190 V-急報、のち、急行
〈――『視測群体』より緊急アナウンス、『視測群体』より緊急アナウンス〉
「「……んぇ?」」
こちらのセカイは夏と秋の間頃、いつもの如くプライベートルームでちょっとごろごろしていたハナとミツの耳に、突如として女声のアナウンスが入ってくる。
観測を活動指針とする大規模クラン『視測群体』は、一種のサブスクリプション的な特典として様々な不定期アナウンスを行っている。
かのクランの規模と信頼性から大半のプレイヤーが利用しているそのサービスによって、此度、緊急とまで前置きして発信される情報が如何様なものなのか、ベッドに寝転がっていた婦婦も、セカイ中のプレイヤーたちも、皆一様に耳を傾ける。
〈現在展開中の『アイアンブルーム』『エンデュミア』間の大規模戦闘エリアにおいて、天人種の出現が観測されました〉
「「おぉー……!」」
女性の声によって発せられた天人種というワードに、婦妻も思わず、揃って声を上げた。
武装勢力『アイアンブルーム』と魔術結社『エンデュミア』。
片や物理系、片や魔法系のプレイスタイルに特化したプレイヤーたちが所属する大規模クラン、及び同名のその主要拠点。
前者はSTR値に魂を売った者たち、後者はINT値と悪魔契約した者たちというわけで、言わずもがな両陣営の仲はすこぶる悪い。
首領から末端まで雁首揃えていがみ合い、そのくせ街は殆ど隣接するような位置関係なものだから、常に大なり小なり衝突が続いている。
どちらとも関係のないプレイヤーたちからは、一周回って仲良しじゃんなどと揶揄されるこの二大組織の、此度起こった、小競り合いというには少々大規模な集団戦の最中にあって、かの天使が顕現したということか。
「戦闘区域でってことは……」
現状、天人種の調査はほとんど進んでいないと言って良い。
唯一人の元へ下った個体は、しかしその事実すらほとんど広まらないうちに変性し、今や運営側の一職員になっている。
けれども、これまでの数少ない目撃情報、それを基にした研究から、今回姿を現した個体が何であるかの識別くらいはできる。
……というか、この行動パターンが天人種の中で最も分かりやすく有名な個体のそれである為に、何とか識別できたというだけの話なのだが。
〈また、出現した個体は『審判』であると考えられます〉
「うん、まぁ、そうだよねぇー」
プレイヤー同士が熾烈な争いを繰り広げる戦場へとごく稀に降り立ち、誰も彼も平等にしばき倒してはどこかへと飛び去っていく。
そんなあまりにも強引な両成敗を旨とする一個体は、その行動原理とそれを可能にする強大な戦闘能力から、プレイヤーたちの間で審判、裁きの名でもって知れ渡っている。
現状最も目撃例の多い天人種であり、そもそもの話、名称が付くほどに行動が明らかになっている個体は、彼女と『隣人』の二体くらいのもの。
その分出現情報の伝達も早く、未だ『アイアンブルーム』と『エンデュミア』の戦闘への介入を続けているうちに、『視測群体』及びその活動拠点『ホロスコープ』からの広域アナウンスが行われたという次第であった。
「『アイアンブルーム』か……」
『アイアンブルーム』と『エンデュミア』、婦婦にとってはどちらも縁遠く、精々、昔ヘファが前者の方にスカウトされすげなく断っていたという程度しか知らない組織ではある。
戦場は、両都市のあいだに広がる荒野。
というか、両陣営が戦場にし過ぎたせいで荒野になってしまった場所。
過去何度かあった『審判』の出現時は、折悪く近づけるようなタイミングではなかったのだが。
「……行ってみる?」
「行ってみちゃう~?」
二人の愛の巣があるここ、自由と中立を謳う『フリアステム』からは、どちらに対しても都市間ポータルが繋がっている。
