186 R-第二回進路相談
「「よろしくお願いします」」
目の前の先達へ、ぺこりと頭を下げる華花と蜜実。
何がよろしくなのかと言えば、連休も明けて少ししたこの日にセッティングされた、第二回進路相談であり。
会釈を返し、進路指導室のソファに座る教師もまた、前回と同じく担任にして副主任でもある大和 彩香女史その人であった。
「――さて。どうでしたか?連休中、何か変わったことなどは?」
とはいえ、進む学部学科という意味での進路は概ね決定しているのだから、この場での話題は専ら、その意思決定をするに至った要因についてのものとなる。
その要因、彩香女史が問う何かとは言わずもがな、二人の思考同調に関する何某かということであり。
「いえ、特に何も」
返す華花の言葉も、さして進展のない自身らの現状を指すものであった。
連休中もハロワに入り浸り、適度に狩りに出向いたりなどしてはいたものの、やはりあのエキシビジョンでの一戦ほど強い思考の接続はみられず。
「時々、何となく繋がってるかも~、くらいの感じはありましたけどー」
そもそもが、以前から以心伝心と言って差し支えない二人だったのだから。
日常の折に見られるようになった多少の同調程度では、もう思うところもないというか。何か思うほど劇的な変化には感じられないというか。
それこそ、あの日あの闘技場での出来事レベルでもない限り。
「……そうですか。まあ、一朝一夕でコントロール出来るようになってしまっては、流石に、許容外の脳の変異をも疑わざるを得ませんからね」
向こうで七年、こちらで一年、それほどの時を重ねて、ようやく今、その片鱗が見え始めたばかり。
「デバイスでのバイタルチェックも、相変わらず問題なしです」
「結構――」
心身の健康面にも何ら異常をきたしていないことも、裏を返せば、そこまで急激な変化ではないということ。
そんな過程を先に置けば、緩やかな現状を、幾分か肯定的に捉えられようか。
「――しかし、まだご両親にお伝えしていないというのは、頂けませんね」
「「うっ」」
なんて思った矢先に、彩香女史が痛いところを付いてくるのだから、二人揃って呻きをあげずにはいられない。
連休という格好のチャンスがあったにも関わらず、結局華花と蜜実も、未だ自身らの現状を父と母たちに伝えられずにいた。
「バイタル等の記録も取ってあるのでしょう?臆することなく、これは成長なのだと、胸を張って報告すれば良いではないですか」
「それは、勿論、そうなんですけど……」
殊更に表情を引き攣らせながら、なおも渋った物言いをするのは、華花の方。
ぶっきらぼうに見えて過保護な方の母親が何と言いだすか、正直少し怖いとすら思っている。
「いつまでも隠しておく訳には行きませんよ。そのまま進路にも関わってくることなのですから」
一応は本人らの意思を尊重し、二人が自ずから両親へ伝えるのを待っていた彩香ではあったが……連休も明けてこれでは、流石に埒が明かないというか。そろそろ腹を決めろというか。
「うぅ……」
確かに、子供の予期せぬ変調を、親が何の動揺もなく受け入れるのは難しいだろう。それが思考か意識か、はたまた脳かシナプスかなどという、曖昧で重要な部分に関わってくるのなら、なおのこと。
しかしそれを言ってはそもそもの話。
子供は須らく変化していくもので、親は必ずそれに直面していくものなのだ。
自らの変化を正しいと信じればこそ、これは喜ばしい成長なのだと、言葉で、行動で語って示し、親を納得させなければならない。
それが子供に課せられた、ある種の責務ですらあるのだから。
教師として、常日頃からそのように考えている彩香にしてみれば、もういい加減、頃合いだろうと。そういう話であった。
「――分かりました。私が一筆したためましょう。知人に、脳科学の研究をしている者もいます。彼女にお二人の脳波記録を送ってチェックしてもらい、その結果も書き添えましょう。これでどうですか?」
VR理論に精通している担任教諭と、その伝手による専門家のお墨付き。ここまでお膳立てしてやれば、どうにでもなるだろう。
ややも呆れた様子なれど、ここらで最大限のバックアップを提示する辺り、何とも生徒想いな教師の鑑であった。
「……お、お手数おかけしますー……」
気持ち的には退路を断たれた感が強いが、形式的には手伝いに手伝ってもらった形。若干気圧されたような表情すら見せながら、しかし、礼を言わないわけには行かない婦婦。
「いえいえ」
そんな二人の心情を分かっていて、涼しげな表情でそういう辺り、彩香は大概強かな女性でもあった。
「――と、ところで、話はちょっと変わるんですけど」
