177 R-ちょっとだけ、進む路のお話
「いやぁ……まさかあの二人、向こうでも直接、首を突っ込んでこようとは……」
開けて翌日、昼時にいつもの面子。
焼きそばパンを手に嘆く未代の様子から、あの二人とやらが誰を指しているのかは明々白々であった。
「いやぁ、後ろでまさかそんなことが起こっていようとはー」
煽るように語尾を真似ながら蜜実が言えば、
「私たちにも、声かけてくれればよかったのにー」
同じく間延びしたとぼけ声で、すかさず華花が後を継ぐ。
「こいつら……」
憎々しげに吐き捨てる言葉は目の前の婦婦へ向けたものか、それとも件のありがた迷惑アドバイザー二人へ向けたものか。
過干渉に過ぎるのではという気持ちはあれど、一方でまた、自身の想い(まだぎりぎり友愛だと誤魔化してはいるが)の節操無さもそろそろ自覚せざるを得ない今の未代にとっては、罪悪感めいた妙な及び腰も相まって、あまり強く反発できない現状。
今朝がた、教室で何事もなかったかのように挨拶を交わした瞳美と紗綾の澄まし顔を思い出しながら、未代はおのれ仇とばかりに焼きそばパンに食らいついた。
「でもいいんちょ、じゃなかった、二峰さんは推薦ほぼ内定かぁ」
控えめな暴食に囚われた未代の傍ら、三人の話題は進路がどうとかいう方向へと進んでいく。
「委員長でも間違いではないのですが……まあ、それはともかく」
「私たちも、この調子でいけば大丈夫そうとは言われてるけど、ねぇ……」
二年次後期のVR実習の成績は、ソロ訓練の努力もあって良好。
さらには先のバディカップの成果か、現時点で既に、幾分か高レベルになったVR実習Ⅱの授業でも毎度、十分過ぎるほどの活躍を見せている。
和歌からも、この水準を維持できれば推薦状も通るだろうと言われており、ソロ訓練を始めた当初の目的は、半ば達成されたようなものではあるのだが。
「……?何かお悩みでも?」
その割には言葉尻を濁す婦婦の様子に、麗は首を傾げながら問う。
「悩みっていうか、いざ大丈夫そうってなると、具体的にどの学科に行くべきかなって」
VR関連と一言で括っても、その学部学科は細分化され多岐に渡る。
実習の成績を重視していたことからも分かるように、華花と蜜実の向かう先はそういった、仮想世界での実地体験を主軸とした方向であることは、ほぼほぼ確定しているのだが。
「いやぁ、去年から先生には、そこもちゃんと決めといてって言われてたんだけどねぇー……」
そもそも推薦が通るのかどうかに意識が全部持っていかれていた為、細かいことまで考える余裕がなかったというのが本音であった。
「プログラムとか、開発側のアレコレよりは、アバター操作論とかその辺かなって思ってはいるんだけど」
とはいえ最近では、先の出来事以降、『アバター』という概念そのものに興味関心が向かいつつはあるのだが。
自身らに起こっている精神感応めいた現象を解明するためにも。
「ま、この辺りは先生にも相談しつつ決めてこうと思ってるよ」
二人ほど頼りになりそうな教師の顔を思い浮かべつつ。
現時点でこれ以上は語れることもあるまいと一区切り、華花はそのまま、ふと思い浮かんだ疑問を口にする。
「そういえば沢樫さんの方は?最近ハロワに入り浸ってるみたいだけど」
瞳美と違い、推薦だ何だという話は聞いていなかったはずだが……そう思い問えば、丁度パンを食べ終えた未代が雑談の輪に戻ってきた。
「実家の花屋継ぐって言ってたよ」
「「……花屋なんだ……」」
一見すると、あの性癖からは想像もつかない出生ではあったが……かの百合修羅場厨が幼少期より売り物の花と花とで掛け算に勤しみ、修羅場妄想を繰り広げていたのだと知れば、誰もがその素養に納得せざるを得ないだろう。
しかしその真実を知らぬ麗からすれば、沢樫 紗綾もある意味で、自身と同じ道を行く者と言えた。
