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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
春 百合乃婦妻が出会ったら
17/326

17 R-初めての夜


 夜。

 紛れもなく、華花と蜜実が現実で褥を共にする、初めての夜。


「お風呂、上がったよ……」


 薄暗い部屋への扉が開き、先に風呂から上がり待っていた蜜実へと声がかかる。


「華花ちゃん、ここ座って?髪乾かしてあげる」


「おねがい、します」


 濡れた髪のまま寝室へと足を踏み入れた華花は、薄青のネグリジェに身を包んでいた。この日のために奮発して買った、シンプルなデザインながらも可愛らしさと、どこか色気を感じさせるような一着。

 蜜実の方も同じくワンピース型の、よく似合う薄桃色の一枚着を身に纏い、華花をベッドへと誘う。


 縁へと腰掛けさせ、自分はその後ろ、ベッドの上で膝立ちになるようにして、華花の濡れた髪をやさしく手に取る。枕元の薄明かりにのみ照らされ、ドライヤーをかけながら愛おしげに手櫛で梳くその姿は一見すると、どこか神秘的ですらあるかもしれない。

 けれども蜜実の瞳は、すでに情欲に妖しく輝いていた。


 毛先まで指を通しながら、うなじを、薄い布越しの肩甲骨を、背筋を、何度も何度も撫で(さす)っていく。髪を梳く確かな感覚と、触れるか触れないかの背中への刺激が、湯で温まった華花の体をさらに火照らせていって。


 ぞわぞわと、背中が粟立つ。指先から与えられた痺れが、脳髄をジンジンと疼かせる。まだ何もしていないのに。恥ずかしい。けれども、それすら気持ちいい。


 時折漏れる、熱の籠った華花の吐息が、震える肩越しに蜜実の耳へと届く。静音性ドライヤーの風音を突き抜けて耳朶をくすぐるその声に、呼応するようにして、蜜実の呼吸も荒くなっていった。


 かり、と。

 意図せずして、蜜実の丸い爪の先が、華花の耳の裏を引っ掻く。


「あっ……」


 鋭敏になっていた体の、特に弱い部分を刺激されて、遂に華花は嬌声めいた声を上げてしまう。小さな小さなその声はしかし、崩壊寸前だった蜜実の理性を突き崩すには、むしろ大き過ぎるほどだった。


「華花ちゃんっ」


 ドライヤーを投げ捨て、後ろから華花を強く抱きしめる。強く強く、痛いほどに。けれどもその圧迫されるような痛みさえもが、今の華花には堪らなかった。


 蜜実が、腋の下から通した右手を華花の腹部に這わせた。指の一本一本、その関節一つ一つ、掌の皴一つ一つまでをも総動員して、薄いネグリジェ越しに得られる情報全てを感受する。そうしながらも顔をうなじに押し付け、香りを取り込み、髪もろとも赤くなった肌を食む。


「ふーっ、ふーっ、っ」


 くぐもった息を漏らす獣のような蜜実の凶行に、華花の心はすでに従属の意思を示し始めていた。それに感化された身体もまた、自らを蜜実に捧げようと全身を弛緩させていく。くたりと力を失った両腕が、それでも乞い求めるように蜜実の左手に重なって。

 導かれるようにして、その手は華花の胸元へと。


「はぁ、あぁっ」


 その控えめな双丘が、音もなく蜜実を包み込んだ。ただ触れただけ、愛撫とすら言えないそれだけで、華花は深く息を吐いてしまう。けれども同時に期待に喉がひくついて、結果として口から洩れたのは、オクターブの高い溜息のようなもの。

 それがまた、蜜実の官能を燃え上がらせてしまった。


「華花ちゃん、華花ちゃんっ……!」


 感覚の共有を望むが如く、自らの豊かな胸をより強く押し付ける。いつもの抱擁とは明らかに一段階異なるそれ。より深い想いの伝達か、それとも浅ましい劣情の発露か。チリチリと明滅する頭ではそんなこと判断出来るはずもなく、ただただ華花を求める本能に従って、蜜実はその柔らかな身体を擦り付ける。


「蜜実ぃ……」


 背中に感じる二つの柔らかさに、沈み込んでいってしまいそう。そんな甘やかな恐怖心が、自然と名前を口にさせた。けれどもそのたった三文字が、さらに渇望を強くしてしまって。喉が渇いて仕方がない。この渇きを満たして欲しい。そんな思いを隠そうともせず、華花は首をひねって後ろへと振り向いた。


