191 V-再開、のち、挑戦
「えーっと、お久しぶりですー。アッシェンテ、さん?」
「おいおい、アッシェでいいさ」
ミツの、微妙な距離感ゆえの曖昧な呼びかけに、快活な笑みで答えるアッシェ。
もう何年も前の第二次簒奪戦っきりではあったが、その様子から見ても、アッシェは相変わらず豪放磊落な女性であることが伺えた。
武具は全身、重装型の最終装備といわれる黒鉄製のものに変わってはいたが。
「アッシェさんも天人種と戦いに?」
戦乱の最中である為か、前置きもそこそこに問いかけるハナ。『エンデュミア』は勿論のこと、『アイアンブルーム』にも所属していないはずの彼女がここにいる理由を、自身らと同じものと予想する婦婦だが、しかしその返答は否であった。
「んや、アタシは傭兵として脳筋どもに雇われててね」
初期の[HALLO WORLD]では一大勢力であった『新進気鋭』。
しかし、第四次簒奪戦において『セカイ日時計』を奪われたこと、それよりも何よりも、セカイ全体のプレイ人口が増加していったことなどから、元々寄り集まりの大所帯でしかなかった傭兵集団は解散、メンバーたちはより自分のプレイスタイルに合ったクランへ渡っていくこととなった。
では、それがリーダーであったアッシェンテの凋落に繋がったかというと、これがそう単純な話でもなく。いや、むしろ反対に、彼女の元部下たちがさまざまなクランに所属するということは、今もアッシェを姉さんと慕う者たちが、セカイ中に広がっているということであり。
無所属、フリーの傭兵なれど、その影響力は決して小さくない独自の立ち位置を築いている。
今のアッシェンテという女性は、そんなある種のハイエンドプレイヤーと化していた。
何なら今日だって、『アイアンブルーム』に所属する元側近――第二次簒奪戦時にウタが相手取った少年――から頼み込まれて戦場にはせ参じていたわけで。
交流はなくとも風の噂にそんな様子を知っていたハナとミツも、言われれば成程とすぐに頷いて見せた。
「その口ぶりだと、アンタらはアレとやり合いに来たってわけだ」
『審判』からのターゲッティングは外れてはおれども、ここは変わらず戦場の最中。
時折飛んでくる流れ弾を除け、目が合った魔術師を叩き潰しつつ、アッシェは婦婦の目的に目星を付ける。
「そんな感じですねぇ」
こちらは積極的に戦闘は行わず、躱すいなす押し付けるに徹していたハナとミツは、少し離れたところで剣士の一団をフルボッコにしている天人種へと目線を向けたまま。
未だ誰一人として傷つけることの叶わない『審判』に、婦婦と同じく報を受けて急行したらしい廃人っぽいプレイヤーが飛び掛かっていくのを、今はまだ静観している。
「つくづく天人種と縁があるねぇ、お二人さんは……や、アタシもか?」
シンの真相を知る――つまり運営から箝口令を敷かれている――者どうし、もう少しゆっくり話をしたい気もしないではないアッシェだったが。
「――あはははっ!かかってきなさい鋼鉄の乙女よ!魔導を探求する者として、この私が相手になるわ!!」
「――あんた、『セカイ日時計』のっ……!何でこんなところに!」
「『エンデュミア』には昔世話になってね、義によって助太刀致す、というやつよ!」
ソロになっても付いてきてくれた側近中の側近が変なのに絡まれてるのを見てしまえば、助けに行かないわけには行くまい。
「――っと、色々話したいところだが、アタシも頼まれた仕事はこなさなきゃならないんでね、ほれっ、またどっかで!」
手早くフレンド申請だけ投げたのち、アッシェは身を翻して婦婦の元から去っていった。
「がんばってー」
一瞬だけ見送りに向けた視線の先、どうも見覚えのある幼女がいたような気がしないでもないミツとハナだったが、今はそんなことより天人種。
先ほど挑みかかっていた廃プレイヤーが倒れ伏すのを見届けつつ、二人もまた、一足に掛け走る。
