171 R-三年二組でございます
「ねむぃ~……」
「ねー……」
すっかり通り慣れた通学路を、揃ってあくびの洩れがちな蜜実と華花が歩いていく。
何の因果か今年も始業式前日夜に行われたバディカップ(と、主にその後の祝勝会)のせいで、二人は三年次初日から、目をこすりながら登校する羽目になっていた。
(ま、仕方ないかぁ……)
二人の剣豪を相手取った激闘、その最中で半ば無意識的に行っていた、共有などという域を超えた思考の合一化。
当人たちですら何が何やら良く分からないながらも、意識が溶け合うようなその得も言われぬ感覚は、現実世界に戻ってからも余韻のように後を引いていて。
(盛り上がっちゃったもんねぇ~)
勝利の興奮も合わさって、それはもう盛り上がってしまうのも、致し方ないことだと言えよう。たとえ、翌日に始業式を控えていようとも。
案の定後を引いてきた倦怠感に足を取られながら、互いを支え合うようにして、二人は肩を寄せ合い学院へと向かっていった。
◆ ◆ ◆
HR前からすでに満身創痍な華花と蜜実が、それでも何とか寝落ちせずに始業式を終え教室に戻ってこられたのは、ひとえに、今、教壇に立っている女性が大和 彩香女史その人であったからだろう。
二人の担任と相成ったかの女性が、居眠りなど許すはずもなく。
「――改めまして、今年度の三年二組担任 兼 三年次副主任 兼 いくつかのVR関連座学担当の、大和 彩香です。皆さんの高等部生活最後の一年を、少しでもより良いものに出来るよう尽力させて頂きますので、どうぞよろしくお願いします」
「「「「「よろしくお願いします」」」」」
一部の乱れもなく着こなしたスーツに違わず、その言葉も声音も、しかと一本筋の通ったもの。小さく頭を下げる彩香女史の姿に、生徒たちもみな、揃って硬い声を返した。
しかし以外にも彼女は、そんな学生たちの強張った様子に、黒縁メガネの奥にある鋭いまなざしを少しだけ緩める。
「さて。三年次にもなって一人一人自己紹介を、というのも堅苦しい話ですし……HRのあいだ、皆さんで自由に交流を深めて頂いて結構ですよ」
要するに、好きに雑談でもしていろということなのだが。
これまで、特定の授業中でしか彩香という人物を知らなかった元二年次生たちにとっては、まさかこの厳格女史が、初日のHRとはいえそんなゆるいことを言うなんて、予想だにしていなかったわけで。
「勿論、私も教室に居りますので、何か質問等があれば遠慮無くどうぞ」
そんな生徒たちの困惑までも織り込み済みで、彩香は自分もその交流の輪に入ると意思表明する。
「……えっと、」
「じゃあ、その……」
厳格ではあるが、気を緩める大切さもよく理解している。
初っ端から良い意味で予想を裏切ってきた担任に、何名かの生徒が歩み寄っていく。そしてそれを皮切りに、三年二組の教室では、緩やかで朗らかな歓談の波が広がっていった。
無論、隣接する他クラスの迷惑にはならない程度に。
「先生が、去年の学院祭で演奏してたアレ、何だったんですかっ?」
「私も気になるーっ、なんか、良く分かんないけど凄かったですっ」
「ああ、後夜祭の時の……あれはレーザーハープと言って――」
教壇の方から聞こえてくる声をBGMに、華花と蜜実も改めてクラスメイトの顔ぶれを見渡す。
当然の如く隣り合った席に座るその近くには、昨年も近くの席にいた二人組が。
「やー、三年次も黄金さん白銀さんと同じクラスだ」
「目の保養になって助かるわ」
「今年度は鼻血出さないようにね」
「腰も抜かさないようにー」
何かにつけて体は正直な女生徒二人、の、片割れ――鼻血が出やすい方――が、茶色の三つ編みおさげを左肩で揺らす。
「だ、大丈夫っ、多分、きっと、おそらく、めいびぃ……」
「心、それは大丈夫じゃないやつよ」
心と呼ばれた初心ガールは、しかし負けじと呼んだ相手――腰抜かしがちな方――に言い返した。
「佳奈には言われたくないよーっだ」
「なにをぉっ」
黒髪ショートな少女――佳奈が、肩口で外跳ねした毛先をさらに跳ねさせながら、心といちゃいちゃ言い争いだす。
「……えっと、こっちの熟練婦婦みたいな雰囲気の二人が白銀さんと黄金さんで、ゆるい喧嘩ップルみたいな方が、初橋さんと谷越さん?」
近くの席で見ていたクラスメイトの第一印象は、概ねそんなものであった。
「「そうだよー」」
「「カップルじゃない、ただの友達っ」」
「「だってさー」」
「そ、そっかぁ」
「てか、白銀さん黄金さんはマジでなんていうか、雰囲気凄いね……?」
ただ隣同士で座っているだけなのに、何か円熟味すら感じられる佇まい。それでいて、特別いちゃついてるわけでもないのに、仄かに漂う甘い雰囲気。
初見のクラスメイトたちが、良く分からないながら慄いてしまうのも、無理からぬことであった。
「そりゃそうよ。だってこの二人は――」
「ちょ、佳奈っ」
「もがぁっ」
うっかり口を滑らせかけた佳奈の口を、身を乗り出した心が塞ぐ。
(二年の最後に、自然にバレるまで公言するなって言われてたでしょ!?)