 欲しい欲しいと潤む瞳が、肩越しに蜜実を貫く。


「華花ちゃんっ、そんな眼で見られたらっ――」


 自分で言いかけた言葉を、自分の行動で遮ってしまう。


「――んん、っ」


 気付けば唇が触れ合っていて。

 いつかのそれ以来の、二度目のキス。


 けれども、二回目はもっとロマンチックに、なんて考えていたことなど、蜜実の頭の中からは完全に欠落してしまっていた。


「ん、ぁっ!?」


 触れるだけの優しい口付けは、十秒と持たずに、貪るような激しいものに。

 食み、吸い上げ、桜色の唇を味わい尽くす。湿った唇同士が擦れ合うたびに、小さな水音が寝室と、それから二人の頭の中を淫らなものへと変えていく。


 無意識のうちに、右手は華花の頭をがっちりと抱え込んでいて、それは、決して離さないという蜜実の意思表明。

 逃げられまいと、半ば上からのしかかるようにして、二つの花弁を食らう獣。ふと獲物の顔を確かめたくなって、僅かに唇を離した。


「ぷぁっ、はっ、はぁ、ぁあ」


 酸素よりも、離れてしまった熱を求めて喘ぐその表情は、あまりにも。あまりにも。


 まるで、もっと食べてくださいと、言っているかのようだった。


「はむっ」


「んっ」


 再び押し付けられた情欲を甘受し、うっとりと目を細める華花。その口の端は、だらしなく緩んでしまっていて。触れている蜜実の唇が、その隙を逃すはずもない。


「っ!?」


 ずるり、と。ぬめり気のある蜜実の舌が、華花の唇を割り開いた。


「っ、ぁっ、んむぁっ」


「んーっ、みつ、んっ、んんんっ」


 異様なまでに熱を持った軟体のそれが、華花の内側へと。

 潤んだ瞳が、驚きと期待に見開かれた。


 視界の端にその(さま)を捉えながら、蜜実はまず唇の裏側を丹念に舐る。舌先で隙間を埋めるようにして、唇と歯茎の間に、赤く淫靡なそれを上へ下へと這わせていく。

 自分ですら直接触れることの少ない場所を、執拗に、何度も何度も愛されて。弛緩した身体が勝手にびくびくと跳ねるのを、華花自身ではもう、止めようがなかった。


 そうして、欲望を擦り付けること幾ばくか。入り口を味わい尽くした後は、当然、そのもっと奥まで欲しくなってしまうもの。


「はなかひゃん、んむっ、もっとぉ」


 力が抜け、半開きになっている上下の歯の間に、舌をねじ込む。

 さしたる抵抗もなくおとがいは開かれ、遂に蜜実の舌は、その先で期待に濡れそぼっていた華花のそれと邂逅した。


「――っ、っ、!」


 もはや可聴域に至らず、けれども間違いなく、その嬌声は蜜実の耳に届いた。


 どろどろの唾液で身を濡らし、今か今かと待ち構えていた華花の舌に、蜜実のそれが襲い掛かる。

 まずは舌先同士をぐりぐりと突き合わせ、具合を確かめて。それだけで、今まで以上に身を跳ねさせる華花に気を良くした蜜実は、纏っていた唾液をこそぎ取るかの如く、自らの舌をずりずりと当て擦る。味蕾の一つ一つまでも絡ませるような、過剰なまでの愛情表現。


 ざらざらの舌同士が、混ざりあった唾液を潤滑油にして、その身を際限なく寄せ合う。

 ぐちゅぐちゅという音は、部屋中に響いているのか、それともただ二人の頭蓋の内側を埋め尽くしているのだろうか。粘性の水底に沈んだ華花の脳髄はショートしてしまい、識別機能を失っていた。