両者の対立戦闘への利用は厳禁と約されてはいるが、こちらから野次馬として天人種を見に行く分には何の問題もなく、即座に現地に駆け付けられるわけで。
今回は運良く、すぐに行ける場所だし。
丁度、ちょっとばかし手持ち無沙汰だったし。
何か、面白そうだし。
「「……よし、行こうっ」」
見物、いや、あわよくば件の天人種と一戦交えられないものか。
廃人として至極当然な思いを抱き、勢い良くベッドから起き上がったハナとミツ。手早く部屋着からいつもの軽鎧に着替え、互いの髪を整えてから、獰猛な笑みを浮かべプライベートルームを後にした。
◆ ◆ ◆
「――おらァッ!!!」
気迫の声と共に大斧を振るう、一人のプレイヤー。
相当な強度を誇る二等級鋼材――黒鉄で作られたその刃先は、しかし相対する存在の細く鋭い腕一本で容易く受け流された。
「くそっ……!」
『アイアンブルーム』『エンデュミア』両陣営が派手に激突していた荒れ果てた荒野は、今は既にその様相を、混沌としか形容できない状態へと変じさせている。
他ならぬその原因、ただでさえ敵味方入り乱れる戦場に突如として降り立ち、更なる乱戦を呼び起こしたたった一体のエネミーが、審判の一端としてか、全身黒鉄で覆われた女性の前に立ちはだかっていた。
「――――」
淡く発光しているかのような白黄のシルエット。
陶器のような滑らかな肌は、けれども今しがたの通り、高位の重量武具による一撃をもいなせるほどに硬く、そしてしなやか。
体躯は細身な女性のものなれど、先端へ行くにつれて鋭く細まっていく両手両足は、四肢でありながらそれ自体が刺突も斬撃もこなす至上の凶器。
能面が如く凹凸に乏しい、目も鼻も耳も口も見当たらない卵のような頭部と。
そして何より、その頭上に浮かぶ光輪と、背に輝く機械翼が、彼女が如何様な存在であるかを雄弁に物語っていた。
「こっちの天使様は、随分とまぁお堅いようでっ……!」
「――――」
言葉も返さず、眼球に依らない視線を向けるそのエネミー――天人種、仮称『審判』が、僅かな隙を晒した大斧の女性に右腕を伸ばそうとしたところで。
「――撃て、撃てっ!」
「奴を狩れっ!我らの手中に収めるのだっ!!」
後方から、翼を背負った背中へ向けて、幾筋もの魔法系スキルが放たれる。
「――――」
それは大斧の女性への援護射撃……などではなく、魔術結社『エンデュミア』の一群による、望外の功を狙った不意打ちのようなものであり。
「ちっ、ああくそ、あっちもこっちもっ……!」
であれば当然、ノールックで躱されたその魔法攻撃が天使の向こう側にいたプレイヤー、武装勢力『アイアンブルーム』陣営の大斧の女性に襲い掛かろうとも、そんなものは知ったことではない。
後方へ大きく飛び退り回避した女性の身体に、いくつかの魔法がヒットするが……武器と同じ素材で作られた黒鉄の鎧が、その優れた頑強さでもってほとんどのダメージを打ち消していた。
「ふぅっ……」
一息付きながら向ける視線の先では、追撃の魔法が雨あられと降り注ぐ中、まるで剣舞でも踊るかのような軽やかな身のこなしで、『審判』が魔術師たちを断罪している。
距離は離れた、ヘイトもこちらには向いていない。
であれば――
「――あ、アッシェンテ……さんっ?」
「――んあぁ?」
思考を遮るようにして耳に入ってきたのは、何処か聞き覚えのある懐かしい声。
乱戦を縫って近づくその気配に、大斧の女性――アッシェンテが振り向いてみれば。
「ん?……おお、金と銀のっ!」
随分と昔に一戦を交えた金髪と銀髪の二人組、今は『百合乃婦妻』などと呼ばれて長い有名婦婦が、白銀の軽鎧を閃かせながら駆け寄ってくるところだった。
次回更新は9月18日(土)18時を予定しています。
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