169 V-第六回バディカップ エキシビジョンマッチ 入れ替わり立ち代わり
一瞬の出来事。
瞬きの内の、強烈過ぎる第一撃。
理解が追い付かず、全身を硬直させてしまう――のは、見ていた観客たちぐらいのもので。
盾を真っ二つにされたハナも、目視に難いほどの抜刀術を披露したカオリも、無論、ミツもウタも、既に動揺も油断もなく刃を交えていた。
(――ふむ。もう少し、ペースを乱せるかと思っていたのですが)
長く愛用してきた高性能な武具を、開幕一秒足らずで破壊されたにも拘らず、ハナは何事もなかったかのように『比翼』を振りかざしている。
抜刀直後の隙を狙う貪欲な蒼眼を、代わって双刀で受けるウタ。その背中越し、内心の小さな驚きなどおくびにも出さないカオリは、改めて無銘の長刀を構えなおした。
実のところ胴体泣き別れを狙っていた一太刀を、咄嗟に盾で凌いだその手腕に、称賛の念を抱きながら。
(うーん、まさか『防人』が真っ二つにされちゃうとはー)
(スキルなしで一撃って、どんだけ綺麗に当ててきたんだろう)
対するミツとハナも、打ち合いながら声なき言葉を交わす。
長らく戦ってきたハロワ生活の中でも、開始早々あの小盾が完全破壊されてしまうことなどなかった。しかしそんな、危うく一撃死もあり得た、ゾッとするような先の攻撃を受けてなお、二人は驚くほどに冷静さを保っていた。
それこそ、当の本人たちすら不思議に思ってしまうほどに。
(まぁでも――)
ウタの凶暴さは二人とも嫌というほど理解している。そこに、つい今しがたウタ譲りの強力な抜刀術を披露して見せたカオリが加わるとなれば、連携精度にもよりはするが……下手をすれば、こちらと同格の強さを有している可能性すらある。
久方ぶりの、2on2という状況下で五分に切り結び合える強敵。
しかし。
(――うん、大丈夫でしょ)
逃避ではない。楽観でも、慢心でもない。
合わせて三つの長刀を振るうこの着流しの剣士たちが強者であることなど、二人ともよくよく分かっている。
しかし、そんなこととは全く関係なく、今、二人の心に焦りや緊張は、これっぽっちも生じていなかった。
だって、私たちはいま、二人で戦っているんだから。
そんな当たり前の事実を前にしては、相手が手強いだの盾を失っただのは、些事も些事。
年に一度の晴れ舞台、類稀なるトッププレイヤーとの闘争。
この状況がハナとミツにもたらしたのは、これまでよりさらに強い一体感と、興奮と泰然自若が重なり合った、不思議な感覚だった。
「『弾刃』」
それ一つとなった右手の『比翼』を、ハナは臆さず大胆に突き出していく。
当然、ウタが双刀『鋏虫』の硬い外刃でそれを受け流し、その背から影の如く這い出たカオリが、長刀を振り上げる。地を這うような低い姿勢で、少しでも相手の視界から外れようという目論見は、けれどもそう易々とは通じない。
ちょうど良い位置にあるとばかりにミツが左足を上げ、カオリの顔面を蹴り砕こうとする。何の容赦もない凶悪な攻撃、しかしそれもまたカオリにとっては、低姿勢を取った時点で想定していたカウンター。
「――、」
振り上げる軌道を修正し、鼻先に迫るブーツへと刃を垂直にかざして待ち構えるカオリ。となればミツは、地面と平行気味になったその刀身を足場にして回避がてら跳躍し、ウタの背後を取ろうとする。カオリもまだ冷静に、無理に追おうとはせず、腕の遠心力に乗って半回転し、ステップを踏みながらハナの背を視線に捉えた。
ペア同士で身を寄せ合っていたはずが、一転、ただ一度の攻防ののちには、両チームが互い違いに入り乱れる混戦具合へ。
「『百日紅』」
最も早い次の一手は、最もレベルが低いはずのカオリのものだった。
AGI重視といえどもあまりにも速過ぎるその身のこなしは、単純なステータス以上に、彼女自身の体捌きに無駄が無さすぎるが故のものか。
静かな、ぬめりけすら帯びていると錯覚させるほどに滑らかな太刀筋が、全く音を発さずに、ハナのうなじへと吸い込まれていく。
「っ!」
