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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
春 百合乃婦妻の新年度
170/326

170 V-第六回バディカップ エキシビジョンマッチ 絶え間なく淀みなく



 ハナが、幾度も繰り出されるウタの刃を躱しながら放ったクイックスキル。

 その向かう先は正面ではなく、真逆の後方へ。背中合わせのまま、ミツの脇腹のすぐ横を抜けるようにして、一筋の光線が伸びていく。


 目線など向けられようはずもなく、にも拘らずその攻撃は、三筋切り掛かろうとしてたカオリの胸部を正確に捉えていた。


「っ!」


 咄嗟に長刀を傾け、何とか刀身で受けることには成功したものの……さしものカオリも、こう不意を突かれては気勢も削がれてしまうというもの。


(流石、しかし――)


 正面に見据えるミツもまだ、若干ではあるが体勢を崩したまま。となればこのタイミングでの追撃は困難、ここは互いに一拍おいて、仕切り直しか。


「――くっ!?」


 そう考えるカオリの左足が、『五閃七突』に縫い留められた。


 確かに、ただ振りかざしただけでは届かない姿勢。だから投げて突き立てるというのは、そこだけ見れば合理的と言えなくもないのだが。


(ハナさんもそうでしたが、武器を捨てるのに躊躇が無さ過ぎる……)


 二刀流を主とするミツが片手の武器を失った状態で、元より一刀での切り合いに秀でたカオリに挑もうということが、そもそも合理性とは程遠い。


(随分と強気……いえ、挑戦的ですね)


 心中で闘志を燃やしながら、カオリは長刀を素早く構え直す。足を止められながらも、欠片も臆さないその目に映るミツは、やはり左手に『連理』を。


「いくよー」


 そして、右手に『比翼』を携えていた。


(――は?)


 一体いつ?目を離してはいなかったはずなのに。


 混乱するカオリも、ハナへ切り掛かっていたウタも、遠巻きに眺める観客たちも。誰一人として全く気が付かないうちに、『比翼』はハナの右手からミツの右手へと渡っていた。


「『双刃(デュアル)』ー」 


「――!!」


 スキルによって強化された二刀が、カオリを混乱から呼び覚ます。


(物質転移系のスキルではないっ……では本当に、素の手業だけで……!)


 が、代わって湧き上がる驚愕に、ほんの少しだけ、受ける太刀筋がぶれてしまっていた。


 スキル分威力の上乗せされた二連撃を、最小の剣捌きでいなしつつも、ここまで安定していた体幹が初めて揺らぐ。縫い留められた左足が、アンカーのようにカオリの身体を重くする。


「く、ぅっ……!」


 先の剣戟とは反対に、今度はカオリの方が、攻撃を受けるたびに体勢を崩されていく。交互に、そして軽やかに奔る『比翼』『連理』の剣閃が、どうにか弾き返す長刀を左右から震わせていた。


(このまま押し切られるのはまずい……!)


 しかしカオリの方も、ただ一方的に打ち込まれているままではない。これ以上勢い付かせる前に、果敢に攻め返していく。


「――『御車返し』」


 目を細め見極めた先、連撃の最中にあった(カオリ基準で)比較的甘い一太刀に対して、カオリは反撃のクイックスキルを放った。


「っ、うわぁっ」


 『比翼』をいなし、続く『連理』の初速すら鍔で殺し、そのまま横一文字のカウンター。辛くも身をかがめて回避したミツの声を聞いて、これでまた仕切り直せると、内心安堵の息を吐き。


(いい加減、刺さったままのこれを抜かなければ――)


 追加ダメージ覚悟で、左足の『五閃七突』を蹴り抜こうと力を込めたところで。


「あっ、ちょっとぉっ!?」


 向こう側から、焦ったようなウタの声が聞こえてくる。


 次の瞬間には、ハナのブーツの足裏が、揃ってカオリの顔面にめり込んでいた。


「うぐぅ……!!」


 偶然にもカオリのカウンターと同じような軌道を取っていた、ウタの横薙ぎの一閃をバク宙でかわし、その勢いのまま後方宙返りから放ったハナのドロップキック。腰を落としたミツの、背の上を滑るように通過したその脚撃が、カオリを大きく吹き飛ばす。


