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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
春 百合乃婦妻が出会ったら
18/326

18 V-父一人、母三人


 自由都市『フリアステム』は二人の愛の巣(プライベートルーム)、その応接間に設置された六人掛けのテーブルにて。


「――改めましてお義父様、お義母様」


 中央の席に向かい合って座るハナとミツ。ハナの両脇には二人の女性が、ミツの両脇には一組の男女が腰かけていた。

 自分から見て両斜めに座る二人の男女に対して、ハナは深く頭を下げる。その目付きは常以上に鋭く、顔付きもキリリと引き締まっていた。


「昨日から現実(リアル)の方でも、ミツ――蜜実と同棲させていただいております、白銀 華花と申します」


 義両親へ同棲の報告とあらば、それも当然のことだといえよう。


「あはは、そんなかしこまらなくていいよ」


「知らない仲でもないしねぇ」


 シンプルなデザインの貫頭衣に身を包んだ男女が、笑みを浮かべながらそう返す。どちらも目尻の下がった柔和な顔立ちをしており、例え仮想のセカイだろうと、二人がミツの両親であることがよく窺えた。


「本名で名乗ってくれたことだし、こちらも返すのが礼儀ですよね。僕は黄金 実彦(みつひこ)と申します」


「黄金 蜜月(みづき)です。今後ともよろしくお願いしますねぇ」


 娘に合わせた金髪を、威圧感を与えない程度に短く刈り上げた誠実そうな男性――実彦と、同じく金髪の、ウェーブがかったショートの女性――蜜月がそれぞれ名乗る。

 少し間延びしたような蜜月の喋り方は、彼女が蜜実(ミツ)の母親であることをこれ以上ないほどに証明していて。ぽややんとしているが、どこか色気を感じさせるその佇まいは、ミツの隠れ肉食(ロールキャベツ)系な一面の源流と言えるかもしれない。

 そんな二人がハナとその両隣の女性へ向けた挨拶は、先にハナが発したものと同じく、現実での名を明かすという、相手への最上の信用を示すそれであった。


「黄金 蜜実です、ハーちゃん――華花ちゃんには、いつもお世話になっております」


 両親に続いてミツも名を明かし、この世界においてはすでに顔馴染みである二人の女性に、改めて頭を下げる。


「んじゃ、こっちも改めまして。白銀 明日華(あすか)、ご存じの通り、華花の母です」


「同じく母の白銀 花恵(はなえ)と申します」


 明日華と名乗った女性は、ハナ以上に鋭い目付きとハナ以上にスレンダーな体躯、そしてハナ以上に長い銀髪を備えた、勝気な雰囲気。

 一方の花恵は中肉中背で、ゲーム内だからこその銀髪セミロングを除けば、概ね普通といった言葉が相応しい。けれどもその背筋は堂々と伸びていて、ハナの物怖じしない性格は花恵譲りであることが窺えた。なお、所々で垣間見える好きな人への受けっぽさは明日華譲りである。

 明日華がズボン、花恵がスカートという違いはあれど、どちらも初期装備をベースに、より動きやすさを重視した革製の装備でまとめていた。


「えっと、シロバナさんが明日華さんで、ギンバナさんが花恵さん」


「そういうツッキーさんは、ミヅキだからツッキーだったんすか」


「ヒコサンさんも、お名前から取っていたんですね」


「あはは、夫婦揃って安直ではありますが」


「いやいや、あたしらも似たようなもんすよ」


 ユーザー名と本名を符合させる四人は、歓談の雰囲気からも分かるように、以前からゲーム内で交流を持っていた。それも勿論、娘であるハナとミツが、仮想とはいえ婦婦として過ごしているのが切っ掛けであったのだが。


 ちなみに明日華――シロバナはかつて、


「娘が欲しくばこのあたしを倒して見せろ!」


 などと啖呵を切り、ハナとミツに二人がかりでボコボコにされたことがあった。

 そもそもシロバナに限らず四人とも、娘とのコミュニケーションの一環としてゲームを始めたのだから、ガチ勢たるハナとミツに勝てる道理などはなかったのだが。

 それでも、そんなことを口にせずにはいられなかったのが、シロバナなりの親心というものなのかもしれない。


 そんな両家の親が内心で、いずれは訪れるだろうと考えていた現実(リアル)での邂逅。

 それがついに果たされ、更には同棲なんぞ始めるという。であれば現実世界で会う前にまず、こうして労せず会えるセカイで顔合わせの機会を設けるのも、当然のことだといえよう。


「それにしても凄いですよね、まさか同じ学校に通ってただなんて」


「ええ、本当に。蜜実――ミツはVR教育が取り入れられているということで、百合園を希望したんですけれど」


「ああ、うちのハナも似たような感じすよ。たぶんこのまま系列の大学に進むんじゃないすかね」


「大学の方も、その分野が盛んらしいですねぇー」


 現実(リアル)に関する話題も交えつつ、結局はいつも通りの雰囲気で談笑は続く。少なからず緊張の面持ちで臨んでいたハナとミツはそのことに安堵し、ようやく肩の力を抜く。


