179 R-頼りになり過ぎる女教師
仮想世界で友人親子を頼る傍ら。
華花と蜜実は現実世界でもまた、頼れる大人に相談事をしていた。
すなわち、進路相談というやつを。
「――すみません、お待たせ致しました」
生徒指導室のソファに腰かけ待つこと数分、現れたのは二人の担任でもある大和 彩香女史。
「いえ、大丈夫です」
専門分野、人となり、どれをとっても相談するならまずはこの人だろうと、二人の間で満場一致だった女性教師は、今日も今日とて朝から放課後まで、かっちりと隙の無いスーツの着こなし具合。
「まだ時間前ですしー」
約束の時間の五分前、それでも二人より遅れてきてしまったことを謝るその姿勢からも、彼女が生徒たちに信頼される事由が垣間見えた。
とはいえ、それだけ信頼が厚いということは、その分婦婦と同じように、彩香女史にこそ進路相談を持ち掛けたいという生徒もまた、多数いるということ。
事前に声をかけ、スケジュールをすり合わせ、華花と蜜実の個人的な進路相談が叶ったのは、五月の大型連休を間近に控えた日のことだった。
「ありがとうございます。では早速ですが、始めるとしましょうか」
微笑みながら二人の対面に腰かけ、言葉の通り、早速進路相談が始まる。
「美山先生からも聞いているとは思いますが、現時点でお二人のVR実習の成績は、関連学部への推薦入学の指標としては十分な水準に達しています。VR関連座学を始めとした他の科目の成績も、要項は満たせていると言えるでしょう」
まずは現状確認、系列大学への推薦入学は概ね問題ないだろうというところ。
「その上で、具体的にどの学部学科を目指すのか、というお話ですが――」
自身が見てきた二人の適性を脳裏に浮かべながら、彩香女史は指折り数えていくつかの分野を提示していく。
「仮想共同活動概論、アバター操作論、限界運動閾値研究辺りが、能力的な面では向いているかと思います。勿論、VRプログラミング関連等も勉学を積めば、お二人であれば何かしらの実績は残せるかと」
二人のこれまでの[HALLO WORLD]生活――二人で共に生き、またそのプレイスタイルによって多くの人々と繋がり、独自のコミュニティを形成していること――を鑑みれば、共同活動概論辺りが、行く先としては最有力だろうか……などと、去年までの彩香女史であれば、そう考えていたところなのだが。
「……最初は、やっぱり共同活動とかかなぁって思ってたんですけど……」
「最近は、アバター操作論の方にも興味が出てきてて」
思案を滲ませた二人の言葉に、今の彩香女史は笑みを浮かべながら頷いた。
「――ええ、ええ。そう言うのではないかと、思っていましたよ」
「……そうなんですか?」
「てっきり、共同活動を勧められるかなぁって思ってましたー」
仮想共同活動概論――現実とは異なる世界で構成されたコミュニティや文化そのものを研究する分野であり、またフィールドワークも重視されることから、華花と蜜実たち当人すらそちらの方が適していると考えるほどに、婦婦の実情に見合った学問ではある。
あるのだが。
「勿論、そちらへの適性が高いことは言うまでもないでしょう。けれどもお二人の、目覚ましいVR実習成績向上の裏には、間違いなく、アバター操作に関する何某かが絡んでいる。そうではないですか?」
「「……はい」」
「そしてお二人は、それを解き明かしたいと考えている。違いますか?」
「「……その通りです」」
言おうと思っていたことを順繰りに先出しされ、もはや二人は頷くしかない。
ただ一教師たる大和 彩香が、自分たちのことをここまで良く見てくれているだなんて、正直思ってもおらず。けれども、少し前から抱いていたある疑念を踏まえてみれば、彼女の慧眼にも納得がいってしまう。
そんな心境のままに、華花と蜜実は、目の前の女性へと問いかけた。
「……大和先生は、その……」
「カオリさん、なんですかぁ?」
