168 V-なんとこのお二人が
天に開けた円形状のドームに、鳴り響く歓声。それはまるで、遥か古き時代にあったコロッセウムのよう。
……いや。まるででも、ようでもなく。
熱狂する観客たちが見下ろす先、闘技場に並び立つ二組四人の姿は、紛れもなく戦う者のそれだった。
「さあさあ、皆様、ここまで長らくお付き合い頂きありがとうございます!そして、お待たせ致しました!!第六回[HALLO WORLD]PVPセカイ大会、バディ部門エキシビジョンマッチのお時間ですっ!」
新調したバニー調のスーツに身を包み、歓声に負けじと声を張る司会の女性。響き渡るその言葉の通り、既に今大会のトーナメントはすべて執り行われ、優勝者の表彰まで終了していた。
そんな中にあってなお衰えることのない熱気に、これから始まるエキシビジョン参戦者の四人は、静かに、けれども確かな興奮に心を震わせている。
「もはや不要かとも思いますが、一応ご紹介しておきましょう!」
向かい合う二組、そのうち一方は言わずと知れた有名人。
「挑戦者を待ち受けるお二人!2on2の戦闘においては、もはや文句なしに[HALLO WORLD]トップと言って差し支えないでしょう!!過去のバディ部門、第一回から五年間を無敗で駆け抜けた最強の婦婦!!いつの間にやら誰が呼んだか、気付けば今ではお二方公認!!『百合乃婦妻』こと、ハナ、ミツペアのお二人です!!!」
「「「「「「わあああああああああああああああぁぁぁ!!!!!」」」」」」
ひと際デシベル数の跳ね上がった、爆音のような歓声がコロッセウムをビリビリと揺らす。
「あ、どうもどうも~」
「どうもです」
五年もトップを走っていれば、このような反応にももう慣れたもの。二人は極めていつも通りの雰囲気のまま、遠く居並ぶ観客たちへと手を振った。
その中にいるであろう、友人や(自称)後見人や自他ともに認める信者なんかの顔を、軽く思い浮かべながら。
「相も変わらず凄まじい人気ぶりですが……知名度という点においては、挑戦者の方も負けてはいないでしょう!」
バディ大会という空間に、最早慣れ親しんですらいるハナとミツに対して、正面に立つもう一組……の、特に片割れの方は、司会者の前振りを聞いてか聞かずか、緊張に顔を強張らせていた。
「一体誰がこの方々の優勝を、いや、そもそも今大会への参加を、予想できたでしょうか!?第六回[HALLO WORLD]PVPセカイ大会、バディ部門初参戦、初優勝!!チーム名は特にナシ!しかししかし、揃いの着流しが良く似合う!片や暴虐、片や武人、流浪の強者二人組!ウタ・カオリペアのお二人です!!!」
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!!!!」」」」」」
ハナとミツの時と比べると、幾分か荒っぽい歓声が沸き起こる。
灰色のロングツインおさげを、緊張にふるふると揺らすウタ。
少し青みがかった黒髪が、その心根のように一本、うなじでピンと結ばれたカオリ。
司会者の言葉通り、あまりにも意外過ぎる参戦から優勝までの闘争を見せつけられた観客たちは、この二人に対しても大きな期待を寄せていた。
「前評判の段階では、ウタ選手の残虐ファイト頼みなのではないか、なんて言われていましたがっ、しかしどうでしょう!蓋を開けてみれば、お二人の見事な連携による連戦連破!!弟子と目される謎多き人物カオリ殿も、決して見劣りしない大活躍でした!……なんか、この方は殿とか女史とか付けたくなるオーラ出てますよね」
カオリの放つ、レベルやステータスとはまた別の、強者然とした雰囲気。それを受けて溢された言葉に、会場中が頷いて見せる。いつかの簒奪戦で付けられた『武人』などという二つ名は、今大会を経て、セカイ中に大きく広まりつつあった。
「……恐縮です」
