181 R-折角のお休みに雨が降った時の婦婦の過ごし方(いつも通り)
折角の連休中にも、あいにくと雨が降る日だってある。
まあ現実世界が雨だろうが晴れだろうが嵐だろうが、あまり外に出ない性分である華花と蜜実には、あまり関係のない話なのだが。
激しくはないものの朝から昼下がりまでしとしとと降り続け、夕方にかけても止む兆しのないらしいその自然現象は、しかし普通であれば、家の中にいれば何ら影響を受けずに済む。
気温も湿度も完璧に調整してくれる空調設備の賜物……なのだが、今日この日に限っては、二人の住まうマンションの一室は、意図的に空調のスイッチが切られた状態にあった。
「…………」
「…………」
双方静かな婦婦の体は、高い湿度と、それから、長く密着していたことによる体温の上昇によって、Tシャツに影ができるほどに汗ばんでいる。
部屋中の空気がじっとりと重く感じられるのは、明らかに、天候による影響だけではないだろう。
肺呼吸に、少しばかりの負荷がかかるような。
そんな静かに湿った熱量が、薄暗いリビングに充満していた。
「…………」
「…………」
やはり黙して語らない華花と蜜実の耳に聞こえるのは、窓を撫ぜる微かな雨音と、深く詰まるような互いの息遣い。
心臓の拍動は音ではなく伝達振動として、とくんとくんと、押し付け合った二人の胸を行き来する。
ソファのひじ掛けを枕代わりに、華花が下で蜜実が上で。
身体の八割方を重ね合わせて、額を擦り付け、至近距離で見つめ合い。
何となく口づけは交わさないままに、何分が経過しただろうか。いや、何十分か、あるいは何時間か。
今の二人はもう、時間の感覚などとっくに消失していた。
「……、……」
「……っ……」
電気も付けずに、曇天の窓の外よりもなお陰るリビングで、小さく開いた互いの口から、吸っては吐いて吐いては吸って、甘く重く湿った呼気を循環させる。
自身の体温が高まれば高まるほど、吐き出す吐息も熱くなり。
それを吸い込む相手の方も、呼応して火照っていき。
そうすればまた、熱せられた息吹が返ってくる、その繰り返し。
そうなれば当然ながら、際限なくと錯覚するほどに、二人の身体はどんどんと熱を帯びていく。
必然どちらとも、汗腺からの分泌液は、その量を増していくばかり。
特に汗をかきやすい胸周りは、シャツ越しに押し付け合っているせいで、仄かに匂い立つほどに蒸れてしまっている。
本能を刺激する匂い。
静かな情欲が、嫌というほど伝わってしまう香り。
「……ーっ」
「ぁー……」
それが二人分混ざり合って、華花と蜜実のあいだで滞留しているとなれば。
両者とも言語を失ってしまうのも、狩りの機を窺う猛獣のように黙り込んでしまうのも、致し方ないことであろうか。
息苦しさすら感じるなかで、身じろぎ一つしない華花と蜜実。
絡み合った素足の先が、衝動をこらえるようにして、時折ぴくりと震える程度。
部屋着用のラフなショートパンツは、二人の脚部の大半を露わにしていて。重なり合うその太ももは、互いの汗を接着剤代わりにでもするかのように、ぴったりと張り付いている。
二人の体液の混合物質は、肌を伝うというよりも纏わりつくような高粘度でもって、双方の熱を逃がさない。
――何でこんなことになったんだっけ。
どちらともなくそんなことを考える。
ぼんやりと思い出せるのは、時間も分からないどこかのタイミングで、どちらかの手がデバイスに伸び、空調のスイッチを切ったことくらいか。
昼食後の腹ごなしにとソファでいちゃついているうちに、触れ合う肌から生じた僅かな発汗が、情動を呼び起こしてしまった。
そんな発端など既に忘却し、今となってはもう、互いに声を発する余裕すらない。
「……ふぅ、っ……」
二人の思考は既に、緩やかに接続されている。
あちらのセカイほど確実な――或いは、システマチックな――ものではなかれども、そこに実体を伴う強い情欲が加わるとなれば。
