192 V-必殺、のち――
「――――」
異様なまでの硬度を誇る『審判』の表皮が、既存のおよそあらゆる材質と一線を画していることは、先の打ち合いで嫌というほど分からされた。
であれば、眼前に佇む彼女が天人種であるならばこそ、その身体は人の身にはまだ過ぎたる代物――『変性物質』であることが、婦婦には想像できる。
その硬質化した際の頑強さを、何よりも、一応は鋼材に分類されるらしいかの物質の出自を知っているからこそ、なのだが。
(まともに切り合っても絶対勝てない)
(ていうか、切り合えないよねぇ……)
流石は(おそらく)戦闘に特化した天人種というべきか、そのSTR値、AGI値も、それらに特化したハナとミツを僅かながら上回っている。加えて『硬化変性物質』とでも呼ぶべき物質に由来する、人智を超えた頑強さと鋭利さ。
個の戦闘能力という点において『審判』は、天人の名の通り、プレイヤーにはまだ到達できない次元にいると見て良いだろう。
(これは、今まで誰も勝てないわけだ……)
(正直、これ半分アイザさんのせいだよねぇ……)
『変性物質』は『セカイ日時計』の最大出力と天人種が揃うことによって副次的に生成された物質なのだから、今の『審判』がここまで強固な肉体を手にしているのは、実質、第二次簒奪戦の顛末によるものだと考えられるのだが……
しかしそれを言ってしまえは、そのアイザの実験に協力したのは他ならぬハナとミツ自身であり、ある意味でこの状況は、数年ぶりに飛んできた超特大ブーメランが頭にぶっ刺さっているようなものであった。
(装甲は抜けない、速さでも負けてる、食らったらヤバイ)
(長引いたら不利……っていうか、長引かせることすらできないかもー)
既に軽度の接続がなされている二人分の思考の中で不利を悟りつつも、しかし二人はまだ勝負を捨ててはいない。
こちらには、どんな速度でも一瞬だけ止められる術がある。
こちらには、どんな硬度でも一度だけ切り裂ける術がある。
勝機は、決してゼロではない。
いつも通り、二人で挑んで、短期決戦。
何物にも阻まれない絶対の一振りなら、『硬化変性物質』の肌すらも、きっと突破できるはずだ。
自身らの必殺に一縷の望みをかけて、婦婦は今一度得物を構え直す。
ここまでわずか数秒。
軽度の接続ですら、思考が高速化していると錯覚するほどに、二人の回路は狂いなく共有されていた。
インファイトによって隙を生み出すことは非常に難しいだろう。
「――――」
「「っ!」」
なればこそ、急接近してくる『審判』の攻撃を数度、何とか耐えて、それから――
などという、婦婦の思考を知ってか知らずか。
『審判』は馬鹿正直と言えば馬鹿正直な、けれども自身のスペックの高さを踏まえた上での、ある意味で無駄のない最高にクレバーな正面突破を仕掛けていく。
「うわっ、とぉっ……!」
前に立つ自身へ突き出された右腕を、辛うじて『霊樹の防人』に引っ掛けるハナ。斬撃は防げども、受けた衝撃だけで右回りに90度ほど回転させられてしまった彼女の左側から、姿勢を低くしたミツが前に出る。
それは攻撃ではなく、防御――続けざまに放たれた右脚での逆袈裟切りを、角度を合わせた『五閃七突』で受け流すための踏み込み。
「ぅ、くぅっ……!」
刀身を削られているのではないかと疑うほどに、がりがりと耳障りな音を立てながらも、それでもなんとか、ミツは二撃目をしのいで見せた。
霊石は今、ハナの首元に。
ミツの視線は、下から睨めつけるように、『審判』を捉えている。
「――『時よ止まれ』っ!」
ほんの一瞬の全身硬直が、機械翼の天使を襲う。
「――、――」
三度の追撃を狙い左手を引いていたままの不自然な姿勢で、『審判』の身体から動というものが全て失われる。
((今っ!))
声に出しての符丁など、最早必要ない。
一瞬よりなお一手短い僅かな瞬きに、二刀一閃の必殺が放たれる。
「「『比翼連理』っ!!」」
『比翼』の始点は左上、『連理』の始点は右下。
背を預け合うようにして、右腕と左腕を寄り添わせるようにして。
振り下ろす一太刀と、切り上げる一太刀が合わさり、狂いなき一閃へと。
違わず狙うは、斜めに傾いだ天使の喉元。
((――獲った!!))
そう確信する、婦婦の剣閃は。
「――『――――』――」
かしゃん、と。
何かが変わる音によって空を切り、何物をも断たぬまま刃を合わせた。
ちん、という微かな音は、『比翼』と『連理』が『比翼連理』の帰結として触れ合う小さな金属音。
では、更に次いで鳴る音は。
かしゃかしゃかしゃかしゃと、何かが急激に組み変わっていく音は。
並んで伸びる婦婦剣の、切っ先の僅か下から聞こえてくる音は。
(な、に……?)
答えを求めてずらした視線の先、そこにいた、機械の獣のような存在は。
「――――」
紛れもなく、『審判』なのだろう。
(うそでしょぉ……!)
慣性停止スキルによって、確かに彼女の動きは止まっていた。
けれどもそれは、彼女自身の全ての行動が封じられていたわけではない。
人型の天使であったはずのシルエットは、瞬きの内に、全身を針毛で覆われた獣のそれに。体躯はそう変わらないものの、骨格は大幅に組み替えられ、二足と四足の間を取るような前傾姿勢へと。
どこか『獣化』を思わせるその変質が、必殺の一撃を無に帰す。
((――形態変化するなんて!!))
運動による回避ではない。
形態変化の結果としての頭部の位置変更によって、その天使は人間の凶刃を間違いなく躱していた。
「――――」
(やばっ――)
どちらがこぼした心境か、或いは一つに溶け合った危機感か。
ヤバいと言い切るその前に、婦婦の腕が切り飛ばされる。
「ぐぅっ……!」
唐突に片腕ずつを失いバランスを崩したハナとミツは、揃って後ろへと倒れ込んでいく。
『比翼連理』の反動である大幅なステータス低下によって、直後の二人は『審判』のカウンターに対応できなかった。
だから今、ハナは右腕を、ミツは左腕を、肘から先丸ごと全部失っている。
(――負ける?)
負けるのだろう。
回る視界の先には、宙を舞う『比翼』と『連理』。
二人の象徴。
無類の必殺。
無二の婦婦剣。
躱され、切り捨てられ、今この瞬間にも、無様に地に背を付けようとしているその姿が、敗北を喫するものでなくて何なのか。
(――こんなにあっさり?)
元より分の悪い戦いではあった。
相手は天人種。その中でも、近接戦闘に特化した断罪の刃。
勝ちの目は一つしかなく、それが通用しなかったのであれば、切り伏せられるのも道理だろう。
今まで『審判』に挑み、敗れていった者たちのように。
或いは、今までに二人が切り伏せてきた者たちのように。
短期決戦とは即ち、負けるときもあっさりと。
だからこれは、道理なのだ。
セカイ中の皆が言うだろう。
あの『百合乃婦妻』でも、やっぱり勝てなかったか。
まあ、しょうがない。
天人種だし。
ナイファイ、ナイファイ。
何一つ恥じることはなく、むしろ婦婦は善戦した方。
「――――」
「「――っ!!」」
そんな程度で満足できるなら、二人はこんなところに立ってはいない。
((――ここで倒れるのは、カッコ悪すぎる!!!))
かちり、と。
頭の中で、何かが鳴った気がした。
次回更新は9月25日(土)18時を予定しています。
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