200 V-第一回夏季特別講習
わーい200話目だ。いや、だからどうという話でもないのですが、いつも読みに来てくださりありがとうございます。因みに次回の更新で丁度、連載開始から二年にもなります。ありがたいですね。
夏休みに入って、真っ先にやることは何か。
いやさ勿論言わずもがな、この婦婦が本当にまず一番最初にしたことと言えば、長期休暇開始にかこつけたひときわ長く情熱的なアレやらコレやらに他ならないのだが。
人様に話せる範囲での予定、イベント事という点で言うのなら。
それは今日この日、休暇に入って数日と経たないうちに第一回目が催された、彩香女史・和歌との夏季講習が当てはまるだろうか。
「――まだまだ余裕がありそうですね」
「そうでもないです、よっ」
他に誰もいない体育館のようなステージに、声が響き渡る。
外見は現実準拠、ステータスは初期レベル相当の実習用アバターに身を包んだハナとミツ――いや、華花と蜜実を、同じく教員としてのアバターを纏った彩香女史が追い立てていた。
「あぶなぁっ」
背後から伸びた女傑の手を、背を丸めることで何とか回避する蜜実。危うく自身の首根っこを掴みかけた教鞭に、仮想の冷や汗が一滴。
数値上の能力水準は同等であるはずなのに、彩香の方が圧倒的に洗練された動きを見せるのは、やはり彼女が、アバターに依らない高い技能を有しているためか。
二人並んで逃げる婦婦の背にぴったりと張り付き、少しでも隙を見れば、即座に、今しがたのような捕縛の手が飛んでくる。
(右旋回――)
(――やっぱ左っ!)
床を鳴らす鋭角なターンは、二人揃ってあまりスマートとは言えない体捌き。けれども、右に行くと予想していた彩香女史の腕を確かに逃れたその勝負勘は、鈍重な身体なれども決して失われてはいなかった。
「ふむ、――」
此度の講習内容は、端的に言えば鬼ごっこ。
鬼(教官)役である教師二人から可能な限り逃げ続けることが、二人に言い渡された課題であった。
どちらも相手への攻撃とみなされる行動は禁止。何も無く限られたこの体育館内をとにかく走り、逃げ、躱し続けるその中で、まずは華花と蜜実の高度同調を引き出そうというのが彩香女史の狙いであり。
「別に、バラバラに逃げても構わないのですよ?」
涼しい顔で駆けながら口にするその言葉も、婦婦の同調が双方の距離に依らないと知っているが故のもの。
「そうしたいのは、山々なんですけどっ」
「向こうからすごい見てる人がいてぇっ」
対する華花と蜜実は、二人目の鬼を警戒し、迂闊な展開行動を取れずにいた。
先程から積極的に二人を追いかけ回している彩香女史とは対照的なもう片割れ、少し離れた位置から隙を窺っている和歌の眼光が、婦婦の動きを間接的に阻害する。
彩香を攪乱するために別方向に逃げ、その結果各々が鬼一人ずつを相手取る、或いはもっと徹底的に、二人で一人を捉えようと動かれるのは流石にマズい。
スキルの無いこの状況では、距離が開けばその分だけ、互いをフォローし合うのが難しくなってしまう。
それに、何より。
「――ほいっ!!」
「「っ!」」
彩香の手を嫌がって逆方向に逃げた結果として、件の和歌に大きく接近してしまったこの現状を逃れるためには、どうあっても二人の力を合わせなくてはならないのだから。物理的に。
(左と――)
(――右っ)
正面から飛び込んできた和歌の、右腕を右側にいた華花の左手が、左腕を左側にいた蜜実の右手が捉える。交差した自身らの腕を思いっきり引けば、逆転するようにして和歌の両腕が、次いで身体全体が、急回転し宙を舞う。
「おぉっ!?」
悲鳴を聞くもそのまま止まらず、投げ出された和歌の下をくぐるように駆け抜けていく二人。
「おっと」
「あ、ありがとうございますっ」
後ろを追っていた彩香が、飛び込んできた部下の身体を危なげなく受け止めるも……いかな彼女と言えどもこうなってしまえば、流石に足を止めずにはいられない。
「……これくらいはセーフですよねっ?」
反撃と見なすべきか難しいところ。しかしまあ、随分と離れてしまったところから得意げに言う華花の顔を見てつい頷いてしまう辺り、何だかんだ言って彩香女史も生徒に甘い部分はあった。
「……まあ、良しとしましょう」
表面上はややも呆れた口調で言いながら、彩香は和歌と並んで立つ。
距離が開いたことで一旦の仕切り直し、再び追い立てるその前に、教員二人はここまでの所感を話し合う。
(今しがたの動きを見るに、それなりの同調は発現しているようですが……)
二人の顔色を窺う限り、それこそアバター共有のような超高度な思考接続は見られない。
(まだ余裕があるってことなんですかね?)