(そうだった、危ない危ないっ……!!)
どうせVR実習かそこらの授業で、華花と蜜実が何者であるかなど、否が応にもクラス中に広まってしまうのだろうが。だからと言って広めて回ることもないだろうと、元二年二組の生徒たちには進級後も箝口令が敷かれていた。
「「「??」」」
「だってわたしたちはー、超仲良しだもんねぇ。ねー、華花ちゃん?」
「まあ、そうね」
顔を寄せ合ってもがもが言っている心と佳奈は捨て置いて、バカップルっぽい発言で適当に煙に巻く二人。
しかしその言動、雰囲気、容姿から、幾人かのクラスメイトが思い至る。
「……去年の学祭でちょっと話題になってた二人か!なんか凄いいちゃついてたシンデレラの姉っ!」
「あーっ、下級生のメイド喫茶でいちゃつき散らかして暴れてたっていう、あの!」
「結構な言われようだねぇ……」
「別に暴れてはいないかな……」
妙な印象の残り方をしてるなぁと思いつつ、まるっきり嘘というわけでもなし、誤魔化せたことには誤魔化せたのだし……と、何とも微妙な表情を見せる蜜実と華花。
彼女らに限らず、ゆるやかーな雰囲気をそこかしこに散りばめつつ、HRという名の交流会は和気あいあいと過ぎて行った。
◆ ◆ ◆
「やっほーい。お二人さん、ランチでもどうかね?」
「失礼します」
新年度初日ということで、授業とも言えない授業も午前中でつつがなく終わり。
昼前で放課後な三年二組の教室に、二人の他クラスの生徒が足を踏み入れる。
「ご飯だご飯だー」
「なんか、リアルで二人の顔見るの久々な気がする」
まあ、未代と麗なのだが。
トレードマークの右サイドポニーは相も変わらず健在で、その隣でしゃんと佇む麗もまた、恐ろしいほどに綺麗な長い黒髪を、春風に揺蕩わせていた。
「あー確かに。休み中は会うとしても、ハロワでばっかだったしねぇ」
こちらも揃って三年四組所属となった二人だが、結局のところ去年までと同じように、昼休みになれば自分たちの元へ弁当を持ってくるのだろう。
今日のこの誘い文句だけで、それが容易に分かってしまう華花と蜜実。
無論、友人の誘いを断りなどするはずもなく。
鞄を手に立ち上がりながら、二人は未代と麗と共に教室を後にした。
「そっちのクラスはどんな感じー?」
「委員長――ああいえ、今はそうではありませんね。二峰さんも、同じクラスになりましたよ……結局今年も、クラス委員を務めるような気がしているのですが」
「それから沢樫さんもね……また修羅場がどうだハーレムが何だって暴れ出さないといいけど……」
「いや絶対騒がれるでしょそれ。諦めたら?」
固定カプ厨も百合修羅場厨ももれなく付いてきている辺り、やはり未代は、新年度も何かと騒動を予感させる少女であった。
次回更新は7月7日(水)18時を予定しています。
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