195 V-弱体化しました
「よいしょーっ」
緩やかな攻勢を声に乗せて、ミツが双剣を振りかざす。
相対するは鋼鉄の全身鎧、身の丈近い大剣を構えるフレア。
やはり軽やかな二振りの連撃を、正中線に構えた得物を小さく小さく揺らして、重装騎士は何とか凌いでいた。
何度かに一度の防ぎきれなかった斬撃が、硬く身を守る重鎧に浅い傷をつけていく。
(くそぅ、ダメージを殺しきれないっ……同じ鋼鉄なのにっ!!)
受けには堅くとも剣戟の主導権を握れない。
じわじわと追い込まれていくような錯覚に、心中、ついついそんな弱音が出てしまうフレア。
先日の『審判』戦での敗北によって、ミツは現在絶賛デスペナルティ適応中であり、いつもの白銀の軽鎧や細剣、何よりトレードマークである婦婦剣が一定期間使用不可となっていた。
代わりに纏う衣装は、シルエットこそいつもの戦闘服と同じようなものだが、各所に使われている金属は五等級――鋼鉄へと大幅にグレードダウンしている。
「ほらほらぁ~」
白銀と比べると鈍く見える鉄の色は、フレアがいつも着こんでいる全身鎧と同じもの。
等級自体は中の中と言ったところだが、その使い勝手の良さ、入手と加工のしやすさ等から、中級者帯のプレイヤーが広く愛用している汎用鋼材。
当然、『百合乃婦妻』もかつては長く世話になっており、ストレージから引っ張り出してきた鈍色の装備一式は、袖を通すことこそ久しぶりではあったが、以前と変わらず身に馴染んでいた。
(このままジリ貧は、マズい……!!)
少なくとも、装備の面においては間違いなく五分であるはず。なのに、やはりどうしたって、剣を交えれば押されてしまう。
実力が付いてきたという自負があればこそ、フレアの中ではそのことが、焦りの形を取って膨らんでいく。
「くっ、このっ……!」
状況を打破しようと、声を荒げる重装騎士。
「「『鋼装戦陣:――」」
しかしその瞬間、重ねるようにして、相対するミツが全く同じ文言を発していた。
(っ、合わせられたっ……!)
内心での驚愕も歯噛みも、時すでに遅し。
相手の掌の上と分かっていても、詠唱を開始してしまった今、もう止める術はない。
「――破岩砕鉄』っ!!」
ハロワでも有数の汎用素材として知られる鋼鉄。その専用スキルなだけあって、鋼装戦陣もまた、そのバリエーションは広く多岐に渡る。
例えばフレアが放ったような、シンプルかつ大きな破砕力を伴った一撃であったり。
「――鋼糸鉄爪』~」
或いはミツが紡いだような、ちょっとした絡め手であったり。
「うわぁっ!」
思わず悲鳴を上げたのは、しっかりと地面を踏みしめたままのフレア。
揺れ蠢き、巻き付いたのかと錯覚してしまうほどに、ミツの両腕と握る二振りが、大剣にしなり絡む。
突き出されたフレアの得物が地を砕いた時には、それを起点に振り子のように飛び跳ねたミツが既に後方へと回っていた。こちらは地に足付けてはおらず、けれども弓引く左腕が、重鎧の僅かな隙間を貫くまで、あともう一息。
「――くぅっ!!」
がしゃんがきんと、二つ続けて鳴る金属音。
一つ目は、フレアが咄嗟に顎を反り上げて、うなじにあった鎧と鎧の隙間を無理やり埋めた音。
二つ目は、僅かに遅れて、隙間があったはずの場所にミツの刃がぶつかる音。
「おぉー、やるねぇー」
「そりゃどうもっ!!」
感心する、つまりまだ余裕のあるミツに対して、凌いだ側であるはずのフレアは、やはりどうにか精一杯と言ったところ。
致命傷は防げたが、振り向くより先に背中を思いっきり蹴り飛ばされ、顔面から地面にダイブ。
「っ、……!」
しかしここで倒れ込まず、素早く前転。
片膝立ちのまま振り向き、反撃の一振りを繰り出せる辺り、本人の自負通り立派に成長していることが伺えた。
伺えたのだが。
「――いっ、つぅっ!?」
全くの不意に、あらぬ方向から閃光が飛んでくる。
見ずとも分かるその発生源、何のそぶりも呼びかけもなしに、要請を受けたハナの援護射撃がフレアの脇腹に直撃した。
クイックスキルであった為、鎧に阻まれダメージ自体は大きくないものの、完全に意識の外から与えられた衝撃によって、フレアの身体は今度こそ、体勢を崩して倒れ込む。
(はいはい成程、同調だか接続だかってやつですかっ……!)