「はぁ、緊張した……」


「わたしもだよー」


「リアルで会うときは、たぶんもっと緊張しちゃうんだろうね……」


 決して嫌ではないけれども、では気が重くないかと言えば嘘になる。そんな近い将来に思いを馳せながら二人は、取り敢えずは今日の気苦労分、互いを労い合った。


 ……と、それからしばらくして。

 親同士の会話がひと段落付いたあたりで、おもむろにシロバナがハナの耳元に顔を寄せた。


「……華花」


 こちらの世界で本名で呼ぶときは、何かとても大事なことを話すとき。それを知っている華花は、同じく名を呼んで返事をした。


「……なに、明日華お母さん」


 シロバナ――明日華は、ただでさえ華花以上に鋭い目をさらに尖らせながら、目下最大の懸念事項を小さく口にする。



「『妊可薬(にんかやく)』には、まだ手ぇ出すんじゃねぇぞ」


「……はぁ!?」



 あまりにも突飛な発言に、一拍おいて驚きを示す華花。みるみる頬は赤く染まり、見開かれた目で母親を睨みつける。


「パートナーと一つ屋根の下……子供が欲しくなるって気持ちも分かる。けどなぁ、子供一人を育てるってのは、すげぇ大変なことなんだよ……」


 当の明日華は、娘の非難にまみれた視線にも気付かず、腕を組みうんうんと一人頷きながら、経験に則った苦労を語り始めた。


「確かにお前らは、その気になればハロワ(こっち)で仕事見つけて、食っていけるかもしれねぇ。でもなぁ、子育てに必要なのは金だけじゃねえんだ――」


 それは、バーチャルなセカイでの二人の仲の良さを知っているが故の懸念なのだが……いきなりそんなことを言われた華花からしたら、正直堪ったものではなかった。


「ちょっとまってよ、急に何言いだすの!?私、まだそういうつもりはないからねっ!?」


 想像すらしていなかった『子供』という言葉に、語気を強めながら否定の意を示す華花。


「そもそもあれ、に、『妊可薬(にんかやく)』って、未成年じゃ手に入らないでしょ!?」


「そうだけどさ、なんかこう勢い余って」


「余らないから!最低だよ明日華お母さんっ!!」


 下世話とも取れる母の妄想を非難する彼女の声は上擦(うわず)っており。その目は羞恥からか、少しばかり潤んでさえいた。


「はぁ!?あたしはお前らのためを思ってだなぁっ!」


「ちょっとちょっと、どうしたの二人とも?」


 段々と声が大きくなっていく二人のやり取りに、反対側からギンバナが何事かと割って入る。すかさず華花は、そのもう一人の母を味方につけた。


「花恵お母さん、明日華お母さんがセクハラしてくる!こ、子供がどうとかって……」


「セクハラじゃねぇ!!あたしは親として」


「――明日華ちゃん?」


「あっ……」


 ちゃん付けで呼ぶのは、ギンバナ改め白銀 花恵が、本気でキレている証である。


「いや、そのな、やっぱりそういうのってしっかりすべきじゃん?二人ともまだ学生なわけだし、な、な、花恵もそう思うだろっ?、なっ?」


 愛想笑いを浮かべながら必死に弁解し、同意を得ようとする明日華であったが、今の花恵にそんなものが通用するはずもなかった。


「そうだね。でもそれは今、相手方のご両親もいる前で、言うことなのかな」


 にこやかな笑みすら浮かべていながら、しかしその姿は明日華にとって修羅そのものであり。


「あ、や、いや、そ、そうだな、確かにちょっとデリカシーに欠けてたかもしんねぇ。いやぁ、スイマセン黄金さん方っ」


 内心でやべぇを連呼しながら、慌てて謝罪をするものの……



「――明日華ちゃん、あとでおしおき(・・・・)ね?」


「はひぃっ」



 無情にも今夜、明日華がひぃひぃ鳴かされることが決定してしまった。


「申し訳ありません、うちの嫁が失礼なことを」


「いえ、まぁ、確かに大事なことですし……」


「うん、大事といえば大事よねぇ……」


 遅過ぎるフォローをする黄金夫妻であったが、花恵から放出されるプレッシャーの余波によって、その背には冷や汗が滝のように流れていたとかいないとか。


「子供、かぁ……」


「わ、私たちには、まだ早いんじゃないかなって」


「そ、そうだねぇ……」


 こっちはこっちで、その行為を想像してしてしまい、顔を赤らめていたとか。


 次回更新は12月15日(日)を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

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[良い点] 華花ちゃんは生粋の純度100%百合娘さんだったんですね。 なんて百合にやさしい世界なんだ……!(静かに粛々とガッツポ)
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