185 V-あっちがああならこっちもこうだ
「――そういえば、『クロノスタシス』のボスと側近たちがオフ会したって噂、ホントなの?」
連休も明け、されども特に変わらずハロワに入り浸っていたハナとミツ。
ヘファの工房で武具の調整をしてもらっていたところ、雑談の一つとして先の言葉が投げかけられた。
「ホント」
ヘファ的にも、『百合乃婦妻』と『ティーパーティー』ほどではないものの、こちらもこちらで注目の百合カプであったため、その辺りの情報は既に耳に入れていたようであり。
「本人たち曰くー、ますます仲良くなったんだってさー」
どうせ何か知っているんだろうと尋ねた彼女に対し、別段隠している訳でもないのだからと、婦婦があっさりと答えて見せた。
無論、仲良くという言葉で濁してはいたが。
「ふーん……」
表面上はそっけない相槌、けれどもその意味合いは「良いわねぇ……」とでも言った所であり、また近いうちに鑑賞……もとい、まあ、ちょっと顔でも見に行こうかと考えるヘファであった――
「――話は聞かせてもらいました」
――ドアばぁん!
唐突になんか来た。
本当に何の前触れもなくヘファの工房、その応接間にまで勝手に上がり込んできたその人物は、それこそこの場に足を運ぶことなど誰も想定していなかった人物。
「……げぇ。何でアンタがここに来るのよ」
家主たるヘファの顔が、一瞬で不機嫌なそれに変わる相手。
「女神様方に、早急にお伝えしたことがありました故。そうでなければわたくしとて、好き好んでこんなところに来たりはしませんよ」
同じく冷たい眼差しで、工房の主へと不遜なセリフを吐くその女性は、他ならぬエイトであった。
「……まあ確かに、エイトが自分からヘファの家まで来るなんて珍しいね」
「よっぽど大事な話でもあるのー?」
どこまでも仲の悪い二人ではあれど、どちらも自分から相手の方に殴り込んでまで喧嘩をするような口ではない。
それが分かっているからこそ、よほど重大な案件なのかと、婦婦の顔付きもやや呆れながらも真剣な表情へと変わる。
メッセージすらなく飛び込んできたエイトへと、視線で本筋を促すハナとミツ。
……実のところそこには、エイトとヘファの言い争いを中断させるという意図も含まれていたりするのだが。
無益な争いを未然に防がんとする婦妻の涙ぐましい密かな努力により、エイトも危急かつ重要であるらしいその案件を早速口にする。
「丁度、今お話しされていたように、『クロノスタシス』のトップ三名が現実世界でも顔を合わせたとの事で」
「あ、それ関連?何かあるの?」
かつて一度共闘したとはいえ、かの三人とエイトとは直接のつながりは特になかったはず。
まさかなんだ、ついに他所の大規模クランの人間関係にまで首を突っ込もうとでもいうのだろうか。
確かにあれもハーレムと言えばハーレムだしなぁ……
「ええ――」
色々と脳裏をよぎるハナとミツの耳に入ってきた続く言葉は、しかし彼女たちの予想とは全く方向性の異なるものであった。
「――このわたくしも、女神様方と本当の意味で顔合わせをしたく存じます」
「は、はぁ……」
「は、はぁ!?」
想定外の提案に、ハナとヘファが字面だけ見れば同じセリフをこぼす。
「えっと、つまり、向こうでも会いたいってことー?」
話の流れからしても、要するに『クロノスタシス』らと同じくオフ会がしたいということなのだろうが。
それは別に、わざわざヘファの工房にまで押しかけて言う必要もないのではないか。
そんな、肩透かしからくる困惑にハナとミツが首をかしげているとすれば。
「ふざけるんじゃないわよっ。アンタみたいな危険人物が、リアルでもこの子らに会おうだなんて!」
そんな暴挙許してなるかと、一層激しい剣幕でヘファが食ってかかる。
この子ら、などという呼び方をしている辺り、自称後見人としての使命感的なモノに駆られていることが伺えた。
「わたくしの行動に関して、貴女にとやかく言われる筋合いはありませんが」
奇しくも、以前放った言葉と同じようなセリフを返されるヘファ。
