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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
春 百合乃婦妻が出会ったら
19/326

19 R-キス、またの名を接吻、もしくは口付け


 胸元を中心に、温もりを感じる。

 離したくない……というか、向こうが離してくれない、そんな温かさを。


 寝ぼけ、まだ覚醒に至らない華花は、おぼろげな意識の中でそれをぎゅうっと抱きしめ直した。


「んんぅ……」


 心地良さげに漏れ聞こえたその声に、揺蕩う華花の心はますます愛おしさを募らせる。


 腕の中にある温もりは、思わずもう一度微睡んでしまうほどに心地が良いのに。

 けれどもその一方で、夢なんかにかまけているのがもったいなく思えるほどに、その顔が見たくなってしまうような。


 そんな、幸せな矛盾。

 解けないことに何ら不都合のない命題に思い悩む華花の元へ、やがて解は自ずとやってくる。


 ちゅっ、と、息を弾ませながら。



「……、おはよ」


「おはよぉー」



 寝起きにそんなことをされては、過負荷で心不全を起こしてしまうのでは……などと本気で心配になる華花であった。




 ◆ ◆ ◆




「はい、華花ちゃん。同棲を始めた理由、覚えてますかぁ?」


 引っ越した日から数えて三日目。

 華花と蜜実はたっぷり昼も過ぎた頃まで寝て過ごしたのち、作戦会議を開いていた。



 初日は初夜的なアレがソレであんな感じになり、二日目はVR世界で義両親への報告ということで、滅茶苦茶に気疲れした。

 シロバナ――明日華が余計なことを言うものだから、昨夜は二人して、下手をすると初夜以上に意識し合ってしまい、逆に何も出来なかった。お互い目はギンギンに冴えているのに、遠慮がちに抱き合うのみで数時間が経過。気づけばどちらからともなく寝落ちしてしまい、結果、こうして昼過ぎまで惰眠を貪る始末である。



「その、なんていうか……慣れるため、みたいな?」


「そーです、そーなのです」


 そう、二人が同棲を始めたのは、決して一つのベッドで共に惰眠を貪るためではない。いや、それはそれでアリだけれども。

 より仲を深めると同時に、心の距離感に体を慣らす。かくも崇高な使命を帯びて、二人は寝食から呼吸までをも共にすると決心したのだ。


 ……何なら一緒に寝ている時点で相当に仲が深まっているような気もするが、だからといってそれで満足出来るほど、二人は慎ましやかな性格ではなかった。


「とはいえ、具体的にどうすればいいのかしら」


 であれば、差し当たって何をすべきかと華花は考える。


「取り敢えず、ちゅーする?」


 自分にいい考えがある、とばかりにそんなことを提案する蜜実。色の灯った期待の眼差しを隠せていれば、或いは稀代の名将にも見えたかもしれない。


「……また倒れちゃわない?」


 さっと赤くなった頬を誤魔化す様にして華花は、ジトっとした目を蜜実へと向けた。


「さ、さすがにあんな激しいのは……ほら、挨拶っぽい感じでかるーく、ちゅって、ね?」


「朝のやつみたいに?」


「うん」


 それならばまぁ、まだ耐えられないこともないだろうか。

 先日のアレが刺激的過ぎて、逆に耐性が出来た気がするし。これを足掛かりに、軽めのやつから徐々に慣らしていこう。


 ……なんてことを考える華花は、おはようのキスの際、本気で心不全の心配をしていたことなど、すでに記憶の彼方へと放り投げていた。


「というわけで、んー」


 そして早速、唇を突き出してくる蜜実。

 一瞬で心不全の心配が戻ってきた華花。


「……えと、これは、何のキスなの?」


「……今日から頑張ろうのキス?」


 一発目からすでに疑問形。

 理由など特に考えておらず、実のところ蜜実は、ただ単にキスがしたいだけであった。


 一昨日の一幕は多分に過激で、あれだけの醜態を晒してしまってもなお、或いはだからこそ、すっかりその刺激が癖になってしまったのである。華花の唇の感触、唾液の味、食い散らかされ喘ぐ様。そのどれもが、蜜実の心を掴んで離さない。


 昨夜こそ何も出来なかったのが悔やまれるが……とにかく、今後もその桜色の花弁を味わうには、刺激に体を慣らしていかなければならない。刺激に体を慣らしていくためには、その桜色の花弁を味わうのが一番良いだろう。


 キスに慣れるにはキスが一番。キスをするためにキスをする。

 つまりキスをしよう。キスをすべきだ。キスがしたい。


 深みを増すカレーのごとく、一晩寝かせた蜜実の思考はぐるぐると渦を巻き、深い深い沼へと嵌ってしまっていた。


「ほら、んー」


「うぅ、ん……」


 そうして欲望に突き動かされ、ほんの少し触れあうだけで、蜜実はただでさえ良い機嫌がさらに良くなり。

 華花は蜜実の魅力にやられ、脈が一拍、飛んでしまうのであった。




 ◆ ◆ ◆




 昼食というにも少々遅い朝食を、ダイニングテーブルに腰掛け食べ終える華花と蜜実。


「ごちそうさまでしたー」


「ごちそうさま」


 簡易食品の進歩が極まり、味、見た目、栄養価、コストパフォーマンス、その全てが高い水準で完成された簡易食品がスーパーに並ぶこのご時世。最早手作り料理などというものは、茶道やら華道やら何々道やらに並ぶほどの、高尚な趣味の領域に達していた。