華花ら自身が立てていた『自身らと同等かそれ以上の強敵を相手取る時に発現する』という仮説を真とするのなら。和歌の言葉通り婦婦は、このままでも鬼二人から逃れられると考えているのだろう。
(或いは、何か別の条件があるか……)
しかしそもそも、先の仮説は――これまた本人たち自身が言っていたように――それっぽいと言えばいかにもそれっぽいが、しかしゲームギミックとしては条件が曖昧過ぎる。
おそらくは、もっと厳格に定められた発動の切っ掛けのようなものがあるはず。それを探ることも、本実習の目的の一つであり。また同時に、明確な戦闘行為でなくとも発現するのか否かを探るという点からも、鬼ごっこなどという一見謎な種目が選ばれた次第であった。
(――それにしてもやっぱり、お二人とも成長しましたよねぇ……)
まあ和歌などは、そんな主目的とは別の話として、今の婦婦の動きそのものに感動を覚えているのだが。
去年からVR実習担当として華花と蜜実を教えてきた彼女からすれば、制服姿の二人と言えば、ひとたび授業が始まればまるで捨てられた子犬のように互いを探し求めておろおろと彷徨い、やっとこさ編み出した『絶対目を合わせ続ける』戦術で強引に実習を切り抜けていた印象が強く残っている。
離れていても繋がっているという考え方。
そこからよりシステマチックに発展して、実際に思考が接続される感覚。
幾度かの段階を経て、今再び並び立つ二人の女生徒は、もう。
例えちょっとばかし一人になったところで、情けない姿を見せることもないだろう。
ファンとして、と言うよりも、その成長を見守ってきた一人の教師として、どうにも感慨深いものを、抱かずにはいられない。
特にこんな、広い体育館を背に、堂々と佇んでいる姿なんか見せられてしまえば。
(早いものですねぇ)
もうあと半年ほどもすれば――などと考えるのは、少々早過ぎるだろうか。
いや、そんなことはない。そうこうしているうちに、生徒たちはみな、あっという間に成長していくものなのだから。
(――しかし少なくとも今は、感傷に浸っている時間ではありませんよ)
(あ、はい)
故にこそ、彼女たちの時間を少しでも有意義に使わなくては。
そんな厳格なる上司の言葉に引き戻され、和歌は今一度気合を入れ直す。
「……もう、まどろっこしいのは苦手なんで。ワタシも普通に追っかけまわしますね!」
そうして彼女ができることと言えば、愚直にぶつかって行くくらいのものなのだが。
「あはは、やっぱりぃ」
「多分そうなるって思ってました」
「……ええ、残念ながら私もです」
四者共々に一瞬の笑みを浮かべたのち、ようやく実習が再開される。
鬼ごっこは以後数時間ほど続き、残念ながら目に見える成果や発見は得られなかったものの……生徒も教師も両者とも、何だか妙に充実感のあるひと時を過ごすことができた。
まあ案外、誰もいない体育館というシチュエーションを、四人とも楽しんでいただけなのかもしれない。
(――この調子だと、次回はもっと追い込んでも良いかもしれませんね)
(いやこれ以上って、もう完全『現実準拠』しかないじゃないですか……)
終始余裕が見え隠れしていたこの時の婦婦には、次回がガチでマジのスパルタ回になることなど、知る由もなかったが。
次回更新は10月23日(土)18時を予定しています。
よろしければ是非また読みに来てください。
あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととても嬉しいです。




