20 V-セカイの速さを知りたいか?
「『スタンピード』、ですか?」
ゲーム内でも有数の学園都市と名高い『アカデメイア』。その商業区の一角にあるカフェにて。百合乃婦妻と『ティーパーティー』の面々が集まっていた。
「なんか近くで、その予兆が観測されたらしいっすよ」
リアルではまだ春の日差しも麗らかな時節だが、こちらのセカイでは既に秋の気配が訪れている。そんな、少しばかり涼しくなってきた空気を味わうべく、一行は屋外のテーブルスペースで雑談に花を咲かせていた。
「タイミング的にはー、リアルで考えて連休明け、くらいかなぁ?」
ハナの口元へとクッキーを持っていきながら、件のイベントの時期を予測するミツ。
「ここのすぐ近くで起きるのって、結構久しぶりじゃない?」
フレアの言葉を聞きながらノーラは、都市内はプレイヤー育成施設の、初心者講座で学んだ知識を思い起こしていた。
スタンピード。すなわち、突発的なモンスターの大量発生。
ゲーム内の至る所でランダムかつ不定期に発生する、ある種のイベントのようなもの。
原種、野に放たれた人工種、それらの自然交配によって誕生した第三種等々、様々なモンスターが短期に大量発生し、プレイヤーの生活圏にまで迫り至る現象。
とはいえ運営曰く、これはこのセカイでごく当たり前に起きる自然現象の一種であるとのことで、それゆえ対処フローも現実と同様、プレイヤーの自衛及び駆除に全て任せるという方針であった。
「そういう設定なのか、ガチで勝手に起きてる現象なのかは分かんないけどね」
「ガチなら流石にやばいと思うぞっ☆」
本当にこの現象が自然発生的に起こっているのだとすれば、最早このセカイは運営の手を離れ独自のサイクルを築いている、ということになってしまう。流石にそれはないだろうと、白ウサちゃんは冗談めかして否定するが。
((多分ガチだと思うなぁ……))
かつて、このセカイにおける自立進化の極致を目の当たりにしたことのあるハナとミツは、内心でそう呟いていた。何なら今でもそれは、二人のフレンドである。
「観測班曰く、今回のは神聖系のアンデッドらしいよ」
のっけから矛盾したようなモンスター群だが、実際に発生しているのだからしょうがない。
「素材とか経験値とか結構オイシイし、ノーラのレベリングも兼ねて、今回は参加してみようと思うんだけど、どうかな?」
一応はクランのリーダーとして、メンバーに確認を取るフレア。
本人的には無理強いするつもりはさらさら無かったが、彼女が参加すると言って、残りの二人がそれに付いて行かないはずもなく。
「自分ももちろん付いていくっす」
「同じく☆」
かくてあっさりと、此度のスタンピード討伐に『ティーパーティー』の全員参加が決まり。
「折角近くで起きてるんだったら、私たちも参加する?」
「そうだねー。新しい服とか作れそうだしねぇ」
まだ見ぬ衣装に身を包むパートナーを想像し、ハナとミツも頬を緩ませながら参戦を表明した。
「えっと、時期は連休明け頃、でしたよね?」
全員参加が決定したところで、連休の間に少しでも準備をし知識を蓄えておこうかと考えたノーラだったが……そこでふと、ある一つの疑問に思い至る。
「……そもそも、なぜこちらのセカイは、現実の二倍の速度で時間が進行しているのでしょうか?」
そういうモノだから、と言われてしまえばそれまでだが、何か理由があるのだろうか。まだ初心者講座では習っていないゲーム内時間の設定について、居並ぶ先輩たちに問うた。
「正確には、今は二倍に設定されてるって感じ」
ハナの意味深な物言いに、ノーラの中でさらに疑問が募る。
「今は、ですか?設定されているという事は、運営様方が定期的に時間設定を変更している……のでしょうか?」
「うーんと、運営が、じゃなくて。プレイヤーが、かなー」
「……はい!?」
さらりと告げられた衝撃の事実に、思わず一瞬固まってしまうノーラ。
