198 V-言えることとか言えないこととか
高次元での思考同調、それに伴う(であろう)アバターの共有、それらを引き起こした天人種との一戦。
話したいことは諸々積もっており、つまるところ今回もこうして、婦婦は都合を付けてホログラムチャットと洒落込んでいるのである。
誰とか?というとそれは勿論、アイザ、シンの二人と。
〈こちらでも、先の一件は話題になっていますよ〉
〈あんまり具体的には、お話しできないですけど〉
やはり半透明な母娘が、寛いでいるテラスのテーブルごと目の前に映っているのに対し、ハナとミツはいつも通り、ベッドの上でくっついて座り込んでいた。
「正直そろそろ、運営側からも何かしらアナウンスが欲しいところではあるんだけどね」
ミツを後ろから抱え込んだ姿勢のまま、苦笑するハナ。
その両腕にすっぽりと収まり背を預けるミツも、そうだそうだと頷いていた。
『何か』がある、という至極漠然とした情報はセカイ中に知れ渡っており、にも拘らずその『何か』が何なのかは、当事者である『百合乃婦妻』ですら完全には把握できていない。
不満、と言うほどではないが……やっぱハロワ運営ちょっと攻め過ぎでは?と思わざるを得ない婦婦であった。
〈すみません、ご存じの通りこちらは、基本的に放任主義なものですから〉
〈徐々に明らかになってきている、ということでここは一つ……〉
アイザとシンもまた、釣られて同じように苦笑いしている。
ここまで概容が公になり始めれば流石に、部署は違えど彼女らの元にも少しくらいの情報は流れてくる。本当に微々たるものではあるのだが。
無論、それをプレイヤーである友人婦婦に告げることはできないものの……開発運営から得られた情報に、彼女らが口にする所感と自身らの推測を重ね合わせて、親子は同調の真髄を知るべく思考を巡らせていた。
〈現実世界ではどうです?以前よりも繋がりを強く感じる、と言ったことは?〉
開発運営側ではなく、個人的な質問。
僅かに色を見せる表情からそれを読み取った婦妻も、現実での所感をそのまま口にする。
「うぅん、そういうのはないかなぁ。相変わらず、何となくハーちゃんが内側にいるよなー」
「薄っすら、リンクしてるような気がする……ような」
する、が、しかし。
その言い草は、ようなようなようなと曖昧模糊で判然としないものであり。
以前と代わり映えしないことにややも眉根を寄せているミツとハナだが、アイザらの方は、変化が無いということもまた一つの立派な考察材料足り得るのだと知っている。
〈必ずしも、こちらとあちらで同じ曲線を描いているとは限らない……の、かもしれませんね〉
ゲーム内での思考接続の強度上昇と、現実世界でのそれが完全に比例しているわけではない。
そもそも、ゲーム上のギミックとして存在するということは、何かしらシステム面でのアシストが働いている可能性が高いということでもある。それこそ、アバターが現実の肉体では到底成し得ない運動技能を発揮するのと同じように。
この方向で考えていけば、科学技術による補助のない現実世界では、完全な同調と呼べるほどの出力が見られないのも、当然と言えば当然か。
(……それはそれで、緩くとは言え、全くアシストを受けずに思考が繋がっている……なんてことになっちゃうけど)
(……ええ。恐らく、ゲームギミックとしての発現が先だとは思うのですが……)
それをリアルまで持ち出せた時点でぶっ飛んでいる、という話であって。
プレイヤー側には聞こえない回線で会話をしながら、アイザとシンはうんうんと頭を悩ませていた。
(急に静かになったね)
(多分、私たちに話せないこととか考えてるんだろうねぇ~)
まあ、思考の沼にハマっていく友人らを見て、婦婦が思うのはそんな程度なのだが。
(スキル管理部、システム総括部、その辺りから話を伺えれば良かったのですが……)
(担当案件と関係ないことは、案外教えてくれないものですからね……)