半ばの確信を交えつつも、確証が無いのもまた事実なその問いに、ふっと笑んで返す答えは。
「――流石に、気付いていましたか」
肯定。
よくよく見れば僅かに苦笑が混じった顔で、しかし彩香は今更隠し立てすることもなく頷いて見せる。
「なんとなく、ですけど」
進級からこっち、どうにも彩香女史から向けられる視線に、担任というにも常ならぬ興味が宿っているように、二人は思えてならなかった。
特にVR関連座学の授業中、アバター周りの分野を紐解いているときなど特に。
それは実のところ、華花と蜜実がより積極的に授業に聞き入っていたからこそ、彩香の目に留まったという側面もあるのだが――兎角、それを端に二人も彩香の動向に注目してみたところ、どことなくカオリと雰囲気が似ているということに気が付いたのが、始まり。
あとはまあ、芋づる式にというか……特に、彩香と交流のある和歌が、カオリの師であるウタとこれまた似た人物である辺りなど、目を向ければもうそうとしか思えない一致っぷり。
確たる証拠はあらずとも多分そうなんだろうなぁという考えが、半ば確信に変わったのは、つい今、ハナとミツとしての二人の現状を、あまりにも理解でき過ぎていたから。
それこそ、超高精度の同調を見せた婦婦と間近で接していたとしか思えない察しの良さが、決め手であった。
「ってことはー、やっぱり美山先生が、ウタさんなんですかぁ?」
「ええ…………しかし出来れば、この事はあまり公言しないでいて欲しいのですが」
「あ、はい。それは勿論」
元よりネームバリューで言えば『百合乃婦妻』に負けずとも劣らない程であったウタは、先のバディカップ優勝以来、ますます以てその名をハロワ中に轟かせつつある。その弟子にして、短いプレイ歴でとんでもない腕前を披露したカオリもまた同じく、通り名がそこかしこを通りまくっている現状。
また、ウタが婦婦のファンとしても知られ、それでいて実は教師と生徒の関係であったことからも、あまり好んで吹聴するものでもないだろう。
言われずともそのくらいは察せる華花と蜜実は、彩香女史の言葉にすぐさま頷いて見せた。
「助かります」
「いえいえ~。でもそうなると、アバター操作論も良いって言うのは、わたしたちと戦ったカオリさんとしての意見でもあるってことですかぁ?」
「ええ。あの時のお二人の戦い方は、率直に言って、既存のアバター操作の枠組みを逸脱しつつあるように思えました」
専ら座学を担当する彩香女史であるが、当然ながらそれは、VR技術に関する知識面が抜きんでていること意味する。
逆に以前までは、実技に関しては――特に、十分な検証の末に実用化も済んだ『商品』に関しては――そこまで興味を持っていなかった彼女だが、和歌に勧められる形で始めた[HALLO WORLD]において極めて効率よく実地経験を積んだ結果として、知識と経験の両面から、より深くVR技術を考察できるようになっていた。
そんな、今の彼女だからこそ分かる。
「エキシビジョンマッチでのあの戦い方。授業での、アバターの自他隔絶機能への高い関心――」
どれだけ仲が良いと言えども、あまりにも非常識な連携戦術。
その後の二人が現実世界で見せた、自他隔絶という概念への興味。
自身が良く知る、VR研究史における種々の実験結果。
「――お二人はあのセカイで、思考同調の片鱗を見せているのではないですか?」
これだけのお膳立てがあって、最新の分野にて教鞭をとるに足る才女に、察しがつかないわけもない。
「……大和先生、ほんと、頼りになりますね」
「ねぇー……」
察しが良過ぎて正直ちょっと怖い。
そう思いながら二人が頷けば。
「おや、知らなかったのですか?私も、『百合乃婦妻』のファンなんですよ」
過分に説得力の有り過ぎる返答が、返ってきたのだとか。
次回更新は8月4日(水)18時を予定しています。
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