197 R-夏休みが近づいてくるような気がする教室が今日も賑やか
「――今年こそはプールとか行きたい……ような……」
「面倒くさい、ようなー……」
何だかんだ言って、少しずつ夏休みが近づいてきたある日の昼時。
休みに入ったら何をするかというホットな話題で、華花と蜜実、未代と麗の四人はランチを囲んでいた。
嫁の水着を拝みたいという思いと、日中に外に出るのは億劫な引きこもり気質とがせめぎ合う……そんな婦婦のもにょもにょした物言いに、麗が何ともなしに言ってのける。
「でしたら、我が家に遊びに来ますか?小さいですが室内プールはありますよ」
「……まじすかぁー?」
普通に接しているからあまり実感がないが、そういえばこの子マジもんのお嬢様だった。そう考えてつい小物っぽい返しをしてしまう蜜実であったが、まあ無理もなかろうことか。
普通は、小さかろうが何だろうが個人の家にプールはないのだ。
「……未代は麗の家に何度か遊びに行ってるんだよね?そんなに凄いの?」
「でかくていっぱいある」
「なるほど」
こちらはこちらで、未代との恐ろしく具体性に欠けたやり取りから、良く分からないけどなんか凄くてでかくていっぱいあるんだろうなぁと類推する華花。つまり何も分かっていないのと同義であった。
「折角ですし、泊りがけなど如何でしょう?」
婦婦の慄きなどいざ知らず、麗は声を弾ませる。去年のお返しに、是非にと微笑む彼女に、三人が断りの言葉など口にするはずもなく。
「……あ、でもタイミングはちょっと考えた方が良いかも」
ただし、懸念事項が無いというわけでもない。
「ヘファちゃん……は、良いとして、エイトちゃんが来るからねぇ~」
既に、夏季休暇中にエイトとヘファが来訪することは確定している。
ヘファはともかくとして、エイトがリアルで未代に遭遇してしまった場合、果たして一体全体どうなってしまうのか。まさかリアルファイトに持ち込むことはないはずだが……何にせよ、こう、強烈に厄介なことになるのはまず間違いないだろう。
今回はそう長く滞在する訳でもないため、彼女らがこちらにいる間は未代らと遭遇しないようにするのが無難なところだろう。そう考え、全員の予定をすり合わせていく四人。市子と卯月にも声をかけ、寸暇もなく返ってきた承諾のメッセージに笑みを深めながら、各々のスケジュールを確認。
深窓邸お泊り会は夏季休暇後半の数日にと決定するまで、さほどの時間もかからなかった。
遊びたい盛りな女子高生のスケジュールプランニング能力は伊達ではない、と言ったところであろうか。
(人目の付かない室内プール……ふぐぅっ……!)
(はいはーい、弁当に垂らさないようにねー)
例によって近くの席では、ラジオ感覚で盗み聞きしていた初橋 心が鼻からリビドーを漏らし、谷越 佳奈が震える手で彼女の弁当を緊急避難させていた。いい加減耐性も付いてきたはずなのだが、室内プールという概念は彼女らにとって、些かアダルティーなものに思えてしまったらしい。
(……ま、いっか)
視界の端で起きている血の惨劇に気付きつつも華麗に受け流す、未代のスルースキルも着実に上昇していると言えよう。
何ならそのまま、何事もなく会話を続けちゃう。
「お二人さんは、他になんか予定あるの?」
白銀婦妻及びヘファ・エイト訪問、深窓邸お泊り会、特に前者の占めるウェイトの大きさは結構なものだと想定されるが、しかし何といっても夏休みは長い。
純粋な興味と、それ以上に、折を見て個人的な相談事を持ち掛けたいという思いから、未代は婦婦に問いかける。
「うーん……あ、そういえば、美山先生と大和先生に夏季講習してもらうことになったよー」
「回数はそんなに多くないけどね」
聞かれて思い出した、とばかりにさらっと口にした蜜実と華花だが、ここでの講習とは言うまでもなく、アバター操作実習……という名の摸擬戦であり。
