183 R-勝手にダブルデート?大作戦
連休も後半に入った、良く晴れた日のこと。
珍しく朝の内に起きた華花と蜜実が、数時間後に揃って家を出て向かう先は、数駅先の大型デパート。
たまには現実世界で外に出てデート……というだけならば、頻度は少なかれどもないわけではない話なのだが。
しかし今日の二人の恰好は、洒落っ気はあるものの、一方でどこか、意図的に人込みに紛れ込もうとするかのような、ともすれば没個性的とすら言える装いであり。
デートと言うには少々遠慮がちなシルエットに、揃いのベレー帽でやんわりと顔立ちを隠そうとする婦婦の今日の目的は。
「お、いたいた」
ずばり、ストーキングであった。
視線の先、一塊となって歩く本日の監視対象は、言うまでもなく未代、麗、市子、卯月の四人。
「気合入ってますなぁ~」
蜜実の言葉通り、いつも見かける制服姿などとは比べ物にならないほどにめかし込んだその様子から、特に三人が、明言はせずともこれをデートだと意識している
ことが良く伺えた。
休暇中に四人でデパートに行くと言っていた、その具体的なスケジュールまでも、鮮やかなトークスキルで聞き出していた華花と蜜実。
良い機会だからちょっとリアルでの彼奴らの様子を観察してみようと、休みの最中でありながら、頑張って早起きした次第であった。
デートに水を差したくないから、四人だけの方がより自然な雰囲気を観察できるだろうから。
そんな感じの理由で、ダブル(と言って良いのか定かではないが)デートではなくストーキングを選択した次第。
とはいえ、勿論こっちはこっちで変わり種のデートとしても楽しむつもりであり、つまるところストーキングデートなどという、おおよそ真っ当ではない休日の過ごし方を開拓してしまった二人。
ちょっとした探偵ごっこのような心持ちがお出かけのワクワク感をさらに加速させ、ともすれば常以上のにやけ顔にベレー帽を乗せながら、腕を組んで歩いている。
いつも通りのいちゃつきようもさることながら、若干怪しげな雰囲気を漂わせていることも相まって、すれ違う人たちの幾人かから怪訝な目で見られていることなど、今の二人には気が付く由もなかった。
「――っ――」
時たま訪れるからなのか、或いは当てもなく歩くことを主としているのか定かではないが、店内マップも開かず歩く彼女らの談笑は、残念ながら離れて歩く二人のものにまでは届かない。
休日の喧騒が恨めしいような、それがあるからこそこんなことをしていてもバレないと感謝したいような、そんな気持ちで華花と蜜実は、四人の後を追う。
「――、――」
何やら微笑みながら喋っている中心人物、未代の恰好は、ぱっと見では最もシンプルな、白の七分丈Tシャツにデニムというラフなもの。
ともすれば野暮ったくも見えてしまうような着合わせ、しかし引き算式のお洒落さとでもいうべき洗練されたその様相は、庶民派な美系は何を着ても様になることのこの上ない証左であった。
そんなラフな美少女未代に対して、もっとも積極的かつ直接的なスキンシップを行っているのは、間違いなく市子であろう。
未代と同じくタイトなデニム、しかし七分丈のそれとスニーカー、ややオーバーサイズ気味なカーキのパーカーも相まって、何やら活発な小動物感が増していた。
何かにつけて未代の手を握り、興味のそそられたところへと彼女を引っ張っていく……そんな、まさしく子犬のような市子の振る舞いによって、四人全員の足取りが決められていく。
対して麗は、おおよそその立ち位置を未代の右隣りでキープ。
足首付近まで覆うような長めのスカートに、少しだけレースのあしらわれたゆったりとしたトップス。上はベージュに下はホワイトと色味まで清廉さを感じさせるその服装は、やはり何とも、麗のお嬢様っぽさをほんのりと演出していた。
服、小物、アクセサリー、何を見るにも静々と、しかし背筋はすらりと伸ばして、そのかんばせに微笑を絶やさない。