 そして当然ながら、そんなものの嗜みなどない二人は、今日も今日とて適当にピックしたサンドイッチセット(女性サイズ)を、適度に『あーんバトル(デュエル)』を交えながら食べ終えた。



 中流階級以下の家庭から、システムキッチンなる概念が消えて既に久しく。

 例に漏れずチルド食品を卓に並べるための最低限の設備だけを備えたキッチンで、手早く容器をゴミ箱(あとかたづ)にシュートし(けをすませ)た蜜実は、くるりと華花へ向き直り、仕上げとでも言わんばかりに唇を突き出す。


「んー……」


「……これは、ごちそうさまのキス?」


 せーかいっ、という言葉の代わりに、にんまりと目を細める。


「んー」


「せめて歯を磨いてからで――んっ」


 触れ合う程度の軽いキスの後。


「あはぁ、タマゴサンドの味がするぅ」


 自らの唇をぺろりと舐める蜜実の姿は、華花にとって、思わず生唾を飲んでしまうほどに刺激的だった。




 ◆ ◆ ◆




 由々しき事態である。


(これはまずい、非常に、とっても)


 少しばかり熱いほどのシャワーはしかし、華花の内心の焦りまでは洗い流せないでいた。


(蜜実が積極的過ぎる……)


 キス。キス。キス。

 華花と蜜実の今日一日を言い表すならば、概ねそんなものであった。


 寝起きにキス。頑張ろうのキス。食後のキス。


 ソファに座っていたら、隣に座るねのキス。

 なんとなく抱きしめてみたら、そのお礼にキス。


 今日ばっかりは、ハロワの方にインする余裕がなかった。

 というかなんか、抱き合ったりキスしたりしてたら日が暮れてた。


 夕飯の時など、食前酒という名目でキスをされた。

 流石に度数が高すぎるのではないか。もはや味など分からなくなった料理を口に運びながらそんなことを考えていたら、デザートという名目でもキスをされ。

 なんなら今この時ですら、蜜実の感触が唇に残っている気がする。


(このままじゃ、身が持たない)


 先日の失敗を踏まえてか否か、一日をかけてじっくりと熱された華花の心身は、もうどこか末端が溶けているんじゃないかというほどに、熱を帯びていた。具体的には唇とかが。


 しかし、そんな過分に刺激的な一日も、もう終わる。

 風呂から上がり脱衣所で体を拭きながら、華花は覚悟を決めた。


(後は、お休みのキス、くらいだろうけど……)


 果たして無事お休み出来るのか。先の如く、また貪り尽くされるのではないか。


 沸き立つ恐怖(きたい)をネグリジェで覆い隠し、蜜実の待つ寝室へと向かう。


「蜜実、お風呂あがったよ」


 これまた先の如く薄暗い室内で、そんな華花を待ち受けていたのは。



「すー……、すぅ……」



 ベッドの端で丸くなり、すでに寝息を立てている蜜実の姿だった。


「……寝ちゃってるし」


 残念なような、安心したような。

 少しだけ宙ぶらりんな気持ちで、けれど幸せそうに寝息を立てる蜜実の姿に、訳もなく、こっちまで幸せな気持ちになってしまって。


「……おやすみ、蜜実」


 隣に腰を下ろし、軽く唇を合わせた。



「――!!!!」


 がばっ。がしっ。ぐいっ。どさっ。



「――華花ちゃん、いまキスした?」


「……あれぇ?」


 気付けば華花の視界は反転し、目を怪しく輝かせた蜜実に押し倒されていた。


「あの、蜜実、寝てたんじゃ?」


「寝ちゃってたよ。でも、目が覚めちゃった」


 狸寝入りなどではなく、つい一瞬前まで、蜜実は本当に寝てしまっていた。


 蜜実の今日一日は、まさしく煮え滾る欲望との闘いであった。

 キスがしたい。とてもしたい。でも、やりすぎては先日のように、自分だけノックアウトされてしまう。それほどまでに華花の唇は魅力的で、だからこそ今日の蜜実は、触れるだけ、軽く合わせるだけのキスで我慢していた。

 全ては体を慣らすために。いずれ、きちんと最後まで出来るように。


 鋼の精神力で自らの暴走を抑えていた蜜実は、本人が思っていた以上に精神的に疲弊しており。シャワーを浴び、華花を待っている間に思わず寝落ちしてしまっていたのだが。


「華花ちゃんからしてくるなんて、そんなの起きちゃうに決まってるよー」


 本日初めての、華花の方からの口付け。

 嬉しさのあまり、理性と一緒に眠気が吹き飛んでしまうのも、無理からぬことだろう。


「や、あの、今のはおやすみのキス、みたいな?ね?だからほら、今日はもう寝ちゃいましょ?」


 完全に気を抜き臨戦態勢を解いてしまった華花に、今の蜜実の眼光は鋭すぎた。

 気圧されるように言葉を詰まらせながら、自らに馬乗りになる捕食者を、どうにか宥めようとするものの。


「うん、わかった。じゃあわたしからも、おやすみのキス、してあげるね……!」


 無情にも、その儚い花びらに食らいつかれ。


「まって、蜜実ぜったい分かってな、ぃ、ぁん、っ、んん~~~~!!」



 以後数十分以上にも渡る濃厚な口付けの末、本日はダブルノックアウトという形で幕が下りた。

 なお言うまでもなく、したのはキスのみであり、相打ちに持ち込めた蜜実は眠りにつくまでご満悦だった。


 次回更新は12月18日(水)を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

 あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととてもうれしいです。

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