意欲的なのは良いことだがあまり一個人にばかり入れ込んでは教師として不公平だ、なんて言う彩香女史をどうにか説得して取り付けたこの講習で、思考同調を実戦もとい実践から紐解いていこうというのが、二人の貪欲な魂胆であった。
「それはまた、凄そうね……うん……」
絶対スパルタじゃん、それを自分たちから挑みに行くとか変態か?等々、遠慮のない感想を口ではなくその両目で雄弁に語る未代。
推薦組最大のメリットと言えば、受験の最重要期間とも言われる夏休みを遊び倒せることにあるのではないのか?そんな自身の固定観念を粉々に打ち砕かれた彼女が婦婦に向ける視線は、完全に珍獣を見るようなそれであった。
なお、当の一般入試枠陽取 未代本人は、少し前に行われた模試において、取り合えず埋めておいた第一から第三志望までの全ての合格ラインを余裕で踏み越えており、受験生たちの羨望と呪詛を一身に浴びまくっていた。
何なら最近では、クラスメイトの勉強を軽く見てあげるくらいのレベルにまで来ている始末。
フレンドリーさ、教導の分かりやすさ、顔の良さその他諸々が相まって、三年四組の生徒の中には、(陽取さんって、結構良いかも……)みたいな想いを抱き始めている者もいるとかいないとか。
まあ残念ながら、麗、市子、卯月による陽取 未代包囲網は着実にその強度を増しており、余人の入り込む隙など無さそうなのは、その動向を見守る者たちの間では周知の事実ではあるのだが。
そうと分かっていてもちょっとときめいてしまう……高等部生活最後の夏、やっぱり無自覚の内に、クラスメイトの心に淡い片想い的思い出を振りまいてしまう未代という女、成長しつつあるとはいえ、まだまだ罪深い存在であった。
「――まあ恐らく、予定が有っても無くても、ハロワでも沢山顔を合わせることになるでしょうし」
なんて締めくくる麗も同じく、受験勉強の進捗は上々。
「「「だねぇ」」」
そもそもこの時期にお気楽に遊びのスケジュールなど立てている辺り、四人とも(現実に則した)心の余裕を持っているという話であって。
「くっそぅ、見せつけるみたいに夏満喫しようとしやがってぇ……!」
昼間っから教室でそんな話題で盛り上がっていれば、周囲の一般受験組からヤジが飛んでくるのもまぁ、致し方あるまいか。
「ずるいっ!私もプール行きたい!あわよくば婦婦のツーショット取りまくりたい!!」
「お泊りして遊び倒したい!」
……ヤジと呼んでいいのか何なのか、良く分からない謎の文言も多数飛び交ってはいたが。
「あーらごめんあそばせぇ?わたくしたち、推薦組なものですから?お夏休みはおバカンスと決めておりますのおほほほほ」
「一日12時間寝てやりますわよ?」
便乗して死ぬほど煽り散らかす推薦組もいれば。
「推薦貴族どもがぁ……!定期テストで分からせてやる!!」
「ざぁこざぁこ♡受験勉強ばっかで定期テストだめだめ♡真面目受験生♡範囲微妙に違って泣いちゃえ♡♡」
「腹立つぅぅぅ!!」
夏季休暇前のテストをダシにやっぱり煽り倒す小生意気なのもいる。
「逃げたい。受験から。遍く全ての勉学という概念から。何物にも縛られない鳥になりたい」
「何かガチなのいるね?大丈夫?よしよしする?」
「して」
隅っこの方では何やらひっそりと倒錯的な情慕が育まれており、この流れで休みに入ればきっと、勉強会という名の二人だけの思い出が紡がれるとか紡がれないとかそんなアトモスフィア。
「……今日も賑やかだねぇ~」
「だねぇ」
「縁側でお茶飲む老婦婦じゃん」
「最早、熟成を超えて老成しつつありますね……」
自身らを起点に波及したざわめきを、他人事のように眺めて楽しむ四人組。
俯瞰してみるならば、その様相はさながら混沌。
しかし、華々しい女学院の昼休みなど案外こんなものという意味で言えば調和でもある。
つまり今日も三年二組は宇宙であった。
次回更新は10月13日(水)18時を予定しています。
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