大人な女性の手管には敵わないと、華花が半ば強引に話題を変える。
話の決着自体は付いていた為、彩香女史も特に何も言うでもなく頷いて返した。生徒二人の表情から、こちらはこちらで、彼女たちが求めている情報なのだと察したが故に。
「大和先生は、美山先生に誘われてハロワを始めたんですよね?」
「ええ」
「ってことはぁ、ハロワ歴はそんなに長くない、ですよねー?」
「ええ、はい。まだ二年も経っていないでしょうね」
質問の先触れは、彩香個人の[HALLO WORLD]プレイ歴について。
これだけでももう、何を問われるのか薄々察してしまうというもの。
「二年足らずで、どうやってあんなに強くなったんですか?」
案の定二人の質問は、総プレイ時間に対して異常なまでの水準を誇る、彩香の力量に関してのものであった。
「ふむ……」
強さと言うと、それこそいささかゲームチックになってはしまうが、要するに、あの尋常ならざるプレイヤースキルの――言い換えれば、アバター操作の術を知りたいと考えるのは、関連した道に進もうとする二人の今の心情的に、まあ当然と言えば当然のことであろうか。
例えそれが、婦婦最大の研究課題である思考同調と直接の繋がりはなくとも、知りたいと思うことは決して無駄ではないだろうから。
彩香もまた、似たような道を行く先達として、自身に教授できることを惜しむつもりはない。
ない、のだが。
「……身も蓋もない言い方にはなってしまいますが、私は他の方々と比べて、幾分か要領の良い人間であった、と言うだけの話です」
しかし、そう簡単に汎化できるようであれば、ここまで彩香の興味を引く研究分野にはなっていないわけで。
「要領、ですか……」
いやまあ確かに極論を言ってしまえば、短時間で実力をつけるということはすなわち、効率良く要領良く修練を積むということに他ならないのだろうけれども。
その一言で説明終わりというのも、流石に味気ないというか何というか。
「すみません。しかしこれがこの分野における、中々厄介で、そして面白い所でもありまして」
教師と研究者、二つの顔が混ぜ合わさった彩香の言葉に、蜜実も華花も再び耳を傾ける。
「これまでの一、二年次の授業でも、総じてアバターというものは、現実世界と同じように感覚的に操作できるものだと教えられてきたとは思いますが――」
あれは何も、分かりやすさを重視した授業だったというわけではなく。
単純に、そうとしか説明できないからそう言われていた、というだけの話。
現代の最新科学たるVR技術。
その中にあって非常に重要なアバターの操作は、『肉体と同じように動かせる』という、極めて感覚的かつ個々人の主観に依るところの大きい言葉でしか、言い表すことができないのである。
脳のどの部分をどうこうしてーだとか、何とかという種類の脳波があれこれでーだとか、どこそこの回路を通じてシナプスの伝達がーなどと言われても、まあ知識として頭に入れることはできようが――それでも、とても高等教育レベルで扱えるような代物ではない――アバター操作を脳機能の活用としてロジカルに行える傑物など、現状、この世界には存在しないのである。
それが出来てしまえば人間は、自分の意志で脳を、ミクロ単位で完全に制御できるということになってしまうわけで。
種々の科学技術が発展した現代においてすら、それはまだ、遥かな夢物語でしかない。
だからこそ、特に知識量という点においてまだまだ成長途中な学生には、説明のしようがない。
感覚的に、やればできるとしか言いようがない。
「――だからこそこの分野はまだまだ発展途上で、故にこそ面白い。そしてそのせいで、私のあちらでの力量は『要領良くやった結果』と言う他ないのです」
「な、成程ぉ……」
「すいません、良く分かんないです……」
説明とも言えないような説明を聞き終えて、何とかそう返すのが精一杯な蜜実と華花。
[HALLO WORLD]最強の婦婦と謳われる百合乃婦妻ですら、眉間にしわを寄せて苦笑するしかない辺り、やっぱりこのセカイは、そう単純なものでもないらしい。
或いは、なればこそ。
二人の思考同調のような、一見すると不可解な現象すら起こり得る余地がある、ということでもある……の、かもしれない。
そんな、分かったような分からないような結論を出したような出さないような、何とも曖昧なままに、今日の進路相談はお開きとなった。
次回更新は8月28日(土)18時を予定しています。
よろしければ是非また読みに来てください。
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