167 V-超久々ソロじゃない訓練
「はっ」
『時計塔周辺街』、時計塔内部に設けられた簡易スペースで、ハナとミツが訓練に勤しんでいる。
「よっとー」
いつもと違うのは、二人が並び立ち、そして相手がハン、ケイネ、クロノの三人であるということか。
今日の戦闘はソロ訓練ではなく、数日後に控えたバディカップに向けたもの……にもかかわらず相手方が三人なのは、つい今しがた、既に二人がハン・ケイネペアとの2on2に圧勝していたからであった。
(やはり……二人でとなると、格が違う……!)
ハンとケイネが矢面に立って婦婦と打ち合い、少し離れた位置からクロノが適宜、魔法を放つ。バランスの取れた陣形での再戦にあって、しかし、特に積極的に刃を交えるハンの焦燥は、先の2on2の時から全く変わっていなかった。
こちらの頭数が一つ増え、遠距離攻撃という幅を持たせてもなお、先程と同じく勝ちの目が見出せない。
(これほどまでに――!)
やはり、単独訓練を経て個々人の地力が上がったことは、二人の根本的な戦闘力の引き上げに少なくない影響を及ぼしていた。
その一助となれたことを嬉しく思うべきか、苦戦を強いられる今を嘆くべきか。気付かぬうちに苦笑いを浮かべるハンの幾分か後方で、その主が声を紡ぐ。
「安寧を抱く暗泥、音も亡く昏き眼下の空――『宵闇に影は何処?』」
ひと際匂い立つ詠唱に乗せてクロノが放ったスキルにより、ミツの足元に落ちる影が、不自然に揺らめいた。
次の瞬間には、まるで別の意思を持っているかのように、影の両腕が地面を離れ、ミツを捉えようと伸びていく。
「うわぁっ」
咄嗟に、影系魔法へのオーソドックスな対処法――小さくジャンプし、影と自分を切り離すという回避行動を取ったミツだったが。
「――はっ!」
当然ながら、両足が地面から離れるという大きな隙をさらす羽目になった彼女へと、ハンが容赦なくナイフを振るう。
「よっ」
すかさず差し込んだ『霊樹の防人』で、ハナが代わって刃の先を受け止め、
「少し良いかな?――『針の無い腕時計』」
「っ――」
そのまま、声もなく動きを封じられる。
ハンのすぐ後方、ケイネの左手に巻かれていた細い革バンドの腕時計が、薄紫に輝いていた。
「――なに、ほんの一秒足らずさ」
発動後の詠唱部分で効果時間を決定するという、一風変わったスキルによって拘束される時間は、詠唱完了から僅か0.7秒。他者時間の停止に伴う代償は大きく、それ故にケイネが選択した干渉時間は、一瞬よりほんの少しだけ長い程度。
それだけあれば、ハンが喉元を掻き切るには事足りる。
無論、何も邪魔立てされなければ、の話だが。
「――!」
「――『時よ止まれ』」
ハナの眼光と、ミツの言葉。
受けて輝く無骨なナイフが、その持ち主の右手ごと、その場でかくんと強制停止した。
慣性の停止時間は、更に短い僅か0.3秒。
ケイネの真なる時間停止には本質も効果時間も及ばずとも、このごく一瞬を経て、ハナとハンがほぼ同時に動き出したという結果だけ見れば、カウンターとしては上出来であった。
「くっ――」
「セーフっ……!」
ギリギリでナイフがハナの首筋を掠めて行った時には、既にミツが地に足を付けている。
数秒前まで自身を守っていた嫁の小盾を、構えた彼女の腕ごと押し込んで、ミツは迷わず、ハナを使った一撃を決行。
「おじゃまー」
「あーれー」
左手を伸ばしたまま、回転扉のように回るハナ。押されて仰け反るハンの前に、優雅に入店したミツの細剣が。
喉元めがけて右腕を伸ばしていたということは、つまり、一歩で引くには近過ぎるほどに、相手の懐に入り込んでいたということ。
「ぐ、ぅッ――!」
その状態で『五閃七突』の一刺しを躱すことは能わず、右肩の付け根を深々と貫かれたハンの口から、苦悶の呻きがこぼれ出た。
「っっ!!緊急展開――」
追撃を許せば、間違いなくハンは切り伏せられる。咄嗟にそう判断したクロノの左眼が乳白色の輝きを放つ。
