184 R-ハンバーガー会談、フードコートにて
長期休暇中、昼時、そのフードコートの混雑ぶりときたら、もうわざわざ言うまでもないレベル。
此度居合わせたストーカー四人が監視対象を眺めながら顔合わせするのに、都合の良過ぎる人の森具合であった。
ハンバーガーチェーンのトレーを乗せた四人掛けテーブルで、華花、蜜実、紗綾、瞳美が一堂に会する。
「……」
「……」
「……」
「……」
もとより百合修羅場が絡まなければ、クラスの一角で謎の強キャラポジに居座っているタイプのプチ一匹狼な紗綾。
元クラスメイトのよしみか、信徒といえども婦婦に対して極端に畏まった態度を取ることはない瞳美。
そんな二人を、自分たちのことは完全に棚上げして呆れた目で見つめている華花と蜜実。
全員が全員、互いに対して大なり小なり「何やってんだこいつ」とでも言わんばかりの視線を向け合うが……しかし、それを言ったら誰も彼も「お前が何をやってるんだ」という話であって。
結果、火口をどう切るか思案しつつハンバーガーを口にする、花の女子高生四人の、なんとも珍妙なランチタイムが生成されていた。
「……あー、お二人さんは、普通にデートとかだったりしないの?」
第一声、とりあえず会話の皮切りに、どうせ違うんだろうなと思いながらも口にする紗綾。
「ストーキングデートです」
「ですです」
「あぁ、そう……」
なんら悪びれる様子もなく、まともではないことをのたまう二人。
特にファンというわけでもない紗綾は順当にドン引きし、それを横目で見ていた瞳美は、その反応に少しばかり顔を顰めた。
とはいえこちらはこちらで、教祖のように見境のないバーサーカーではないため、発狂することはなく。
いやさしかし、『第一異端審問部』に所属している時点で、一般人目線で見れば、その思想は十分過ぎるほどに先鋭化されているわけでもあって。
瞳美を指して、そりゃあストーキングの一つや二つくらいするかぁ……と変な方向に納得する華花と蜜実。
また逆に、単騎で瞳美と対を成すほどに性癖を歪め得た紗綾のポテンシャルの高さもまた、おおよそ真っ当なものではないとも言えようか。
「……しかし、実際目の当たりにすると恐ろしさすら覚えますね……」
つまるところ、どいつもこいつも碌でもないこの四人の集まりが、顔を突き合わせてもなお視線を向け続ける先にある、未代という少女のその特異さが、否応なく際立っていく。
「アレこそが、彼女の才ということでしょうね」
片やネガティブに、片やポジティブに、しかし一様に恐ろしいという感想はぴったりな瞳美と紗綾。
視線の先では、それぞれ別の店から買ってきたランチを四人でワイワイとシェアしている未代たちの姿が。
そこだけ見れば普通に仲良し四人組と言った所なのだが……歓談の中心にいるのは、一口シェアの集荷地点は、と考えれば考えるほど、そこには常に楽しさ:はにかみ比が7:3で混合された未代の笑顔があって。
隠し味の蜂蜜が如くまろみを醸し出すその表情に、囲む三人の表情筋も否応なく引っ張られてしまい。
そうなればまた、彼女らの眩さに当てられた未代の微笑みもより一層と。
一切のわざとらしさもなしに空気を甘酸っぱく味付けしていくそのやり口は、まさに天賦の才と言う他ないだろう。
「しかも……」
それだけであれば紗綾的には何の問題もなく、いやさむしろそう来なくてはと言った所なのだが。
それで終わらないが故に、彼女の唇から口惜しげな呟きは続く。
「フォーメーション完璧だよね、あむ」
「ねぇ~、あーん」
ノールックで手に持ったハンバーガーをシェアしつつ、華花と蜜実も注目するは、未代を囲む麗、市子、卯月の、その物理的な位置関係。
例えば、麗はやや控えめながらもおおむね右隣りをキープしているし。
市子は正面だか対面だか向かい合わせだか、とにかく真っ直ぐ顔を見られる位置にいがち。
斜め後ろや対角線上など、前とも横とも付かない位置に、ともすれば影のように付いている卯月。
店内を練り歩くときも、今のように四人掛けに座しているときも、大体そのような位置関係でもって、中心たる未代を囲う三角形が綺麗に形作られている。
