170 V-第六回バディカップ エキシビジョンマッチ 絶え間なく淀みなく
ハナが、幾度も繰り出されるウタの刃を躱しながら放ったクイックスキル。
その向かう先は正面ではなく、真逆の後方へ。背中合わせのまま、ミツの脇腹のすぐ横を抜けるようにして、一筋の光線が伸びていく。
目線など向けられようはずもなく、にも拘らずその攻撃は、三筋切り掛かろうとしてたカオリの胸部を正確に捉えていた。
「っ!」
咄嗟に長刀を傾け、何とか刀身で受けることには成功したものの……さしものカオリも、こう不意を突かれては気勢も削がれてしまうというもの。
(流石、しかし――)
正面に見据えるミツもまだ、若干ではあるが体勢を崩したまま。となればこのタイミングでの追撃は困難、ここは互いに一拍おいて、仕切り直しか。
「――くっ!?」
そう考えるカオリの左足が、『五閃七突』に縫い留められた。
確かに、ただ振りかざしただけでは届かない姿勢。だから投げて突き立てるというのは、そこだけ見れば合理的と言えなくもないのだが。
(ハナさんもそうでしたが、武器を捨てるのに躊躇が無さ過ぎる……)
二刀流を主とするミツが片手の武器を失った状態で、元より一刀での切り合いに秀でたカオリに挑もうということが、そもそも合理性とは程遠い。
(随分と強気……いえ、挑戦的ですね)
心中で闘志を燃やしながら、カオリは長刀を素早く構え直す。足を止められながらも、欠片も臆さないその目に映るミツは、やはり左手に『連理』を。
「いくよー」
そして、右手に『比翼』を携えていた。
(――は?)
一体いつ?目を離してはいなかったはずなのに。
混乱するカオリも、ハナへ切り掛かっていたウタも、遠巻きに眺める観客たちも。誰一人として全く気が付かないうちに、『比翼』はハナの右手からミツの右手へと渡っていた。
「『双刃』ー」
「――!!」
スキルによって強化された二刀が、カオリを混乱から呼び覚ます。
(物質転移系のスキルではないっ……では本当に、素の手業だけで……!)
が、代わって湧き上がる驚愕に、ほんの少しだけ、受ける太刀筋がぶれてしまっていた。
スキル分威力の上乗せされた二連撃を、最小の剣捌きでいなしつつも、ここまで安定していた体幹が初めて揺らぐ。縫い留められた左足が、アンカーのようにカオリの身体を重くする。
「く、ぅっ……!」
先の剣戟とは反対に、今度はカオリの方が、攻撃を受けるたびに体勢を崩されていく。交互に、そして軽やかに奔る『比翼』『連理』の剣閃が、どうにか弾き返す長刀を左右から震わせていた。
(このまま押し切られるのはまずい……!)
しかしカオリの方も、ただ一方的に打ち込まれているままではない。これ以上勢い付かせる前に、果敢に攻め返していく。
「――『御車返し』」
目を細め見極めた先、連撃の最中にあった(カオリ基準で)比較的甘い一太刀に対して、カオリは反撃のクイックスキルを放った。
「っ、うわぁっ」
『比翼』をいなし、続く『連理』の初速すら鍔で殺し、そのまま横一文字のカウンター。辛くも身をかがめて回避したミツの声を聞いて、これでまた仕切り直せると、内心安堵の息を吐き。
(いい加減、刺さったままのこれを抜かなければ――)
追加ダメージ覚悟で、左足の『五閃七突』を蹴り抜こうと力を込めたところで。
「あっ、ちょっとぉっ!?」
向こう側から、焦ったようなウタの声が聞こえてくる。
次の瞬間には、ハナのブーツの足裏が、揃ってカオリの顔面にめり込んでいた。
「うぐぅ……!!」
偶然にもカオリのカウンターと同じような軌道を取っていた、ウタの横薙ぎの一閃をバク宙でかわし、その勢いのまま後方宙返りから放ったハナのドロップキック。腰を落としたミツの、背の上を滑るように通過したその脚撃が、カオリを大きく吹き飛ばす。
同時に、衝撃で足からも地面からもすっぽ抜けた『五閃七突』が宙を舞いかけ――あらぬ方へと飛んでいく前に、ハナが着地がてら右手でキャッチした。
「はい」
「どーぞ」
瞬き一つのあいだに、手品師か何かのような手つきで互いの武器を交換するハナとミツ。カオリへの追撃を防ぐべく、ウタが単身で飛び掛かっていったときには、既に『五閃七突』はミツの右手に、『比翼』はハナの右手に帰っていた。
「っ!!……♪」
言葉もなく、しかしやはり愉悦に口角を歪ませながら、ウタは『鋏虫』を振り回す。
1on1なら、間違いなく彼女に軍配が上がるだろう。
2on2でも、カオリというパートナーが居れば、先までのように渡り合えただろう。
実際、ミツがカオリへ攻めかかるほんの僅かな時間ですら、ウタを受け持っていたハナは幾度かのダメージを負っていた。それほどまでに、個としての戦闘力が突出している流浪の女剣士は、しかし弾む心の内で、自身の不利を悟らずにはいられない。
(カオリさんがすぐにでも戦線復帰してくれなければ、このまま各個撃破で終わりですかね……!)