「――『悪略の囁き』!!」
制限をかけてストックしていた低級スキルを、更に詠唱を省略し、先程のスキルのクールタイム中に解放する。幾重にも課せられた弱体を経て、それでも自身のINT値に物を言わせて放った強引な魔法攻撃が、薄暗い靄となってミツの右手へ襲い掛かった。
「あぅっ」
回避しようと腕を引っ込めるも間に合わず、手の甲に覆い被さった薄靄が、一瞬だけ右手の先の感覚を奪う。引いた勢いと力を失った指先に、引き抜かれた『五閃七突』がミツの手から滑り落ち、そして。
「――えいっ」
そして、ハナがそれを躊躇いなく蹴り飛ばした。
刃先を向けた細剣が、後方のケイネめがけてすっ飛んでいく。驚くほど正確無比に吸い込まれていくは、白衣のメイドの心の臓。
「あっ――」
他者時間の操作のため、一時的に自己時間の制御を解除していたケイネは、類稀なる才女とは思えぬほどに、あっさりと地に倒れ伏した。
「ミツっ!」
「ハーちゃんっ!」
(――くそっ、この体勢からでも……!?)
続けざま、呼び合う声に必殺の予兆を感じ取ったハンは、自身の死もまた逃れ得ぬと覚悟する。
ならば、せめて一撃。
そう考え、痛む身体を押して捨て身の攻勢に出ようとする、しかしその思考こそが、婦婦に誘導されたミステイク。
『百合乃婦妻』を良く知っていたからこその、致命的な早とちり。
「「――なんちゃってっ」」
後方に重心を傾けたままのミツへと伸びる、やはり喉元を狙ったハンの決死の一撃は、悪戯っぽく笑う二人をまとめて貫いた。
すなわち、ミツの右手とハナの左手を。
僅かに痺れの残る右手のひらを貫かれながらも、ミツが刃の威力を殺して。
盾を捨て、後ろから抱きすくめるハナの左手が、刃の先を強く握り込んだ。
「ごめんねー」
全体重をハナに預け、リラックスしきった姿勢から放った『連理』の逆袈裟によって、ハンの腹から胸元にかけて、十分に致命足り得る剣閃が走る。
「く、ぅ――」
からんと『霊樹の防人』が床を鳴らす音が、まるでゴングでもあったかのように、ハンは仰向けにどさりと倒れ込んだ。
「――、――っ」
まだ生きてはいる、生きてはいるが……
戦闘どころか動くことすらままならない彼女を捨て置いて、ハナとミツはクロノを見やる。
「さぁ、ボス戦だー」
「ええ」
にやりと笑う似た者婦婦。
金と銀に彩られた獰猛な口の端が、さあ今からお前を狩るぞと、雄弁過ぎるほどに語っていた。
「――き、来なさいっ、私は秘密結社『クロノスタシス』の首領、時を統べる女帝っ!例え従者が倒れようとも、その遺志を継いで最後まであらが――」
「「『比翼連理』ぉっ」」
近接戦闘術を一切持たない『セカイ日時計』の主は、最後まで啖呵を切ることすら許されずに斬殺された。
◆ ◆ ◆
「――相変わらず、二人並べば無類の強者ね」
「まぁねー」
「三人とも、最終調整付き合ってくれてありがとう」
「良いってことさ。なに、ワタシだって最近は、戦闘訓練の真似事なんかに勤しんでいるものだからね。惨敗だったけれども」
「しかしお二方、やはり少しばかり、立ち回りに変化がありましたね」
「そうだねぇ……なんて言えばいいか、良く分かんないけどー」
「どこかこう、野性味を帯びているといいますか……」
「互いの身体や武器を、互いが積極的に利用しているように見えたね」
「何か、段々お互いの身体の境が分からなくなってきたかも……なんてね」
「いよいよもって、身も心も一つになろうとしている、と言う事ね……!」
「そのうち、合体とかしちゃったりしてー」
弾む感想戦。
今では味も格段に良くなったケイネの紅茶が、けれどもすっかり冷めてしまうまで、5人の歓談は続いていた。
次回更新は6月23日(水)18時を予定しています。
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