165 V-或いは皆で楽しいお茶会(虫系スタンピード)
「せーっ……ふっ!」
打ち鳴らされる大顎のあいだをスライディングで潜り抜け、ミツは地面に転がっていた『五閃七突』を再び握った。
起き上がり様にカミキリムシの胸部と腹部を分断しつつ、少し距離が開いてしまった白ウサちゃんの方を振り返る。
「ひゃっほーいっ☆☆」
見れば白髪のバニーガールは、腰に装着したブースターを小刻みに点火しながら、ノーラの周囲をぴょんぴょんと飛び回っていた。一匹を踏み付け、その反動で反対側から迫る個体を蹴り飛ばし、ブースターで無理やりに方向転換して、ノーラの間近にまで来ていた虫の前に割って入って。
「虫刺されは女の子の大敵よ☆」
すらりと長い手足を武器に、その徒手空拳のリーチを小型ブースターで変則的に伸ばしていく――そんな少し変わった立ち回りで、バニーガールはシスターを守り。
守られる方のノーラもまた、彼女を信頼してか、迫るモンスターたちに臆することなく、詠唱を完了させた。
「……紫電、白雷、幾筋も幾筋も、落ちよ、穿て、神威の御柱の顕現を、幾許か幾許か、我が信心を依り代に――」
それなりに長い詠唱の最後の一部分。
それを唱え終えると同時に、頭上、木々の隙間から見えていた空に、大きな雷雲が発生する。
「――『神意の雷轟』!!」
晴れ渡っていた真昼の空におよそ不自然な暗雲から、詠唱の通り幾筋も幾筋も、落雷が放たれる。
木々を裂きながら密林のごく狭い一帯に降り注ぐそれらが、多種多様な虫たちを次々と貫き、焼き焦がし、塵へと変えるさまを閃光の隙間から見ていたミツは、しかしスキルの威力ではなく、発動に至るまでのノーラと白ウサちゃんの立ち回りにこそ意識を向けていた。
もっとも、それは戦略云々ではなく、二人の友情だとか信頼関係だとか、そういった点においてだが。
(多分、元々『ティーパーティー』で一番接点が薄かったのって、この二人だった気がするけどー……)
リアルでは先輩後輩の間柄、ノーラのハロワ参戦が遅かったこともあり、ゲーム内でもリンカほど白ウサちゃんとの交流が長くはない。
出会った当初の距離感で言えば一番遠かったはずの二人だが、白ウサちゃんに防衛を任せて長い詠唱を無事完了させたノーラも、言われずともそのノーラを守り抜いて見せた白ウサちゃんも、既に互いの力量や性格を十分に理解し合っているように思える。
「ウサちゃんさん、助かりました!」
「いえいえっ☆……ねぇ、この雷、わたしに当たったりはしないよね?」
「ふふ……さて、どうでしょうか」
「マジかぁ……☆」
一息の暇に軽口まで叩き合う様子からも、良好な関係性を築けていることが伺えた。
(同じ人を好きになって、でもここまで仲良くできてるんならー、やっぱり……)
ともすれば、こう……恋愛模様の中心たるフレアではなく、彼女を好く三人の方から、ハーレム的な、一婦多妻的なものを形成しようとしているような……当人らが意識してかせずかはさておいて、そんな空気感が、『ティーパーティー』から漂ってきているような。
(そしたらもう、後はフレアちゃん次第って感じだけどー)
ヘファの観察報告を経て、春休み中に何度か様子を窺った末に、ミツの脳裏に浮かび上がってきたのは、そんな結論。
そしてそれは、今『ティーパーティー』を挟んで反対側で戦っているハナの方も、同様で。
「よっ……とぉ」
前方に迫る一群を中心から分断させる立ち位置で『比翼』を振るいつつ、後方のやり取りへも意識を向ける。
「二人とも、こっち来れるっ?」
「はいっ」
「もっちろん☆」
未だ止まない落雷の音から、ミツの側は制圧できたと考えてか、フレアは素早くパーティーメンバーを呼び集めていく。
「あたしたちで時間稼ぎするからっ、デカいの撃っちゃいなっ!」
