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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
春 百合乃婦妻の新年度
173/326

173 V-バディカップの成果


 バディカップ以降初めての、クロノらの元でのソロ訓練の日。



(あの時の感覚は……)


 剣を振るう傍らでハナの頭を巡るのは、先のエキシビジョンマッチで自身らに起こった、思考の合一化とも呼べる現象と。

 それから、先日の座学で語られた、VRセカイにおける意識混濁の可能性について。


(確かに、私たちの思考が混ざっちゃってたような感じもする、けど……)


 ではあの瞬間に、二人のアバターに不具合が生じていたのかというと、決してそうではなく。万が一にもそんな問題が発生すれば、運営は直ちにそれを検知し、そして速やかに緊急メンテナンスへと移行するだろう。


 アバターに組み込まれた自他隔絶機能の不具合は、それほどまでに危険で、だからこそ、現行のVRシステムにおいては起こり得ない現象なのだから。

 正常にプレイを続行できていたということは、システムに瑕疵はなく、つまりあの現象は、言ってしまえばゲームの仕様であったということ。


(カラダに異常はなかったし、それに……)


 それに、意識混濁と考えるには、少々不可思議な点もあった。


(……混ざってはいたけど、でも……私は私で、ミツはミツだった……)


 思い返せばあの感覚は、思考は完全に繋がっていながらも、私とわたしという意識の独立性は、しっかりと保たれたままであったような気もする。


 でなければそもそも、二人のカラダが二つのものであることすら、認識できなくなっていただろうから。



 思考は直列、意識は並列。



 そんな不可思議な現象に関して、少なくとも現段階で言えることは。


(……狙って起こせることじゃない、ってことくらいかな)


(そうだねぇー)


 今現在ハンと刃を交えながら、何となくミツの方へと意識を向けてはみるものの……間違いなく思考がリンクしていると確証を得られるような感覚は、残念ながら生じていなかった。


(ま、なんとなく何考えてるかは分かるんだけど)


 互いの思考の、その指向性のキャッチくらいは、最早ここに至って二人には造作もないことなのだが。


(あーでも、ここ最近の変な感覚の正体は分かったかも)


 今までだって二人は、以心伝心だった。

 互いが何を考えているのか、何がしたいのか、言葉にせずともそのほとんどを共有していた。


 それはきっと、これまでの長い付き合いからくる、『予測』によるものだったのだろう。


(何ならこの会話だって)


(ただの妄想かもしれないよねぇ)


 ミツはきっとこうするはず、ハーちゃんは多分こうすると思う、そんな精緻な双方向の予測が、いつだって違わず嚙み合っていたからこその、声なき同調。


 そこに、現実世界での交流と、ソロ戦闘訓練という状況が生み出したお互いへのより強い希求、そして。


(今思えば、ハロウィンでのゾンビ化が結構大きかったね)


(ねー)


 感染状態による、極めて軽度な思考の送受信体験。


 ここ一年の様々な出来事によって、『予測』の中に僅かな、けれども予測とは比にならない、正真正銘の思考同調が混ざり始めた。


 だからこそ、以前までとは違う立ち回りもできようというもの。


 少しだけミツを思わせるハナの立ち回り。

 わずかにハナの面影があるミツの攻め筋。


 それもこれも、本当にミツ(ハナ)の中にハナ(ミツ)が居たから起こり得たことであった。


(でもこれ、ほんとー、どういう原理なんだろうねぇ)


 アバターによって未然に防がれているはずの事象が、危険な部分だけを削ぎ、ゲームの仕様として発生している。


(分かんないけど……運営側から何にもないってことは、多分問題ないんだろうね)


 本当に想定外の事態であれば、いかな放任主義な神々であれど、流石に介入してくる。過去の事例からそのことを、そして、一見ヤバそうでも案外静観されるパターンが多いことも知っていた二人は、特に危機感を抱くこともなく。


(ただ……)


 そんなものより抱くのは、ただただ不可思議だという疑問。


(若干だけど、リアルでも起きてるっていうのが、ねぇ)


(ほんっと、どういうことなんだろうね)


 これがハロワの中に限った話であれば、まだひとまずの納得もいくものなのだが。


 自身らも感じているように、更には近しい友人たちすらも勘付いているように。現実世界ですらこの思考の共有――言い換えれば、互いの中に互いの片鱗が入り込んでいる現象が、僅かながら発生しているのも確かなことで。


(ゲームのし過ぎで脳みそが変になっちゃったのかなぁ~)


(ふふ、そうかもね)


 大昔にあったらしいそんな与太話が浮かび上がってくるほどに、やはり皆目見当もつかない現状であった。


(あ、ハーちゃん左手ー)


(こう?)