今度は背中から地面に向かっていくその刹那、脳裏に浮かぶのは、詳細は不明ながらもざっくりと聞いていた二人の変調。
成程、これはダメなやつ。
気取られない援護射撃なんて、ずるじゃん。
別々に戦っていたはずなのに、予備動作もなく唐突に連携を取り始める。思考が繋がっているのだから、それこそ視線も合わせずに、互いの存在を感じ取れる。
まだ呼び名すら定まっていないこの能力が、かつて婦婦があれほど苦戦していた個人戦闘のおよそあらゆる問題を解決してしまっている。
相対して、それを嫌というほど思い知らされている真っ最中のフレアの耳に、叫び声が届いた。
「うぎゃぁぁっ……!!」
およそ女子力と呼べるものを1mmも含有していない断末魔と共に、遂にリンカも倒れ行く。
――二対四で始まったはずのこの摸擬戦。
開幕早々に二人がかりでノーラを沈め、タンクであるフレアをミツが抑え込んでいるうちに、残る二人もハナが討つ。
これもソロ訓練の一環か、いやもう訓練とか必要ないでしょ。
単独戦闘と共闘をシームレスに行き来する『百合乃婦妻』の新戦術に、『ティーパーティー』は終始翻弄されっぱなしであった。
(むしろハナ相手に良く持った方か……)
装備がグレードダウンした今ならワンチャン行けるんとちゃうか。
そんな舐めたことを考えていた戦闘前とは打って変わった感想を抱きながら、ミツに組み敷かれ首元に刃を突き立てられるフレア。
「――まだよっ!!」
諦念に染まった『ティーパーティー』のリーダーを奮い立たせたのは、溌溂に明朗に響く、最後のメンバーの言葉だった。
「フレアちゃん、アレを使うわ☆」
「!?そんな、ダメですっ、ウサちゃんさんっ――」
……ただし、悪い意味で、であったが。
「――あたしが困るんで!!!」
最近白ウサちゃんが習得した奥の手がいかな惨状を招くか、既に一度体験済みの身からしてみれば、このまま素直に負けた方がまだ潔いというもの。
そんな念から声を張り上げて凶行を止めようとするフレアに反して、戦う側であるハナは一切臆さず、むしろ好戦的に言葉を投げかける。
「へぇ、まだ何か手があるんだ。楽しみ」
獣のような獰猛な笑み。
呼応するようにして口の端を吊り上げる白ウサちゃんを止めることなど、最早できようはずもなく。
「いっくわよっ――『獣化』っ☆」
「あぁぁぁーっ……!!!」
騎士の悲痛な叫びも虚しく、バニーガールはより深く、獣へと近づいていく。
「なるほど」
(何かと思えば、『獣化』かー……)
(最近、流行ってるもんねぇー……)
『審判』が獣へと堕ちる形態変化を見せて以降、セカイではプレイヤーの間でも、類似のスキルである『獣化』が大流行していた。
獣人であり、少し前にステータス基準も満たしていた白ウサちゃんも、いつもの如くノリと勢いだけでそのビッグウェーブに飛び乗っていて。
「――ッ――ッ!!」
声帯を失った白兎が、より強靭に変貌した獣脚を沈ませる。
瞳はより煌々と深紅に染まり。
月まで届けと言わんばかりに。
「――ッ――ッ!!!!!」
声なき声が、跳躍する――!!
「えいっ」
「――ッ!?!?」
「ダメじゃんっ!!」
――まあ、残念ながら普通に負けた。
「はいはーい、フレアちゃんは打ち首の刑ねぇ~」
「こんな雑な処され方やだぁぁ!!!」
ついでにフレアも処された。
次回更新は10月6日(水)18時を予定しています。
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