「アンタの行動じゃない、この子らの身の安全のために言ってるのよ危険人物!」
「アァ?」
「はぁ?」
いつものやつである。
「……ちっ、面倒くさい……少々勇み足が過ぎましたか……」
今更になって、ヘファのいる前で言うべきではなかったかと悔いるエイト。
その様子から、此度の強襲は何か意図があってのことではなく、本当に浮足立って勢いままに来てしまっただけなのだと伺えた。
無論、ただ伝えるだけなら文面でのメッセージでもチャットでも良かったのだが。
やはりエイトにとってこれは非常に重要な提案で、できれば顔を合わせながら話がしたかった。
だもので、リアル側である程度自由に身を動かせる目途が立った瞬間、視野狭窄気味に、仇敵の身中であることなどお構いなしに、飛び込んでしまったと言ったところ。
「兎に角、貴女の意見などどうでもよろしい。重要なのは女神様方が許可して頂けるかどうか、それだけです」
聞かれて(というか聞かせて)しまったものはしょうがない。ガン無視しよう。
何の躊躇いもなくそう決め、肝心要のハナとミツへと視線を戻すエイト。
当然ながらヘファも、二人の方へと言葉を投げる。
「やめときなさい。リアルでも絶対ヤバいわよこの女」
根拠が有るような無いような微妙な塩梅の警告。
普段のエイトの言動はお世辞にもまともだとは言えないが、白ウサちゃんしかりクロノしかり、リアルとバーチャルで著しいギャップがある人物も、確かに存在するわけで。
「まぁ、エイトちゃんのことは信用してるし、別に良いと言えば良いんだけど…」
「おおっ!」
「んなぁ!?」
人間性はともかく信用はしているという、ある種の矛盾すら内包した婦婦の返答は、一応のYESではあり。そうなれば片や歓喜、片や憤慨と言った風に、エイトとヘファの表情が変わる。
「ダメダメダメっ!ぜーったい駄目よ!こんなイカレ女とオフ会だなんて!」
当人よりも先に、声を荒げて断固反対を示すヘファ。左右に降られる首に合わせて、灼髪の三つ編みもぶんぶんと揺れ動いていた。
「きっと碌なことにならないわ!身の安全のためにも止めておきなさい!」
(ズルいっ!アタシだってまだ、生で会ったことないのに!!)
まあ、本音はそんなものであった。
心配しているという態度も決して嘘ではないのだが、それはそれとして、最古参のファンにして(自称)後見人たる自分を差し置いて、こんな頭の螺子が外れたような碌でもない宗教家が、二人と顔合わせをするだなんて。
いや、許せんが。
懸念と嫉妬の入り乱れた濁り塗れの感情が、ヘファの身体を突き動かす。
「ほんっとうに、いちいちうるさい方ですね。当のお二方から許可は頂いているのですから、いい加減引っ込んでいてください」
いつもであればこの辺りでエイトの方もぷっつんし、淑女然とした態度などかなぐり捨てて暴言を吐き始めるところなのだが。今日この瞬間に限っては、まこと良きことの最中であるが故か、幾分か余裕のある態度崩さない。
「まあ、良いとは言ったけど、すぐに押しかけられるのは流石に困るわよ」
「それは勿論。ささ、具体的なスケジュールについて、話を深めていこうではありませんか。ああ勿論、こんな小うるさい女のいないところで、ね」
(一方的に)ヒートアップしてるなぁという感想が先立って、今一つ実感も湧かないままに、ハナとミツは促されるまま話を進めようとしてしまう。
「んな、ちょっ、ダメ――」
さらに食い下がり止めようとするも、最早エイトの中でヘファの言葉は負け犬の遠吠えも同然。
何ら意に介さず、呆けたままの婦婦を巧みに連れ出そうとする教祖。
焦る鍛冶師。
しかし何としてでも、この女の思惑を阻止せねば。
退室までもう一刻の猶予もないその瞬間、衝動のままに叫ぶ。
「――だったら、アタシも会いに行くわ!!!」
「……ハァァァァ!?!?」
見事なカウンターパンチが決まった瞬間であった。
次回更新は8月25日(水)18時を予定しています。
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