182 V-とても人様には言えないこと
ここ数日ほど、『クロノスタシス』の首領及びその側近二人のイン率が著しく低下している――というのは、『時計塔周辺街』に住まうプレイヤーたちのあいだでは周知の事実であった。
というか、クランメンバーたちに対しては事前に通達があった。
明言はせずとも、トップ三人が揃って仮想セカイに姿を現さないとなれば、何となしに理由も窺い知れるというもので。側近二人の少々常ならぬ愛情を知るものであるほどに、幼き首領の身を案じずにはいられない。
そんな数日間を経て、久方ぶりにしっかりと時間を取ってログインしてきたクロノ他二名の元へ、ハナとミツはここぞとばかりに押しかけていた。
「んで、どうだったの?」
「どうって……」
「向こうでも、仲良くなれたー?」
「それは、その……」
視線を逸らし、頬を赤らめ、そう、まるで恥じらってでもいるかのように、クロノはもにょもにょと口をまごつかせる。
これは絶対に面白いことがあったと確信する婦婦へと、主に代わって従者二人が身を乗り出した。
「はい、それはもう。我が主はあちらの世界においても、大変に可愛らしく美しく、素晴らしいお方でした」
「うんうん。とても魅力的な女性だったね」
「いや、あの……」
女帝としての姿ならいざ知らず、現実世界での自分は、本当に何の変哲もない平凡なOLでしかない。
そうと自覚しているからこそ、ハンとケイネの称賛の言葉が、耐えがたいほどに気恥しい。
その姿が、あちらでも変わらず畏敬の念を示してきた二人の振る舞いが、思い出されてしまうがゆえに。
(この二人、マジでリアルでも美人過ぎるんですけど……!)
いや、もう、びっくりするくらい顔が良かったのである。
こちらでのアバターに、リアルバレ防止以上の加飾がなされていなかったのだと、良く分かるほどに。
(しかも何か、やたらと距離が近かったし……)
敬愛する主人と遂に直接相まみえ。
例え背格好は違えども、間違いなく彼女なのだと理解したハンとケイネが、遠慮や自重などできるはずもなし。
更には文化圏的な背景によるものか、二人とも距離の詰めてくるのが早いのである。
心的距離近さは、高く積み重ねられたハロワのそれをそのままトレースし、それが故に物理的な距離も臆せずじゃんじゃか近づけていく。
クロノの視点から見れば、異国の美女二人がやたらと高い好感度を隠しもせずに言い寄ってくる有様。
現実世界では一般人レベルで小心者な彼女からすれば、中々に心臓への負荷が高い数日間であった。
無論、ハンもクロノも連休最終日まで居座るつもりである為、何なら今この瞬間だって、三人は一つ屋根の下にいるということなのだが。
(このままじゃ、し、心臓が持たん……!)
なんていう自身の心の内など、とてもじゃないが口にはできない。
かといって、収まらない動悸から逃れようとこちらのセカイにインしてみれば、待ってましたとばかりに友人婦婦が来やがったのだから。今日に限ってはクロノも、その端正な顔に苦渋を滲ませざるを得なかった。
(大体、なんでリアルでもあんなに……)
そう、現実なのである。
こちらでの、この我ながらナイスデザインな中二病幼女とは違う、ふつーの二十台女性の顔を、なんだってそんなに、愛おしげに見つめられるのか。
もはや純粋な疑問ですらあるそんな念に引きずられてか、気が付けばクロノは、黙したまま従者二人の顔を交互に眺めてしまっており。
「おやおやぁ~?」
「随分とまあ、仲が深まったようで?」
案の定、目敏く気が付いたミツとハナの、にやにや顔は、ますますその影を深めていく。
「ええ。とても、仲良くなりましたとも。ええ、とても」
「うんうん、とってもね」
それに呼応するようにして、こちらもにやけ面を隠そうともしないハンとケイネ。
熱が冷めてしまうかもしれないというクロノの懸念は、彼女らの顔を見ていれば全くの杞憂であったことが伺えた。
……それどころか、クロノが戸惑ってしまうほどに、二人の愛情はさらに増しているようにも思える。
そんな様子を見ていれば当然、此度のオフ会、何がどうなればそこまで上手くいったのか気になってくるのも、野次馬としてのサガだろうか。
自発的なオフ会とやらにトンと縁のないミツとハナからすれば、そもそもの疑問や興味だって、抱いてしまうもので。
「でも、こういうオフ会って、何するんだろー?」
「ね。クロノたちは、ここ数日向こうで何してたの?」
自分たちの偶発的な出会いとは違う、計画立てられた邂逅。
ただ会うのが目的と言えばそうなのだが、では会ってどう交流を深めるのか。
大人同士、酒の席でも設けるのだろうかと思いつつ、未成年ゆえにいまいち想像の付かない二人には、目の前の経験者に直接問うほかない。
「…………」
「…………」
「…………」
ない、のだが。
「…………」
「…………」
「……い、言えないっ……」
((――い、言えないようなことしてたの……!?))
やはり頬を赤らめ、少しばかり潤んですら見えるような瞳を逸らし、恥じらいに小さな体を揺らしながら口を噤むクロノ。
ここだけ見ればどう考えても如何わしいなんやらかんやらを想起させるが……マジかよと視線を向ける婦婦に、わざとらしいほどの澄まし顔しか返さない従者二人の表情からは、その真偽のほどは伺えない。
仲良くってまさか、そういう……
なんてセリフは、流石に口にするわけにはいかず。
「そ、そっかぁ……」
「ふーん……」
結果、婦妻の口から出たのは、幾分か気まずげな、相槌とも言えないもにょもにょとした音であった。
つい今しがたまでのからかうような余裕など一瞬で霧散し、アバターの奥に潜む大人のリアルに気圧されたような。
ハナとミツが、そんな年相応な動揺を見せていることに、しかし残念ながら、それ以上に気もそぞろなクロノが気が付くことはなかった。
(大人って凄いねぇ……)
(何ていうか、スピーディーだね……)
いや確かに、ハンがクロノへと向ける視線は今も昔も犯罪者一歩手前のそれであったし。傘下に加わる以前から、ケイネの紫眼に並々ならぬ熱量が籠っていたのもまた、間違いはないのだが。
リアルでの邂逅から数か月を経て結ばれた自身らと比べて、いささか性急に見えるそれは、しかし大人同士の関係ではそう珍しくもないのだろうか、なんて。
(でも、そっか……三人でかぁ……)
(凄いね……)
何やら妙な畏敬の念すら抱き始めつつ、心の内でそう言うほかない婦婦。
……いや、別に誰一人として、そういう行為があったなどと明言してはいないのだが、何よりも自分たち自身という前例に引っ張られてか、ハナとミツの中ではすでに、この三人は何やら一戦といわず交えたようであると、そのような認識になってしまっていた。
(未成年には、刺激が強すぎるから……!)
友人婦婦の実年齢を類推し、配慮したが故のぼかした物言い。
その奥にあるモノが、果たして本当に若人にお見せできないレベルのやつなのか。
或いはそれとも、単純に恥ずかしがっているだけなのか。
「…………」
「…………」
なんかドヤ感のある澄まし顔な従者二人の、先程とは打って変わった沈黙の真意は一体何なのか。
真実を知るのは、最早女帝の風格など完全に霧散してしまっているクロノと、その両脇で彼女へとこれまで以上に熱烈な視線を送るハンとケイネ、この三人のみであり。
これ以上の具体的な言及は避けつつ、何処か気まずげな雰囲気を漂わせながら、五人の歓談はもうしばらく続いていた。
次回更新は8月14日(土)18時を予定しています。
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