「「『加速』!」」
スキルで勢いをつけ、ハナは飛び上がり、ミツは地に伏せたまま、一息佇む『審判』へと、背後から切り掛かる。
「――――」
くるりと、糸に引かれた人形のようにして白い天使が振り向いた。
「っとと」
一瞬早く切り掛かったミツの逆袈裟の『連理』を、左脚で弾く『審判』。想像以上の硬度に跳ね返されたたらを踏むミツの頭上から、一拍遅れてハナが刃を振り下ろすも、天使はそれを半身で躱す。
「――――」
そのまま流れるように反撃、捻った左半身を戻しながら左腕で横薙ぎに一閃。
「っ、『斜避』っ」
盾に触れたその瞬間に、素での対抗は不可能と判断したハナの咄嗟のクイックスキルが、なんとかその一撃をいなし。
その影から突き出すようにして、ミツの『五閃七突』による第二撃。
「――――」
腹部ど真ん中を狙ったはずのその刺突はしかし、『審判』が僅かに身を捻り角度を付けただけで、白黄の肌の上を滑っていってしまう。
「ちょっ……っとぉ!?」
あまりの手ごたえのなさに思わず声を上げかけるミツだったが……そんなことをしている一瞬のうちに、今度は鋭い右脚の剣閃が飛んでくるものだから、口を吐いて出るそれも、言葉尻を乱したものになってしまおうか。
二人揃って、二歩ほど下がって何とか回避、しかし先に防御スキルを吐いてしまった婦婦の隙を、この戦闘マシンめいた天人種が見逃すはずもなく。
「――――」
踏み出す左脚をそのまま凶器にして、ミツの足先を縫い留めようとする『審判』。
ミツの方も反撃にと、間一髪躱した右脚を振り上げて内腿を蹴り付けるも、あまりの頑強さにびくともしない。
むしろ蹴った脚に伝わる痛みに顔を顰める嫁の傍ら、ハナもまた『審判』の右腕を『比翼』で受ける。
「くぅっ……!」
角度もタイミングも申し分なかったはずのその防御は、しかし、危うく剣を取り落としかけるほどの痺れをハナの右手に与え、その動きを鈍らせた。
「――――」
その間にも天人種の攻勢は止まらず、地面に突き刺さった右脚を軸に、今度は左の回し蹴りを放ってくる。実質的に横薙ぎの斬撃と変わらないその攻撃は、脚一本というリーチの長さも相まって、そのままでは婦婦をもろともに切り裂く白黄の凶刃。
「す、『軽足』っ!」
止むを得ずスキルを用い、ハナの首根っこを掴みながら後方に回避するミツの声は、普段の緩慢さとは程遠い切羽詰まったそれであった。
(ありがとっ!)
(いえいえー……ってぇ!?)
心中ですら一息つく間もなく、眼前に迫るは天人種特有の能面のような顔。
機械翼を小さく羽ばたかせ、一瞬で距離を詰めてきた『審判』の追撃――頭突きが、その硬度から考えて洒落にならないものであることを悟ったハナが前に出て、何とか『霊樹の防人』をかざすが。
「うぐっ」
「あぅっ」
結局は回避も叶わない正面からの激突、ダメージは軽減できれども殺しきれなかった衝撃が、婦婦を諸共に吹き飛ばした。
(いや、硬すぎるってっ)
(あれ絶対『変性物質』だよぉっ!)
尻もちなどつけばあっという間に細切れにされてしまう。
そう分かっていたが為に、どうにか足を付けて着地することに成功したハナとミツ。しかし、一等級鋼材――白銀を打った『比翼』ですら競り負けるその異様な頑強さに、額からは冷や汗が流れていた。
近場にいる『アイアンブルーム』の面々は、こんな高度な近接戦に手出しできる気概など無く、『エンデュミア』の魔術師たちも、漁夫の利を狙おうと様子を窺うのみ。
『審判』との果し合いを所望する廃人の姿も、取り合えず現時点ではハナとミツ以外に見えない。
婦婦と天使の剣戟は幸か不幸か、今のところ誰の介入を受けることもなく続いていた。
次回更新は9月22日(水)18時を予定しています。
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