「っ、っ、ぁ、っ」


 見開かれた瞼は再び弛緩し、もはや瞳は虚ろですらある。

 その端から、快楽に育てられ熟した、甘く透明な果実が零れ落ちるのを見て、蜜実の頭のごく一部が、はたと我に返った。


 そうだ。水というのは、上から下に落ちるものだった。


「ん、はぁっ」


「っ、っ」


 唇を合わせ、舌を繋いだまま、華花の頭を完全に上向かせる。


「……んぁ?」


 そして、極上の花弁を()み際限なく湧き出ていた自身の唾液を、余すことなく華花の口内へと流し込んだ。


「ふぁっ、あぁ」


 舌と舌との潤滑剤ではなく、甘く甘い蜜として。

 むせ返るほどに濃厚なそれが、上から下へ、どろりと降り下っていく。


「ん、んぶ、ぁ、?、っ?」


 恍惚に半ば自失状態だった華花も、さすがに戸惑ってしまった。

 こんなにも甘美で、自らを満たす液体が、この世界にあっただなんて、と。


 けれどそんな疑問なんて、その舌が蜜に沈んでしまった辺りでもう、あっさりと押し流されてしまい。


「ぁむ、んっ、んっ、んっ……!」


 後はもう、こくこくと喉を鳴らし、一心不乱に嚥下するだけ。

 飲み込めば飲み込むほど渇望が潤って、けれどもその、あまりにも甘やかな粘性が、喉にくちゅりと絡みつく。

 そうしたら、もっともっと欲しくなってしまう。零れるのがもったいなくて、唇をさらに深く塞ぎ、懇願するように自分から舌を押し付けていく。


「んー、んぁむ、んっ、んぅっ」


 子供のように純粋に、けれども快楽(みつ)の味を知ってしまった女として、自らを求める華花の姿。


 それはどこまでも、蜜実の理性を情欲に、情欲を愛情に変えていく。

 何か、一つのラインを越えてしまったように、歯止めが利かない。体が強張る。

 未だ華花の胸に添えられたままだった左腕に力が籠り、その双丘を強く押し潰す。


「あっ、あっ、はぁっ……!、ぷぁっ、みつみぃ、もっとぉ……!!」


 本来なら痛みすら伴うはずのその刺激も、今の華花にとってはすべからく、蜜実から与えられる甘美な快楽にしかなりえない。


 絶え間ない震えからそれを感じ取った蜜実の心身は、呼応するようにして、急激に微細な振動を引き起こす。


「あっ、あっ、!、っ!」


 瞼の内側に、バチバチと火花が散り始める。

 だというのにくっきりと、ただ華花の顔だけが鮮明に視界を埋め尽くしていて。

 筋繊維が一本残らず彼女を求めて引き絞られ、砕き潰さんばかりに、その身を抱きすくめる。


 このまま、砕けて、溶けて、混ざり合ってしまえたら――!


「はなはひゃんっ、すき。んむぅっ、ひゅき、しゅきっ、すき、すきすきすきぃ……!!」


 明滅する脳裏にそんな想いを抱きながら蜜実は、強烈なスパークに身を焼き尽くされ。


「あっ――」


「――ん、ぁ?あれ、みふみぃ……?」


 惚け顔の華花に覆いかぶさるようにして、意識を失った。




 ◆ ◆ ◆




「まぁまぁ、元気出して」


「~~~~~~~~!!」


 しばらくして意識を取り戻した蜜実を待っていたのは、かくも情けない醜態を晒したことへの羞恥と、柔らかい華花の膝枕による幸福の、二面攻撃であった。


 膝上でゴロゴロと転げまわる彼女に、先の獣のような凶暴さは微塵も感じられず。


「リードしてくれて、嬉しかったし」


「途中リタイヤしちゃったら意味ないよぉ……」


 もう本当に、いっそ殺してくれと言わんばかりの有様。

 せっかくの初夜が、興奮し過ぎてほとんどキスだけで終わってしまった。ついでに、初のリアル膝枕もこんな形で消化したくはなかった。


 意気消沈する蜜実を慰めようと、華花は気恥ずかしさを押し殺して言葉を続ける。


「でもその、私も、もうほとんど意識がなかったっていうか」


 蜜実が意識を失うほどに急激な快感に飲まれてしまった一方で、華花も、ぞくぞくと震え朦朧とするような快楽に、割と最初のほうからどっぷり浸かってしまっていて。


 そういう意味では、お互い気持ち良くなれたとも、それに振り回されて正常な意識を保てなかったとも言える。


「ほんとに、ごめんねぇ!華花ちゃぁん……!」


 目尻に涙を滲ませるその姿に、先の情事とはまた違った胸の高鳴りを感じながらも、華花は努めて穏やかに、笑みを浮かべて見せた。


「最初っから上手くいくものでもないし」 


 静かに頭を近付ければ、その茶色の髪が、まるで垂れ幕のように二つの顔を覆い隠す。

 たったこれだけで、今この瞬間、世界は二人だけのものに。


「ちょっとずつ、慣らしていきましょ?」


「……うん。……あのね、華花ちゃん」


「「大好き」」


「……でしょ?」


「うんっ」


 枕元の薄明りにすら見られることなく、二人は静かに、唇を触れ合わせた。


 次回更新は12月11日(水)を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

 あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととてもうれしいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] パートナーの家でパートナーのものにされるのって、染められていく感じがとても良いですよね。 興奮しすぎて脳の血管が数本切れてしまいましたが倒れる前にこれだけ言わせてください。 とても…尊かっ…
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