分かりやすく驚きを示す彼女の姿に、他の面々も、初めて知った時はそんな反応したなぁと、懐かしい気分を味わった。
「え、プレイヤー側が、時間の流れを操作出来るのですか!?」
「うんうん。大体みんな、そんな反応になっちゃうっすよね」
こくこくと頷くリンカに続いて、フレアが説明を始める。
噂に聞く製作者のクレイジーっぷりに若干の呆れを滲ませながら。
「えっと、『セカイ日時計』っていう、ワケ分かんないアイテムがあってね――」
それは、サービス開始後まだ間もない頃、この地に降り立った一人の天才が生み出した規格外なアイテム。
『セカイ日時計』。
ゲーム内での時間の流れを自在に加減速させる狂気の産物。
設定上の時間だけではなく、ゲーム内の生態系すらもそれに応じてサイクル速度が変化する、まさしく神の所業が如きそれは、当然ながら誕生直後からプレイヤー間で争奪戦が繰り広げられる、まさしく争いの火種であった。
それでも[HELLO WORLD]運営は当初、「プレイヤー及びその所有物、被造物等に直接の影響は及ぼさないため」という理由で、静観を決め込んでいた。
そんなかくも放任主義な運営ですら流石に介入を決意したのは、第二次『セカイ日時計』簒奪戦の直後のことである。
これまた狂気的な思考回路を持つもう一人の天才が、『セカイ日時計』の最大出力を利用して行ったとある実験。尋常ではない時間速度に至り冗談のようなコマ送りで自然環境がサイクルを繰り返す景色と、それによって齎されたあまりにも革新的な実験結果は、さしもの運営もその出力及び利用方法、また『セカイ日時計』を賭けた簒奪戦の基本ルールに、規定を設けざるを得ないほどのものであった。
「――そんなわけで、安全安心なガイダンスが設けられた『セカイ日時計』によって、今日も今日とてハロワの時間は管理されているのでしたとさ」
「めでたしめでたし☆」
「え、いえ、ですが、介入したとは言っても、結局プレイヤー主導である事には変わりないのですよね?」
「まーそうっすね」
「大丈夫なのでしょうか、それは……」
現在では時間操作の許容範囲は大幅に制限され、気が狂ったかのような最大出力からは程遠いものとなっている。なってはいるのだが。
それでも、ゲーム内時間への干渉を容認するとは最早、器が大きいとかそういう次元ではない。ノーラがそう思ってしまうのも、無理もないことだろう。
「別にチートとか、不正なデータ改竄とかじゃないからねー」
「ゲームシステムに則って作成された、れっきとしたプレイヤー産アイテムだし。原理はさっぱり不明だけど」
あまりにも高過ぎる自由度によって生まれた、発明品と言っても過言ではないほどの代物。しかしそれは、ただハロワのセカイを揺るがしただけには収まらず。
その存在を皮切りに世の天才共が、[HELLO WORLD]に仮想実験場としての価値を見出し、やがてはこのセカイに幾度もの混沌と狂乱を巻き起こすことになったとか、ならなかったとか。
そういう意味では、セカイに最初の混沌を齎したとも言える存在として、『セカイ日時計』の制作者は今なお、ゲーム内にその名を轟かせていた。
ちなみにその人物、現在は消息不明だが、このセカイでやらかした天才は大体みんなそんな感じで、言うなれば神出鬼没の天災のようなものであった。
「なんと言いますか本当に、ほんっとうに、自由なんですね……」
プレイヤーも運営も、というニュアンスを言外に含ませたノーラに、最古参プレイヤーとして、百合乃婦妻がハロワの洗礼を浴びせかける。
「運営が最初にした公式アナウンス、教えてあげる」
「「『セカイは運営ではなくプレイヤーが作っていくもの』」」
「だってさー」
世界各国の神話の中でも、稀に見るレベルで放任主義な神様であった。
次回更新は12月22日(日)を予定しています。
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