175 V-獣ひしめく草原で ティーパーティーの場合
『クロノスタシス』管理下の置かれてからこれまでの間に、『セカイ日時計』は幾度かその能力を発揮している。セカイの時間が加減速を繰り返し、そしてひと段落が付いた今現在、[HALLO WORLD]の時節は初夏を迎えていた。
「~♪」
「っ♪」
暑いと暖かいの中間ほどの日が照る草原フィールドで、ハナとミツは陽気に鼻歌なんぞ歌っている。
自身らの住む地域の季節とおよそ半年分ほどずれ込んでいた『知勇の両天秤』統治時代と比べれば、その差はやや縮まっており、さながらちょっとした夏の先取りでもしているかのような気分で、婦婦は草原を闊歩する。
当人たちは半ばピクニック気分、しかし次々と切り伏せられていくモンスターたちの、消えゆく間際の屍の山が、見る者に畏怖の念を抱かせていた。
――自由都市『フリアステム』付近の草原で発生した、四足獣系モンスターのスタンピード。
レベルは高低幅広く、この系統のモンスターにしては発生数が多いことから、プレイヤー側もまた、初心者から廃人まで手の空いている者たちが多く集い、適宜狩りへと赴いていた。
イノシシ型から、狼系、ネコ科の大型肉食獣っぽいやつから何から、草原に住まうモンスターたちの大集団。どの種も基本的に気性が荒いためか、中にはプレイヤーはおろか、モンスター同士で取っ組み合う個体までいる始末。
四足獣は俊敏性とパワー、ある程度のタフネスまで持ち合わせた系統ではあるものの、ハロワ内のモンスターの中では、比較的分かりやすい生態の一群である。少なくとも、樹木種や虫系、幻獣などよりは、よほど相手取りやすいと言えよう。
発生場所が初期スポーン地点である『フリアステム』であることも相まって、此度のスタンピード掃討に当たるプレイヤーは、初心者から中級者が多いように見受けられた。
とはいえこちらも大規模スタンピードのご多分に漏れず、中心部付近には高レベルなモンスターたちが湧いてきている。
それらを相手取る高レベルプレイヤーの一群の中に、ハナとミツ、そしてエイトの姿があった。さらには、彼女らの後ろをついて走る二つの集団の影も。
片方は『ティーパーティー』、そしてもう片方は――
「――ねぇ、なんか審問部の方々に睨まれてる気がするんだけど……」
モンスター共以外からの、お世辞にも友好的とは言い難い視線に、フレアの表情は少しばかり強張っている。
教祖エイト直属、主に戦闘面において『一心教』でも選りすぐりの精鋭集団、『第一異端審問部』が、此度の戦いに同行しているのだが。
「まあ、その、何と言いますか……ええ……」
かの『一心教』における精鋭集団ということはつまり、エイトに連なって、一対一の関係をこそ至高とする考えを色濃く抱いているということであり。
濁るノーラの言葉も道理、彼ら彼女らの中ではすでに、フレアというプレイヤーは忌むべき存在、クサレハーレム系主人公として嫌というほど知れ渡っていた。
「フレアちゃん、後ろから刺されないように気を付けなよ☆」
「怖いこと言わないで下さいよ…………刺されないよね……?」
何せ異端審問部である。
どうも彼らにとって異端であるらしい自分は、ともすれば本当に審問されてしまうのではないか。
突き立ついくつもの眼光がその背筋を震わせ、フレアの大剣捌きは、今一つ精彩を欠いている。
その上、さらには。
「特に、あちらの杖を持った女性……」
「うん、なんていうか……」
フレアを睨み続けている面々の中に一人、ひときわ圧の籠った視線を向けてくる女性プレイヤーが居た。
遠巻きに見てくる他の者たちと違って、獣共を狩りながら、少しずつこちらに近づいてくる彼女に、フレアもノーラも注目せざるを得ない。
「…………」