とにかくモノとしての規模が大き過ぎる[HALLO WORLD]であるからして、思いのほか他部署のやっていること・握っている情報などは把握できないことも多々あり。それでなくとも婦婦と交流があるということで、万が一に備え、一部情報をシャットアウトされている可能性もあるのだから、なんともまあままならない話であった。
そうでなくとも母娘の思考は、憶測に憶測を重ね、更にはシステムだのアシストだのプレイヤー側にはとても聞かせられないような内容にまで踏み込んでいるわけで、少なくとも今はまだ、それを口にすることは憚られた。
……ので、その辺りを何となしに察したハナの方が、話題をぐるりと変えてみる。
「――まあ、それはそうとして、やっぱり天人種は滅茶苦茶強かったね」
〈ああ、――〉
〈っ!そうでしょうそうでしょう!〉
珍しく母の言葉を遮るようにして食い付いたのは、やはり同じ天人種であるが故だろうか。
〈何せ天人種――『ANGEL』シリーズは……あっ〉
「ん???」
しかしその早口も、途中に挟まった不自然なノイズによってブレーキがかけられる。
〈すみません、えっと……禁則事項ですっ〉
どうやら、シンがうっかり口を滑らせ、こんな時の為に設定しておいた守秘プログラムを起動させてしまったようであった。
普段は警告等でプレイヤーを諫める側にあるものだからか、殊更に気まずそうな顔をしながら、身体を小さく縮こませている。
〈はぁかわいい(こらシン、気を付けて下さいね)〉
「「あはは……」」
なんもかんも逆なアイザのだらけ顔も相まって、これはこれで苦笑を浮かべざるを得ない婦婦。
「でも、こんな感じで情報を保護してるんだ。徹底してるね」
〈はいっ。情報漏洩対策は万全ですっ〉
しかし成程、シンはシステム上虚偽の申告を行うことができないと言っていたが、こうやって強制的に一部言語をロックすることで、情報漏洩を防いでいるということか。
これならば本人の意思とは関係なく、絶対に守秘義務が破られることはない。そう感心すると同時、ミツの顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
「ねぇねぇシンちゃん、『審判』の形態変化、凄かったよねぇ~」
あまりにも大き過ぎる釣り針、しかし引っかかってしまうのが、シンという人間味あふれ過ぎているAI。
〈そうでしょうとも!あれは『ANGEL』シリーズが、『セカイ日時計』よって外皮を『変性物質』化させたことに着目して、わたしとお母さまが研究に研究を重ねて生み出した『ANGEL』シリーズの専用スキルですからね!……あっ〉
圧倒的な伏字のオンパレード。
〈……流石にこれは叱らざるを得ませんよ、シン〉
〈ご、ごめんなさい……〉
これには流石のアイザも、(ウキウキでかわいぃぃぃぃぃ!!!!)と言う内心を押し殺して、苦言を呈さずにはいられない。
「こーら、ミツ」
「あぅっ……あの、ごめんなさい」
ミツの方も、ハナにぺちっと叱られていた。
いたずらにしてはやり過ぎたと結構真面目に謝罪する。
〈いえいえ。ただまあ、ほどほどにお願いします。いくら漏れないとはいえ、漏洩防止システムで遊んでいたとなれば、我々も流石に怒られてしまいますからね〉
「はい……」
〈はい……〉
しょんぼりと肩を落とすミツとシンであったが……眺めるハナはこれにかこつけて今夜はお仕置きプレイだと内心ほくそ笑んでいたし。同じく視線をやるアイザは、九周年イベントに向けて張り切っているのだと分かっている為、娘の成長を見守る母親の目を隠せていなかった。
「……とりあえず、次『審判』に会ったら絶対勝つから」
締めくくり……にしては些か強気過ぎる発言で、×だらけの危険な会話を終わらせるハナ。
〈ええ、応援していますよ。個人的には、ですが〉
静かになってしまったシンに代わって、微笑みながら返すアイザ。
そのどちらもが、嫁と娘の頭を撫で繰り回していた。
次回更新は10月16日(土)18時を予定しています。
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