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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
夏 百合乃婦妻の暑い夏
189/326

189 R-初夏、暑い、仕方ない

 お待たせいたしました、今話より三年次夏編スタートとなります。


 この季節、学院の校舎内はどこもかしこも冷涼極まれり。


 放課後、家に帰る頃には、デバイスの遠隔操作一つで部屋中が適温に。


 しかし残念ながら、どれほど技術が発展しようとも。


 屋外という概念が存在する限り、初夏の蒸し暑さに襲われる時間は、どうしたって存在してしまう。


「暑いぃ~……」


「ねぇー……」


 例えば、登下校時であるとか。


 何事もなく学徒としての時間を終え、両者揃っての引きこもり気質に誘われるまま、自宅への帰路を真っ直ぐ最短で進む蜜実と華花。


 なるべく日陰を通ってはみても、やはり暑いものは暑い。

 夏の始まり、早くも薄手の夏服にシフトチェンジしてすらこれなのだから、夏季の外気というものはどうにも耐え難く度し難い。

 今日のように、無駄に天気が良い日であれば尚のこと。


 今からすでに、真夏が怖い。


 そんなことを考えながら歩く二人だったが、絡め合った左腕と右腕がその暑さの一因であることは言わずもがなであり。けれどもこの婦婦が、そのようなことを勘定に入れるはずがないというのもまた、夏は暑いのと同じくらい自然の理であって。