皆と統一されたローブの下にある顔は、自身らと同年代程度のように見える。少し紫がかった黒髪ボブに、目にかかるひと房の青メッシュが際立った、魔導士然とした少女。深く、そしてひと際強い輝きを湛えた紫の瞳の、その静かなる鋭さに、未代はどうにも、身に覚えがある気がしてならなかった。
主に去年からここ最近にかけて、学院の、自身の所属するクラス内において。
(なーんか、委員長っぽいんだよなぁ……元々『一心教』所属だったはずだし……)
三年次でも無事クラス委員長と相成った二峰 瞳美その人ではないか、という疑念が、フレアの中でむくむくと沸きあがっていく。
おそらく同じような疑念を抱いているであろうノーラと目配せし合っているうちにも、その女性プレイヤーはもう、会話もできるほどのところまで迫ってきており。
それほどまでの距離感で、視線は変わらず突き刺さってくるとなれば、フレアの性格からしても、これ以上の無視を決め込むのは不可能であった。
「……えーっと、あの。さっきから、君からひと際視線を感じてるんだけど、その――」
「――アイズマンです」
「はい?」
「ハロワでもよろしくお願いしますね、フレアさん」
「……あ、うん、よろしくどうぞ……」
極めて僅かなやり取りは、フレアの疑念を確信に変えるには十分すぎるほどのもの。
(瞳美で魔法使いだから、アイズマンなのね……)
よろしくという言葉が、仲良くしましょうという意味ではないことなど、それこそ言われずとも分かってしまう。
(委員長、なんか企んでそうな顔しながら、推薦ほぼ内定で時間ができたーって言ってたけど……)
だからといって、『第一異端審問部』配属になるやつがあるか。
成績優秀で教師陣からの信頼も厚く、現時点の学内査定では、ほぼ間違いなく系列大学への推薦が通ると判断されているほどの優等生が、そうして空いた時間を、まさかこのような形で有効活用してこようとは。
などとフレアが考えている間にも、アイズマンは『ティーパーティー』メンバーへちらりと視線を向けたのち、そのままクラメンたちの元へと帰っていった。
「……まじかぁ……」
「……えーっと、フレアさん」
更には更には、溜め息を吐くフレアの耳に、休む間もなくノーラからの報告が入ってくる。
「……どうかした?」
「非常に申し上げにくいのですが……もう一人来ました……」
「……え?」
嘘だろと思いつつ彼女の方を見やれば、その後方に見慣れない人影が。
「…………」
どこからどう見ても暗殺者風な黒いローブ、その風貌に違わず、いつの間にやらすぐそこにまで迫っていた隠密性。夜闇のような、しかし黒ではない群青のロングヘアが目深に被ったフードですっぽりと覆われており、その中にあって星のように浮かぶ薄黄の瞳。
何もかもが瞳美とは対照的なその女性は、フレアに次なる疑念など抱かせる間もなく、静かに囁いた。
「――アヤシンよ」
「はい?」
「ハロワでもよろしくお願いするわね、フレア」
「……あ、うん、よろしくどうぞ……」
いつの間にやら背後に迫り、名乗りを上げては『ティーパーティー』の面子を一瞥。そのまま暗殺者は、今まで気取られなかったのも納得な身のこなしで、速やかに戦場へと消えて行った。
(紗綾で暗殺者だから、アヤシンなのね……)
思想は正反対な癖に、なんでネーミングセンスは全く同じなのか……と、級友二人の絶妙にダサいユーザーネームに、流石に内心で突っ込みを入れざるを得ないフレア。
過激に過ぎる(重複表現)お節介焼き二人が、頼んでもいないのにこちらのセカイでまで首を突っ込んできやがった。
あまりにもいい迷惑過ぎて、ちょっとばかし泣けてくる。
「……なんか良く分かんないすけど、元気だすっす、先輩っ」
「……ありがと」
リンカの無邪気な優しさが、骨身に染みるフレアであった。
次回更新は7月21日(水)18時を予定しています。
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