言いながらも凛とした佇まいは変わらず、程なくして声をかけてきたミツとハナに対しても、カオリは静かに、平静を保ったまま受け答えする。
……隣で石化してしまっているバディとは正反対に。
「まさかー、この舞台でウタさんたちと戦うことになるとはねぇ」
「そうでしょうね。しかし私は、この時をとても楽しみにしていましたよ。勿論、ウタさんの方も」
「……ガッチガチに緊張してるように見えるけどね」
「……、……っ」
「貴女方を前にした時の、いつもの反応でしょう」
「「確かに」」
ここまでくれば、一言二言くらいは会話もできるのではないかと考えたハナとミツだったが……やはりというか何というか、ウタは変わらず、黙して語らず。しかし、その緊張しきりな佇まいと、微細動を繰り返す両目が、言葉などよりもよほど雄弁に、彼女の心理状態を示している。
つまるところ、このような大舞台に立ってもなお、どちらもまあいつも通りと言えばいつも通りな着流しの剣士二人組であった。
(さて……)
こちらのセカイでは直接の交流は皆無。けれども向こうの世界では、その成長を見守り、時に手助けしてきた和歌と彩香。
師はここまでの一年の締めくくりに、その弟子はこれからの一年の先駆けにと、持ち寄った想いを胸に秘めたまま、彼女たちは今こうして、二人の教え子の前にまで辿り着いた。
(公私混同、のような気もしないでもないですが……)
これから歩む進路にも関わってくるであろう、アバターを用いた上での全力の二人を、しかとこの目に焼き付けておきたかった。そんな、三年次で二人の担任になることが決まっていた彩香の目的に、今大会は好都合だったのだから、致し方ないだろう。
誰にともなく言い訳し、単純に自分がウタと共に強敵と戦いたかったという理由は伏せたまま、このセカイで師と仰ぐ部下へ視線を送る。
(ほら、そろそろ始まりますよ。切り替えて下さい)
(――はっ。そ、そうですね、せっかく戦えるんですから、全力で、楽しんで…………)
カオリの眼光を受けて、限界ファンの像と化していたウタの意識に、闘争心が呼び起こされていく。
強敵との闘い、推しへ刃を向ける背徳、それらが合わさった、=推しと戦えるという歓喜。
ごっちゃごちゃの精神状態は、しかし結局、そう時間も経たないうちに、高純度の燃料へと精製されていく。
それが彼女という人物。和歌という女性、ウタというプレイヤー。
「『百合乃婦妻』の熱心なファンとしても有名なウタ選手ですが、此度の戦いではどのような振る舞いを見せてくれるのでしょうか!?弟子にして相方のカオリ殿の実力は、最強の婦婦に届き得るものなのでしょうか!?そして、初の殿堂入りと相成ったハナさん、ミツさんは、その栄誉を守り切ることができるのでしょうか!?」
主役たる四人が言葉を交わしているうちに、司会の言葉もまた、ボルテージを上げながら試合へと向かっていた。
「ワタシも興奮のあまり長々と喋ってしまいましたが、いい加減始めてしまいましょうか!!両ペアとも、準備はいいでしょうか!?」
「「おっけー」」
「ええ」
「は……はいっ……!」
各々の表情を見せながら、首を縦に振る四人。バニースーツな盛り上げ役も、興奮を隠そうともせず頷いて返す。
対して、あれほどまでに盛り上がっていた観客席は一転、水を打ったようにしんと静まり返って。
「よろしい!!…………それでは、第六回[HALLO WORLD]PVPセカイ大会、バディ部門エキシビジョンマッチ――」
一息の溜め、耳鳴りがするほどの静寂。
されども熱気は衰えず、むしろこの真円の闘技場で、陽炎の如く揺らめいているような。
そんな、ほんの少しのフリーズを経て。
「――開始ぃっ!!!」
「――」
セカイに音が帰ってくるよりも早く、ハナの持つ『霊樹の防人』が両断されていた。
次回更新は6月26日(土)18時を予定しています。
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