他方、最年長であるはずの卯月は、しかしやはり、いつも通り背を丸めながら未代の左隣を歩いている。
恐ろしく装飾に欠けたワンピースの上からカーディガンという、これまたシンプルな装い。白黒灰色の完全なるモノクロカラーでありながら、呆れるほど洗練された美人女子大生然として見えてしまうのは、いつだか未代から貰ったという三日月型のヘアアクセで前髪を留め、その美貌を露わにしているからだろうか。
……しかしそれでも、並んでいるはずなのに『付いて行っている』と感じさせるのは、その丸まったなで肩の小ささ故にか。
まあとはいえ、過度に緊張しているというわけではなく。市子や未代が真っ当にお洒落なアレコレをピックする横で、イロモノとしか思えない珍品を手に取り、そのたびに誰かしらから突っ込みを入れられていた。
(関係は良好、っと)
麗、市子、卯月の三人の様子を窺いながら、まずはざっくりと判断する二人。
ここでの関係というのは、この三者間でのものを指し、それが良好ということはつまり、やっぱり三人とも、もう互いへの嫉妬心や競争心は解れ円滑に未代を囲っているということであり。
(そしたら、こっちはぁ……)
では、物理的にも関係性的にも間違いなく中心にいる未代の様子はどうかと、婦婦揃って向ける二対の瞳は、より一層鋭く眼光を尖らせる。
未代から現状の聞き取りをする前に、第三者目線で彼女を、ひいては彼女らを観察しようというのが今日の趣旨なのだから。殊更に未代へと注目してしまうのも、当然のことと言えた。
丁度、手頃な価格のシルバーアクセサリーを扱う小テナントの入り口を物色している一行。
いつか卯月へと贈ったらしい三日月型の髪留めと、少しだけ似た意匠のヘアアクセを手に取り、自身の前髪へと当てる未代。
真ん丸の、しかし月ではなく太陽を模したそれと、卯月の前髪を留める三日月を交互に指しながら何やら言っているらしいその笑顔に、案の定、卯月は嬉し恥ずかしそうに頬を赤らめていた。
かと思えば、今度は満月のそれを麗、星形のものを市子の髪に当てて、にかっと笑う。
当然、そんなことをされた二人の方も、嬉しそうに目を細めていて。
(すんごいねぇ……)
(うん……)
当たり前のように三人同時攻略にかかるその手腕に、遠目に見ていた蜜実と華花の心境は、呆れと驚嘆の混ざった複雑極まりないものとなっていた。
あれで自分は女たらしじゃないとか言ってるってマジ?
そう思わずにはいられないほどにべったべたな、けれどもそれをごく自然にやってのける鮮やかな手管。
しかも、本人が本当に嬉しそうに笑っているものだから、小手先のテクニックだとかそういう雰囲気を全く感じさせない。
(ていうか、普通に楽しんでるよねぇ、未代ちゃん)
(どこまで自覚してやってるのやら……)
未代自身もこれをデートと捉えているのか。
遠目では何とも判断しかねるような、そんな笑みを、今は離れてところから眺めているしかない華花と蜜実であったが。
(……んー?)
万が一にもバレないようにと、それなりに離れた距離から見ていた故にか。
その広い視野の端の方に、何やら怪しい挙動を見せる人影が。
(……あ、あっちにも)
しかも二つ。
未代らを中心にして、婦婦から見て左右の視界の端それぞれに。
極力目立たなそうな――逆に言えば、目立つまいと意識し過ぎて逆に目につく――恰好をした少女が二人、同じ方向を凝視している。
片やボブカット、片や一本結びの黒髪に、どちらも婦婦の知る限りではかけていなかったはずの眼鏡まで装着して、未代たち一行へと視線を向けるこの二人。
(何やってるんだろ、あの二人……)
(暇なのかなぁ……)
自分たちのことを完全に棚に上げた二人の呆れの向かう先、固定カプ信者こと二峰 瞳美と、百合修羅場厨こと沢樫 紗綾が、クラスメイトの四人デートをストーキングしていた。
次回更新は8月18日(水)18時を予定しています。
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