双方を行き来する情報は、自ずと熱と本能に染められたものとなる。
「……ぅぅ、~……」
獣のような息遣いは、どちらの口から洩れたものとも知れず。
見つめ合う瞳越しに、唇に触れる吐息越しに。
触れ合う肌越しに、混ざり合う体液越しに。
或いはそれら以外の何某か越しに、伝わってしまう。
華花も蜜実も、理性の決壊をどうにか堪えていることが。
そのことが互いに伝わり合い、その結果今のような、どちらが先に音を上げるかの我慢比べが起こっていた。
最近とみに、どちらも攻めっ気を帯びてきたことによる、ちょっとした小競り合い。
相手を求める原始的欲求に。
静かに、身じろぎを抑えるほどに生じていく、ぬめりを帯びた汗の感触に。
一秒でも長く耐えられた方が、この後の主導権を握れるという、突発的なミニゲーム。
「…………」
「…………」
既に、てらてらと不健全な艶めきを見せるほどに、どちらの肌も濡れ火照っていた。
激しい運動によるものとは違う、熱や湿度といった外部要因によって生じる発汗は、爽やかさとは程遠い、言い知れぬ透明な濁りすら錯覚してしまう。
それが二人分混ざり合い、二人の皮膚を繋げる粘液となり。
感触だけで言うならば、不快なそれであるはずなのに。
色欲一つ加わるだけで、ここまでどろりと淫靡な媚毒になるだなんて。
降参しなよと瞳で語れば。
そっちこそと吐息が返ってくる。
その双眸は潤みきり、唇は微細に震えてすらいるのだが、揃って強がりな婦婦は、バレバレな虚勢を崩さない。
何故かと問われれば、今日は何となくそんな気分だからとしか返しようがない、自分も相手も焦らすような熱気と湿度が、煩わしくて心地よい。
「……んぅ……」
乗って見下ろす方、蜜実がちらりと視線を移す。
気勢を保つべく、半ば無意識に行ったその小休止が彼女の視界に入れたのは、熱気と内外の温度差で白く曇った窓。
それは、二人だけのセカイと外界とを隔てるヴェールのようで。
誰にも邪魔されず、咎めるものもなく、我慢なんてする必要もないんだと。
自然の摂理にそう言われているかのように、蜜実は錯覚してしまって。
「……もぉ、むりぃ……」
力を失い倒れ込むようにして、彼女は組み敷く華花へと口づけた。
「んっ、っ……」
過分に湿った唇を受け入れながら、にんまりと目を細め、華花は勝利にほくそ笑む。
構図的には彼女が下にはなっているものの、脱力しもたれ掛かる蜜実から此度の手綱を握る権利が失われていることなど、両者双方の目に明らか。
両腕を首の後ろに絡め、逃げられないようにしながら、緩慢に揺れる蜜実の舌を味わう華花。
「ぁむ、ちゅぅ……」
発汗の影響か、幾分か分泌量が減り、しかしその分粘性の高まった唾液を、勝利の美酒が如く奪い取る。
ぴったりと重ね合わせたままだった太ももをずらし、両脚のあいだに割り込ませて、下から擦り上げるように揺らす。
汗で摩擦係数を失った華花の肌が、湿った影を落とすショートパンツ越しに、蜜実を優しく攻め立てる。
「ん、ぁ、ぁぅ……」
やがて、眉根を寄せる蜜実を抱きかかえながら、華花が身を起こした。
片膝を立てた太ももと身体とで挟み込むようにして、片手で腰を支えながらもう片方をテーブルへと伸ばし、水の入ったボトルを手に取る。
「はい」
「あぃあと……」
回らない舌で礼を言い、蜜実はそれを喉に流し込み。
次いでもう一口、今度は含んだ水を華花へと献上。
「ん……」
水分補給は忘れずに。
ミネラルは、まあ……互いの汗から摂取すれば良いだろう。
そんな世迷言を共有しながら、二人は暗いリビングで、互いの情欲に飲み込まれていく。
さぁさぁと静かな雨は、日も落ちるころまで続いていた。
次回更新は8月11日(水)18時を予定しています。
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