーブルを挟んでクッションの上、互いの背中を背もたれにして湯上りの余韻に浸っている。
「……ていうか、初日から飲んでるの?」
家主たちが食後のシャワーを済ませているうちに、既に明日華は来る途中で買ってきていた酒を開けており。その典型的なダメ大人然とした振る舞いに、華花のジト目は留まるところを知らない。
「いいじゃねえか別に。旅行みたいなもんなんだから、飲まなきゃ損、損」
「……今日は私が見てるから、この堪え性のない大人を許してあげて」
こちらはシラフな花恵の言葉に、溜め息と笑い声が一つずつ。
「私も将来、飲んだくれになっちゃうのかな……嫌だなぁ……」
文字通り心底イヤそうな顔をしながら娘が言えば、飲んだくれと称された母は心外とでも言わんばかりに顔を顰める。その手にはバッチリ、チューハイの缶を握りながら。
「あたしがいつも酒ばっかり飲んでるみたいな言い方はやめてくれよ。蜜実に変なイメージ持たれちまうだろうが」
実際、それほどアルコールに憑りつかれているというわけでもないのだが……しかし前回の帰省の際にも、今日この瞬間も、未成年お断りな350ml缶をあおっている訳で。
「……そんなことないですよぉ?あははぁー……」
割と飲む人なんだなぁという印象は、残念ながらもう定着しつつあった。
「大丈夫、この人実はお酒弱いから。こう見えて、度数弱めのやつをちびちび飲んでるだけなの」
「あ、そうなんですねぇ」
「なぁ、それ別に言わなくてよくねぇ?」
酒カス扱いは御免だが、しかし弱いとか言われるのもそれはそれでイヤ。そんな面倒くさいこと極まりない複雑な義母心を抱いている明日華。
華花的には、弱いくせによく飲んでいるのがなおのことダメ大人っぽいと不評なのだが。こちらは、飲酒という概念を知らないが故の純粋な思いであった。
「……エイトたちとも飲む、とか言わないでよ?」
「え、全然そのつもりだったんだけど」
「……はぁ」
「おーい、親にため息つくなー」
数日後には、本イベントの言い出しっぺであるエイトと、噛み付きながら便乗したヘファもこの家を訪れる手筈になっている。
両者ともに、諸々可能な年齢に達しているということで、親としては酒を交えてじっくり話し合う気満々であった。
「華花、何だかいつも以上に辛辣ねぇ」
頬に手を当て、しかし言葉の割には楽しそうな笑みを浮かべている花恵。
「……友達に、親の変な所は見られたくないでしょ。普通」
「あら、ですって明日華」
「大丈夫大丈夫、任せとけって。大人っつっても、あたしたちから見ればお前らとそう変わんねぇんだ。バッチリ決めてやるからよ」
「おぉ~」
迸る謎の自信、得意げなドヤ顔。
何をどう決めようというのかさっぱり分からないが、薄い胸をどんと叩くその勇ましい姿に、蜜実もぺちぺちと手を叩きながら称賛の声を上げていた。
二缶目で既にちょっと赤ら顔なのに、よく言えたもんだよ。
なんて溢す華花の内心に、笑いをこらえながら。
「――ま、そっちは顔合わせてから考えるってことで。今日はお前らの話でも聞かせてくれ、な?」
娘たちの以心伝心を知ってか知らずか、母の片割れは呑気なもので、かこんと缶がテーブルを打ち付ける音を合図に、あっさりと話題を変えてしまう。
……まあこれが、どうせ顔合わせ当日にもなれば内心緊張しきりになってしまうのだろうと考えれば、やはりアルコールというものはつくづく便利な精神安定剤であると言えようか。
「私たちの、って言ってもね」
母の未来を幻視しつつ返す華花だが、しかし、これと言って話すほどのことはさして浮かばない。先日、隠し事はし過ぎるなと叱られて以降は、以前よりもマメに近況報告をするようになったわけで、正直な話、直接会ったところで伝えるべきこともそう多くない身の上。
「うぅーん……何かあったかなぁ」
小首を傾げる蜜実も同じく。
別に、毎日の嫁の一挙手一投足を喋り倒したって構わないのだが、それをやると流石に華花に怒られそうだし。義両親は大喜びするだろうけれども。
「それこそほれ、『進路相談』は順調か?」
見かねた明日華が振った話題は進路、ではなく進路相談。
進む路の話であれば、もう推薦はほぼ内定で安泰と言ってもいいわけで。
現状、二人にとって、そして勿論その親たる明日華たちにとっての主要は、進路指導と銘打たれた検証・探求の方にある。
「夏季講習の一回目はどんな感じだった?」
続けざまの花恵の言葉もほぼ同じような問いかけで、やはり親としては、娘の身に置きつつある特異な現象は気になってしまうものらしい。
「仮想空間で追いかけっこして終わり」
「初回は特に、何事もなかったですねぇ~」
「ていうか、その日の内に報告しなかったっけ?」
こぎつけた夏季講習の概要も第一回の事後報告も既に済ませているのだから、娘的にはわざわざ二回話すことでもなかろうといった心持ちなのだが。
しかしそんなことは意に介さないとばかりに、明日華は肩をすくめて見せる。
「そりゃ分かっちゃいるが、それでも聞きたくなるもんなんだよ」
親心ってのは。
言葉にはせずに乗せたひと言に、花恵も頷いていて。
「そんなものなんだ」
両親ともに言うのならばと、良く分からないなりに納得する華花であった。
「……でも、思考が繋がってるって言われても……私たちからしたら二人は、昔から以心伝心だったわけだし。正直、何が違うのか良く分からないんだけどね」
「現実の方では、何となくそんな気がするって程度だけど」
「……それって別に、仲いい間柄だったら普通じゃねぇのか?」
「ですよねぇ」
思考接続などと言えば大層なモノに聞こえてくるが――いや、実際大層なモノなのだが――起こっている事象だけで見れば、この二人ならまぁ……と納得できる程度の塩梅であって。
僅かな心配と、そこそこの興味と、結構な今更では?感がブレンドされた母親たちの言い草に、当の本人たちも首を斜めに振らざるを得ない。
以心伝心をシステマチックに解明できるかもしれない、ということの凄さを、今はまだ婦婦ら自身もうまく言葉で説明できずにいた。
「リアルではあんまりって言うけど、実際どんな感じなんだ?」
「……例えばー、華花ちゃんが明日華お義母さんと、婦婦の主導権が何とかで手を組もうとしてることとか、何となく分かっちゃうくらいですかねぇ~」
「んなっ」
何気なく投げかけた問いに、何の前触れもなく、強烈なカウンターが繰り出される。
(おい、ばれてんじゃねぇかっ)
(しょ、しょうがないじゃん……)
娘たちの以心伝心が、こんなところであだになろうとは。
「ま、そのくらいは私にも読み取れるけどもね」
「……だよね」
続く花恵の澄まし顔に、華花ももう頷くしかない。
仲のいい間柄ならこれぐらいできてもおかしくない。
そんな明日華の言動が、早くも実証された瞬間であった。
「ま、まぁいい。バレてようが何だろうが、最終的にあたしたちが実権を握れば問題ねぇんだからよっ」
「そうね。頑張って」
「がんばれぇ~」
心にもないエールに口の端を歪ませながら、ぷしゅっと三本目を開ける明日華と、横目でそれを笑う花恵。
早くも負けを予感しつつある華花は、背中合わせの蜜実にもたれ掛かりせめてもの抵抗を見せる。
そんな、極めて平和な空気感のまま、白銀婦婦訪問第一夜は過ぎて行った。
次回更新は11月6日(土)18時を予定しています。
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