「わたくしも家業……と言って良いものか分かりかねますが、深窓家の当主を継ぐつもりではありますね。勿論、大学部までは進学する予定ですけれども」
何やら手広くやっているせいで、逆に家業が何なのか判然とせず、とにかく凄そうな名家といった塩梅の深窓家なのだが。
その次代たる麗が進む先は、奇しくも華花と蜜実と同じく、VR関連の学部。今の深窓のウィークポイントであるVR関連への造詣の浅さを補強するため、という意図ではあるが、何にせよ行く先(予定)に友人 兼 推しがいるというのは、受験生にとって大きなモチベーションとなるものであり。
「キャンパスライフというのもまた、楽しそうですからね」
生来の芯の強さも相まってか、不安というものを全く感じさせない微笑みを浮かべる麗であった。
……と、ここで雑談を終えていれば、まあまあ綺麗に締まっていたものなのだが。
「……いやしかし、進路かぁ……」
程度は違えど行く方向性は定まっていた他の面々に対して、未代の口から吐き出されるセリフは、溜め息交じりな芳しくないもの。
「悩んでるねぇ、わこうどよ~」
自分の事は棚に上げて笑う蜜実に、言い返す言葉もない。
「ま、取り合えず進学でいいんじゃないの?」
「そりゃ、そうなんだけど……」
折角系列大学という道筋もあることだし、大学部へ進むことはやぶさかではないのだが。
学部学科、何をしたいのか、それが今一つ判然とせず、定まらない。
最近では、友人らを見ていると自分も何となく、VR関連学部へ進学しようかという気も起きてはくるのだが。
ざっくりと大学受験に向けた勉強、という意味では、人並み程度に励んではいるものの……明確な目標意識もないままに取り合えず友達に付いていくというものどうなのかと、思わざるを得ない未代であった。
「そういえば未代ちゃんから、何かやりたいとかって話聞いたことないかもー」
「……強いて言うなら、毎日楽しく過ごしたい」
「……未代さんは、大抵の事は楽しみながらこなせますからね……」
忘れがちだがこの少女、何でもそつなく笑いながらこなせるオールラウンダーである。しかし、なまじそうであるものだから、いざ進路だ将来だと言われても、どうしてもこれがやりたい、というほどのものが浮かんでこない。
多分大概の分野は楽しめる気がするが、じゃあ進んで携わりたいものは何かと問われると……
「……うーん……」
ではかといって、友人知人がみな、大なり小なり目的意識をもって進路を決定している最中に、その知り合いがいるからという理由で学部を決めてしまうのも、やはりどうしても気が引ける。
そんな、これと決めることも割り切ることもできない未代の優柔不断さが、こと進路決定という点においては、まあ如実に表れていて。
(やっぱり、根っこのところで結構、優柔不断な部分があるというか……)
(あっち方面でもこっち方面でも、煮え切らないねぇ……)
対する華花と蜜実の、どうせ何やっても成果が出せるなら「友達がいるから一緒に行く」でも別に問題ないのでは?などという考えは、少々割り切りが良過ぎるような気もしないでもなく。
やはりそういうところは、今も眉間にしわを寄せている未代とは良くも悪くも一線を画している二人であった。
「……むーん……」
むしろこのふわふわした状態で、まあまあハロワにもインしつつ、受験勉強もほどほどにこなせているというのだから、未代のその要領の良さが伺えるというものだろうか。
「……ぬわぁーん……」
兎角、謎の鳴き声をあげながら机に突っ伏す未代の姿は、ある意味で、四人の中で最も年相応な女学生のそれであるようにも思われた。
次回更新は7月28日(水)18時を予定しています。
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