 同時に、衝撃で足からも地面からもすっぽ抜けた『五閃七突』が宙を舞いかけ――あらぬ方へと飛んでいく前に、ハナが着地がてら右手でキャッチした。


「はい」


「どーぞ」


 瞬き一つのあいだに、手品師か何かのような手つきで互いの武器を交換するハナとミツ。カオリへの追撃を防ぐべく、ウタが単身で飛び掛かっていったときには、既に『五閃七突』はミツの右手に、『比翼』はハナの右手に帰っていた。


「っ!!……♪」


 言葉もなく、しかしやはり愉悦に口角を歪ませながら、ウタは『鋏虫』を振り回す。


 1on1なら、間違いなく彼女に軍配が上がるだろう。

 2on2でも、カオリというパートナーが居れば、先までのように渡り合えただろう。


 実際、ミツがカオリへ攻めかかるほんの僅かな時間ですら、ウタを受け持っていたハナは幾度かのダメージを負っていた。それほどまでに、個としての戦闘力が突出している流浪の女剣士は、しかし弾む心の内で、自身の不利を悟らずにはいられない。


(カオリさんがすぐにでも戦線復帰してくれなければ、このまま各個撃破で終わりですかね……!)


 そう考える間にも、既に続けざまに三度放たれている『五閃七突』の連撃。


 熟知しているパッシブスキルの発動を阻止すべく、手元へ向けて攻撃を放つも、突然力を抜いたミツの右手からそれが滑り落ちたものだから、ウタの切っ先は紙一重で空振りに終わる。

 かと思えば、まるで最初からそこにあったかのように、かの細剣は潜り込んだハナの左手に振るわれていて。ゲームシステム上は連撃とみなされる、それほどまでに淀みない第四、第五の刺突が、不可視の二撃をウタの脇腹に突き立てる。


「う゛っ、はぁっ……♪」


 とはいえ、流石にこの程度では致命傷には至らない。

 痛みと衝撃を気合で抑え込み、ウタは手ぶらになったミツの右側面へ切り掛かった。


「『光盾(プロテクション)』っ」


 その気勢を削ぐかのように、細剣を失った右手に、半透明な六角形の小盾が生成される。


(あーらまぁ……)


 この状況下でも、スキルもなしに放った剛刃は強力なもので、飴細工の如き薄壁を、ウタはただの一撃で粉々に破壊してみせる、のだが。


 しかし、そのただの一撃を防ぐという役割は、確かに果たされた。


 もはや、単騎で二人の猛攻を留めることは叶わず。強敵との剣戟に悦びを見出せこそすれ、ウタはハナとミツの絶え間ない連撃を、捌き切ることができなくなりつつあった。


 時にハナが『比翼』『連理』の二刀を振るい、かと思えば次の瞬間には、『五閃七突』一本だったはずのミツの得物と、そっくりそのまま入れ替わっている。


 立ち位置や攻勢守勢のみならず、武器やそれに伴う立ち回りまでもがひらりひらりと交錯する。


 ……本人たち的には、混濁、とでも言った方が正しいのかもしれないが。


(右いけそー)


(そしたら左に……)


 ハナ(・・)が右に踏み込み、ミツ(・・)がそれをカバーするように左にスイッチ。


 互いの行動を完全に隔てなく並列に、一個の存在であるかのように思考していることを、ハナとミツ自身はまだ自覚していない。


 ただ、現時点で二人が意識的にできることと言えば。


(……来たっ!!カオリさん、流石で――)


 顔面への大ダメージの割に非常に迅速に復帰してきたカオリを。

 ショック状態から立ち直り、長刀を携え、音もなく背後に迫る武人を。



「『時よ止まれ(Verweile)』ー」



「っ」


「ほいさー」


 振り向きざまに、ノータイムで切り伏せることくらいと。


 それから。


 カオリの復活に勝機を見出し、深く踏み込んでしまっていたウタを。

 一瞬で伏したパートナーに驚く間もなく、それでもなお、背を向けた婦婦に切り掛からんとしていた暴虐を。


「いくよ」


「おっけー」


(発動まで以前より短く――!)



「「『比翼連理(ユナイト)』」」



 さらに振り向き直り、『鋏虫』ごと真っ二つに両断するくらいのことであった。


 次回更新は7月3日(土)18時を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

 あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととても嬉しいです。

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