そう考える間にも、既に続けざまに三度放たれている『五閃七突』の連撃。
熟知しているパッシブスキルの発動を阻止すべく、手元へ向けて攻撃を放つも、突然力を抜いたミツの右手からそれが滑り落ちたものだから、ウタの切っ先は紙一重で空振りに終わる。
かと思えば、まるで最初からそこにあったかのように、かの細剣は潜り込んだハナの左手に振るわれていて。ゲームシステム上は連撃とみなされる、それほどまでに淀みない第四、第五の刺突が、不可視の二撃をウタの脇腹に突き立てる。
「う゛っ、はぁっ……♪」
とはいえ、流石にこの程度では致命傷には至らない。
痛みと衝撃を気合で抑え込み、ウタは手ぶらになったミツの右側面へ切り掛かった。
「『光盾』っ」
その気勢を削ぐかのように、細剣を失った右手に、半透明な六角形の小盾が生成される。
(あーらまぁ……)
この状況下でも、スキルもなしに放った剛刃は強力なもので、飴細工の如き薄壁を、ウタはただの一撃で粉々に破壊してみせる、のだが。
しかし、そのただの一撃を防ぐという役割は、確かに果たされた。
もはや、単騎で二人の猛攻を留めることは叶わず。強敵との剣戟に悦びを見出せこそすれ、ウタはハナとミツの絶え間ない連撃を、捌き切ることができなくなりつつあった。
時にハナが『比翼』『連理』の二刀を振るい、かと思えば次の瞬間には、『五閃七突』一本だったはずのミツの得物と、そっくりそのまま入れ替わっている。
立ち位置や攻勢守勢のみならず、武器やそれに伴う立ち回りまでもがひらりひらりと交錯する。
……本人たち的には、混濁、とでも言った方が正しいのかもしれないが。
(右いけそー)
(そしたら左に……)
ハナが右に踏み込み、ミツがそれをカバーするように左にスイッチ。
互いの行動を完全に隔てなく並列に、一個の存在であるかのように思考していることを、ハナとミツ自身はまだ自覚していない。
ただ、現時点で二人が意識的にできることと言えば。
(……来たっ!!カオリさん、流石で――)
顔面への大ダメージの割に非常に迅速に復帰してきたカオリを。
ショック状態から立ち直り、長刀を携え、音もなく背後に迫る武人を。
「『時よ止まれ』ー」
「っ」
「ほいさー」
振り向きざまに、ノータイムで切り伏せることくらいと。
それから。
カオリの復活に勝機を見出し、深く踏み込んでしまっていたウタを。
一瞬で伏したパートナーに驚く間もなく、それでもなお、背を向けた婦婦に切り掛からんとしていた暴虐を。
「いくよ」
「おっけー」
(発動まで以前より短く――!)
「「『比翼連理』」」
さらに振り向き直り、『鋏虫』ごと真っ二つに両断するくらいのことであった。
次回更新は7月3日(土)18時を予定しています。
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