(そうそう、そしたらー)


(こうだっ)


(いいねぇー)


 結局、最終的に、こうだのそうだの内心ですら要領を得ないその意思疎通が呼び起こしたのは。


「――参りました」


 盾で押し潰して馬乗りになり、ハンにチェックメイトをかけるハナの姿だった。




 ◆ ◆ ◆




「「いぇーいっ」」


 右手と左手でハイタッチ。


 上機嫌な様子の通り、ハナに続きミツもまた危なげなくハンに勝利。

 念願といえば念願だったはずのソロ戦闘によるハンの打倒も、今の二人の目には、十分可能なこととして映っていた。


 それは勿論、ハンを軽んじているというわけではなく。


「やはり先のバディカップから、明らかに攻め筋が鋭くなっていますね」


 対戦したハン自身も強く感じるほどに、二人が一皮むけたというだけの話。


 一度、思考が混ざり合うほどの同調を経た今となっては、そこまで高い純度に達せずとも、今まで以上のパフォーマンスを発揮できるようになっている。


「どちらか一人でも、両者の攻め筋を適宜使い分けられるようになっている……さながら『一人百合乃婦妻』とでも言った所かな?」


「……その名称は、中々に意味が分からないわね……」


「てことはー、二人合わせたら『二人百合乃婦妻』かなぁ?」


「それはもう普通の『百合乃婦妻』なのでは……?」


「エキシビジョンを思い出すに、相乗効果で二人どころでは済まなそうですが」


「じゃあ『クラン百合乃婦妻』で」


「何がじゃあなのかしら……」


 突飛過ぎて時折何を言っているのか分からないケイネと、割合何も考えずに喋っていることも多い婦婦、そこに真面目な顔をして変なことを言うハンが合わされば、もはや常識的な突っ込みが入れられるのは中二病幼女ただ一人。


 もっとこう、超常的とすら呼べるその戦術を称賛したり、賛美したり、カッコいい名称を付けたりするべきではないのか。


 そう思いつつも、クロノが今一つ我を通せないでいるのは、当のハナとミツがぽやぽやといつも通りでいることが大きかった。


 まあ、それだけが理由ではないのだが。


「……あー、ケイネ、ハン?今、第三区画からトラブルの報告があったわ。悪いのだけど……」


「かしこまりました、我が主」


「任せたまえ。ちょちょいと解決してくるよ」


 タイミングよく理由を見つけたクロノは、これ幸いと側近二人を退室させる。


 もはやその意図などお見通しな婦婦は、部屋の扉が閉まると同時に、にやにやと底意地の悪い笑みを浮かべ始めた。


「んで~?もう飛行機のチケットも抑えたんだってぇ~?」


「いよいよもって、避けられないわねぇー?」


「……楽しそうね」


「「めっちゃ楽しい」」


 何ら臆することなく堂々と言ってのける二人に、クロノも呆れたジト目を向けざるを得ない。


「クロノちゃんは楽しみじゃないのー?」


「そうは言ってないわよ……でも、やっぱり、ねぇ……」


 いよいよ以て迫りくる、ケイネとハンのリアル襲来。

 エックスデーまであと一月もないこの段階に至っても未だ、クロノの心の大部分は、期待と不安の化合物で満たされたままだった。


「クロノって、案外心配性だったのね」


 呼び慣れた名で指すのは、言うまでもなく現実世界での彼女の方。

 こちらのセカイでは、イタいキツいも何のその、天下無敵の中二病ロリ女帝をエンジョイしているクロノ。いつかの簒奪戦では、大胆に過ぎるほどのごり押し(さくせん)すら披露して見せた彼女だがしかし、どうやらその胆力は、リアル由来ではなかったらしい。


((ウサちゃんさんと似たようなタイプだぁ……))


 思考共有の密かな無駄遣いを交えつつ、二人はあえて、無責任なほどに明るく発破をかける。


「もうどーしようもないんだからー、おろおろしてないでドーンと構えてなってぇー」


「そうそう。当日も出迎えなんかしないで、家の玉座でふんぞり返ってればいいのよ」


「いや、流石にリアルで玉座なんか持ってないわよ……ていうか出迎えなしは失礼過ぎでしょ社会人として……」


((やっぱ社会人なんだ))


 築き上げてきた世界観が木っ端微塵になるようなセリフをこぼしていることすら自覚できないほど、クロノは緊張感に苛まれていた。


 次回更新は7月14日(水)18時を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

 あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととても嬉しいです。


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