 むしろ、汗で肌が張り付き合って内心ご満悦ですらあるのだから、その頭は二人揃って年中茹っているとすら言えようか。


「むぁ~…ぁ」


「ん?」


 そんな、いつも以上に目尻の下がっただらけ顔を晒す蜜実が、何かを思い立ったかのように、少し先のコンビニへ目線を向けた。


「すぅ~……」


「あぁ、はいはい」


 吸い寄せられていますアピールの著しい鳴き声と共に、入口へと向かっていく蜜実。腕を絡めたままの華花も当然、口先だけの呆れをこぼしながら引きずられていく。


「いらっしゃいませー」



 ――数分後。



「ありがとうございましたー」



「これは仕方のないことなのです。夏の暑さが悪いのです」


「まだ初夏だけどね」


 満足げな顔で、袋も貰わず購入した商品を手に、二人は自動ドアを出た。

 快適な店内から抜け出せば、身体に纏わりつく僅かな冷気さえ、あっという間に外気に侵食される喪失感。


 しかし、常であれば名残惜しさすら感じてしまうこの瞬間も、素晴らしき戦利品を手にした今の蜜実にとっては、何の苦にもならない。


「最初の内からバテちゃってはいかんのです。なのでこれは仕方のないことなのです」


「はいはい」


 仕方ないを繰り返す蜜実の言い分に、苦笑で返す華花。

 とはいえ彼女の方だって、この蒸し暑さには辟易していたのだから、蜜実の行動を認めこそすれ、本気で呆れている様子は微塵もなかった。


「あと、おやつにはいい時間なのです」


「食べすぎ注意、なんでしょ?」


 蜜実が今年のゆるい目標として掲げているらしいフレーズを、しかし代わって口にするのは華花の方。


 華花としてはそんなに気にしていない、どころか、たくさん食べて今の抱き心地をぜひとも維持して欲しいところなのだが……


「知らないの華花ちゃぁん?アイスはゼロカロリーなんだよぉー?」


 当の本人がドヤ顔でそんなことをのたまう辺り、あまり心配はいらないかと安心するスレンダーガールであった。


 ドーナツはゼロカロリー理論と並んで太古より学会で正当性が証明されてきた絶対無敵理論に則り、何の呵責もなく、左手のひらに少し余るくらいの長方形の箱を開ける蜜実。


 中には小さなボール状のアイスがころころと転がっており、色とりどりのそれらが薄っすらと纏う冷気を見ているだけで、何やら涼しげな気分になってくる。


 付いてきたおしぼりで手を拭いて、冷たいボールを一つまみ。

 満面の笑みのまま蜜実は、アイスを持った右腕を持ち上げて。


「あーん」


「あむ」


 華花の口の中へ、小さなそれを放り込んだ。


「おいしい?」


 聞きながらも口を開け催促する蜜実へと、感想の前にお返しを。


「あーん」


「あぁ~……ん、んへへぇ、おいひいねぇ~」


 結局、質問の答えすら自分で出しながら、ふにゃふにゃもごもご蜜実が笑う。


「うん、おいしい」


 釣られて頬を緩ませた華花がもう一つつまんで、今度は自分の口に入れれば、入れ違いに箱に伸ばされた蜜実の手と、指先同士が一瞬だけ掠めて。


「「……♪」」


 これだけで夏の気だるさも忘れられるのだから、やはりアイスというものがコスパ最強であることは、二人にとって疑いようもなく。


 組んでいた腕は解いたけれども、結局は変わらず、肩がくっつくほどに寄り添いながら、もう半分もない帰路を、華花と蜜実は上機嫌に歩いて行った。




 ◆ ◆ ◆




「「ただいまー」」


「「おかえりー」」


 いつも通りのやり取りをしながら、玄関の戸を閉める。

 ローファーを脱ぐ、その前に、残ったアイスを食べてしまおう。


 そう思い蜜実が箱を覗き込めば、ころころと転がるは哀れ残った最後の一匹。


 ちょっと溶けかけの、けれどもまだ形は保ったままのそれを、次いで華花が視線に捉え。


「「…………」」


 揺れる視線、交錯、沈黙。


「じゃん」


「けーん」


「「ぽんっ」」


 勝者、華花。


「いぇい」


「ぬわぁー……!」


 静かに笑む勝者と、大仰に嘆く敗者。


 ……ていうかこれもしかして、思考同調してたら決着つかないんじゃ……?などと頭の片隅で考えつつも、今はそんなことよりこの勝利の美酒を味わいたい。


 そんな華花の願望のままに、右手はすらりと最後の一つへ。

 軟っこくなってしまったそれをつぶさないように優しく摘み上げて、そのまま止まらず口の中へ。


 少しはしたないけれど、溶けて指に付いた分も舐めとって。

 それと同時に、左手はこちらを見上げる蜜実の頬へ。


「んっ」


 味わうよりも早く、蜜実と口付ける。


 溶けるよりも早く、舌で押し込む。


「ふ、ぅ」


 熱情を乗せたまんまるが、冷気と唾液を纏いながら、蜜実の舌の上に転がり込んできた。


 こちらも溶けないように、優しく優しく、ほんの二、三回舌先で転がしてから、華花の元へと返す蜜実。


 持っていたアイスの箱は、とっくに床に落ちていて。

 その代わり、右腕も左腕も、しがみつくようにして華花の首の回っている。


「っ、……ん、……」


 うなじに感じる、汗で張り付く蜜実の両腕に惑わされないように、気をしっかり持って。

 より小さく、脆く、甘くなって返ってきたそれを、一度軽く、舌と上あごで挟み込む。塩梅を確かめて、舌の腹できっちり一周、愛でてから。


 大きく開かれ、隙間なくくっつけられた二人の唇を通して、今一度、蜜実の口の中へ。


「んぇ……ぁっ」


 二度目の侵攻に蜜実は、先以上に慎重にひと舐めしよう……として、しかしつい堪えきれず、くりゅりと、その小さなアイスを潰してしまう。


「はむっ」


「んっ……!?」


 その瞬間を見逃さず、性急に貪欲に華花の舌が蜜実の中へと入っていく。

 口寂しさなど感じる暇もなく、溶け潰れてドロドロになった氷菓を根こそぎ吸い上げられて。


「ん、んっ、んんぅーっ……!」


 撹拌された口内は到底閉じてはいられず、蜜実の唇の先からは、冷たい唾液と嬌声が零れ落ちていた。


「――ぷは」


 ちゅぽっと粘着質な音を立てて、ようやく二人の唇が離れる。

 両者とも、口の周りは唾液と溶けたアイスが混じり合ってべたべたに。

 密着する両腕、両脚、お腹に胸元、体中から、汗を滲ませながら。


 帰路の途中、先んじて遠隔で冷房を付けておくことは敢えてしていなかったものだから、玄関は、もやすら幻視してしまうほどに蒸し暑い。


 そんな密着空間で、身長差と、力の抜けてしまった膝の分、華花が蜜実を見下ろして。


「私の勝ち、ね?」


 笑う勝者の口の端から漏れるのは、妖しく湿った白い吐息。


「……ま、負けましたぁ……♡」


 まだ履いたままのローファーの先に、ぽたりと一滴、雫が垂れた。


 次回更新は9月15日(水)18時を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

 あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととても嬉しいです。

 それから、あんまり呟かないかもしれませんがTwitter始めました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後の勝敗決定時に めちゃめちゃにやけてしまいました……。 控えめに言って最高です。
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