それはつまり、彼女たち自身の位置取りさえも、争奪戦にならないように調整されているような。
そんな、ポジショニング一つ取っても、三人が競合ではなく共同を旨としていることが透けて見える有様で。
無論そうともなれば、宗旨は違えど紗綾・瞳美両名が揃って顔を顰めるのは、以って当然の理とすら言えた。
「あまりにも円滑過ぎる、どうなってるのよ……」
普通、三人が一人を取り合えば、その一人が優柔不断気味ともなればなおさら、血沸き肉躍る……もとい、血で血を洗うような凄惨な修羅場が繰り広げられるものではないのか。
寄せた眉根でそう語る紗綾に、こればっかりは瞳美も同意せずにはいられない。
「ええ。当然のように三人平等に接しようなどと、あまりにも冒涜的です」
一対一の親密な関係ということはつまり、ただ一人を究極的なまでに贔屓するということであり。
それこそ今、目の前でいちゃついていらっしゃる女神様方のように――と、耐えがたい惨状に侵された精神を癒すようにして、瞳美は対面の婦婦へと視線を逃がす。
隣り合っていた為にか、奇しくもつられるようにして、紗綾の両目も華花と蜜実へ。
「……同じストーカーのよしみで聞いておきたいんだけど」
「……嫌なよしみだねぇ……」
「うん……」
自覚はあれども、他人に言われると何とも複雑な心境。
しかしそんな、唇をへの字にシンクロさせる様子など意にも介さず、咲綾は問う。
「そもそもお二人さんは、彼女たちにどうなって欲しいの?」
「…………」
何となしに投げかけられた、しかして結構重要な問いかけに、信徒たる瞳美も耳を傾ける。
二人分の注目を確かに感じながら、けれども問いと同じく、何の気負いもなしに返す二人の答えは。
「どうなって、っていうよりかは」
「どうにでも、って感じかなあぁ」
物凄く雑に言ってしまうのなら、何でもいいから関係が進展してくれたら面白いなぁと、そういうものであった。
勿論、いつだかにしたアドバイスが、現状の三人同時攻略に拍車をかけているのは言うまでもないし、円満百合ハーレムも面白そうだなぁという思いは、二人合わせて多分に抱いているのだが。
「わたしたちは二人ほど、何か一つに拘ってはいないからねぇ」
「ま、なるべく中立……っていうか、未代たちの行きたい方向にアシストするつもりではあるけど」
主張を押し付けてこないと言えば聞こえはいいが、要するに根本的にてきとーなのである。
だからこそ二人は――自身らもストーカー紛いな行為をしているから、というものあるが――瞳美と紗綾に呆れの視線を向けども、しかし、彼女らの行動を何が何でも妨害するというつもりもない。
「お二人さんをどうこうってつもりはないからぁ、そこはご安心を~」
「はたから見てて、やり過ぎると逆効果なんじゃとは思っちゃうけどね」
過剰にお節介な外野たちの介入も含めて、折角の、近くで見られる面白おかしいエンタメなのだから。
(……お二方がここまで他者の関係に介入するのも、珍しいと思ってはいましたが……成程……)
友人なのだから、それなりに入れ込みはするが。
しかし結局、言っては何だが娯楽と愉悦のため。
ある意味、この場にいる中で最もろくでもない人物は華花と蜜実の二人であり。
しかしそれでこそ、互いをこそ揺るがぬ至上とする『百合乃婦妻』たる立ち回り。
「……成程。やはり神は天上にて愚かなる人の子を見守っている、というわけですね」
「その解釈もだいぶぶっ飛んでると思うわよ……」
納得と畏敬の念を示す瞳美。
またもやドン引きする紗綾。
慣れたもので、鷹揚かつ適当に頷く華花と蜜実。
それを見て、三度ドン引きする紗綾。
四者四様の基本方針を抱きながら。
食後、同級生ストーキング午後の部は、再び三つに分断して行われた。
それは、違う道を征く彼女たちの信念が、決して交わらぬものであるが故にか。
……まあ普通に、流石に四人だとバレそうだったからなのだが。
なお、そんな怪しげな影たちに終ぞ気が付くことのなかった未代的には、今日のお出かけは終日物凄く楽しかったという。
次回更新は8月21日(土)18時を予定しています。
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