ウタの方を向いたまま、咄嗟に身をかがめて回避するハナは、それこそウタの側から見れば大きな隙をさらした形にはなるものの……
「だめだめー」
「……あはっ♪」
こちらも背後を取っているミツの『連理』と『五閃七突』を、腰を捻って『鋏虫』で受けるを得ず。しかしこの攻防自体に愉悦を見出しているウタにとっては、どちらにせよ楽しいから問題はなし。
「よいしょぉっ!」
捻じれた上半身へと下半身を合わせるように、ウタは後ろを向きながら、左回りに回し蹴りを放つ。始まってしまえば推しだ何だといった躊躇は微塵もなく、ミツの膝関節を横から破壊しようとする悪逆な左足。
二対四刀がまだ鍔迫り合ったままとなれば、ミツが取れるアクションも限られてきてしまう。
跳んで避けるか、膝で受けるか。
跳べば体は支えを失い、『鋏虫』に押し切られるだろう。
かといって膝の頭で迎え撃つのも、ウタのSTR値を鑑みるにリスクが大きい。
どちらにせよ嫌な択を振らせる、ウタのその足癖の悪さに、ミツに代わってハナがお仕置き。
「うをぁっ!?」
カオリの長刀を回避した前傾姿勢そのままに、タックルの要領でウタの腰辺りに体当たりしたハナ。
体勢は完全に崩れており、諸共に倒れ込むようなその攻撃は、ウタからしたら意識外からの強襲であれども、後ろから見ていたカオリにとっては、続けざまに切り掛かる絶好のチャンスであり。
「――、」
小さな一息と共に繰り出す、返し刀の第二撃。
「それもだめー」
斜めに降り下ろしたその太刀筋を、やはりミツが防いで見せる。
ウタとハナが接触した瞬間に、双剣を引き一歩後退していたミツは、倒れ込む二人を踏み台にして、今度はカオリの眼前へと躍り出ていた。
地面へ縺れ込むハナとウタを尻目に、剣先を揺らしカオリを牽制するミツ。
倒れた方の二人も、互いを蹴飛ばし合うようにしてすぐさま立ち上がり、正面から睨み合う。
またしても立ち位置が入れ替わり、今度は背中合わせのミツとハナを、カオリとウタが挟み込む形に。
(……速く、そしてそれ以上に軽やかな……)
配置転換のたびに位置取りを大きく変えているミツを、カオリはそう評価する。
自身の、音すら発さない体捌きとはまた違った、ふわりひらりと聞こえてきそうなほどの軽妙さ。
(どちらかというとハナさんの方が、より動き回っている印象がありましたが……)
ウタほどではないにしろ、実は二人のことを良く見知っているカオリからすれば、少し不思議な違和がないこともないのだが。
(『百合乃婦妻』の立ち回り、という点では、そうおかしな話でもない……のでしょうか)
どちらにせよ、そのあるかもしれない違和すらも見定めるべく、今日この場に立っているのだから。
「――、」
僅かな睨み合いの時間の内に、考え事は捨て置いて。
小さく息を吐きながら、カオリは幾度目かの踏み込みに出る。
中段で構え、右足を差し込み、お手本のような縦一閃。
見え透いているはずのその通常攻撃は、しかしあまりにも無駄のないモーションが故に、まずもって回避は困難。
開幕直後のハナのように、ミツもまた咄嗟に、右手の『五閃七突』で受けるしかない。
「っ!うぁっ」
流石に抜刀術ほどの切断力はなく、細剣が叩き折られるようなことはなかったが……とはいえ、片手では鍔迫り合うことすら困難な重圧に、右腕を押される形で体勢を崩してしまった。
(この速さでこの重さはぁー)
(ね。正直ヤバいよねこの人)
背中越しの刹那のやり取り。
今一つ緊張感に欠ける内心の会話とは裏腹に、続けざまのもう一振りを、ミツはなんとか『連理』で凌いでいた。無論、更に大きく体勢を崩される羽目になってしまったが。
「切り――」
――返しまで速いってー、なんて、言っている場合ではない。
場合ではない、はずなのだが。
「『閃光』」
背後に聞こえるハナの声さえあれば、何とかなると思えてしまうミツだった。
次回更新は6月30日(水)18時を予定しています。
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