「オッケーっす!!」
クールタイムに入り遠距離攻撃を撃てなくなったノーラを、白ウサちゃんもろとも前衛に引き込み、三人がかりでリンカを守る。
「召喚――『大食らい』!」
二丁拳銃をホルスターに仕舞い、代わって呼び出されるのは、えらく前時代的な黒鉄の大砲――の、ようにしか見えないテイムモンスター。
「これと、これと、これもこれもこれも、どんどん食べろーっ」
リンカはその大砲の、後部に開いた小さな穴へ、ストレージから弾薬やら火薬やらを大量に放り込んでいった。
その名の通り、『大食らい』がただ一発の為の餌をバクバクと食らうあいだに、他の三人が近づいてきた虫どもを蹴散らしていく。
名前も呼ばず、細かな指示もなしに、スムーズに陣形を組み替えていく『ティーパーティー』。フレアを中心に、しかし四人ともが相互的に結びついているが故の、鮮やかな配置転換であった。
(これ、私もう何もしなくて良さそう)
と、言いつつも、まるで剪定作業でもするかの如く、射線上から外れそうなモンスターをプチプチ潰していくハナの元へ、ミツが駆け寄ってきた。
(こっち方面はもう、落雷で全滅しそうな感じー)
(ん、お疲れ様)
労いもそこそこに、二人は後方の友人たちへの考察を共有する。
無論、言葉はおろか、視線の交錯すら無しに。
(この一年足らずで、すっかり仲良くなったというか)
(ねー。『友達だから無限に褒め殺しても無問題』作戦、大分効いてきてるっぽいねぇ)
称賛を素直に吐き出すようになった未代と、吐き出される側の三人との距離感が。
想い人からのむず痒い口撃に耐えるべく、情報と意識の共有を密にした麗、市子、卯月同士の距離感が、いい感じに縮まってきている。
計画通り、いや、計画以上と、婦婦は悪い顔でほくそ笑む。
「――よっし、準備オッケーっす!!」
「はいよっ!ハナ、ミツっ!退避して!」
「「――りょーかいっ」」
と、投げかけられたフレアの声に思考を中断させ、二人は揃って横へ飛び退る。
これで終わりと確信していた為に、あえてもつれるように抱き合い、地面をゴロゴロと転がりながら。
「「わーっ♪」」
「えぇい避けながらいちゃつくな!!!」
「あぁ、良いですねぇ……」
「イヤ、わたしたちも避けるんだよっ☆☆」
叫ぶフレア、和むノーラ、そんな二人を両脇に抱えてバックした白ウサちゃん。
完全に開けた直線状に、リンカの持つ最大の砲撃が放たれた。
「やっちゃえ、『大食らい』!!!」
轟、と。
爆音と共に放出されたエネルギーが、前方に蠢く最後の大群をまとめて焼き払う。
種別としては、銃火器系の物理攻撃。
しかし砲撃というにもド派手な、最早ビームのような閃光が数秒。
瞬く間に食べた分を放出し切り、『大食らい』がけぷっと小さな白煙を吐いたあとには、密林は羽音の一つもない静けさを取り戻していて。
「――ぃやったぁー!!」
けれどもその静寂は、フレアの勝ち鬨によって破られた。
「お疲れ様です、皆さんっ」
「ナイスナイスゥ☆」
抉れた地面やなぎ倒された木々には目もくれず、『ティーパーティー』の面々は勝利の喜びを分かち合う。
「楽しかったっす!」
自身の使役銃もとい使役獣の反動に、若干の気だるさを感じながらも、リンカは最後の一撃を任された充実感に、満面の笑みを浮かべていた。
そんな彼女を左右からサンドするように抱き着くフレアと白ウサちゃん、微笑ましげにその様子を見守るノーラ。
「お疲れぇー」
「お疲れ様」
ひとしきり土の上で抱き合っていたミツとハナも、満足したのか四人の元へと戻っていく。
「これ、私たち要らなかったかもね」
「ねぇー」
「いやいやいや、流石にお二人さんナシじゃ無理だって」
「そうですよ、今回も勉強させて頂きました」
戦いの後とは思えないほどに朗らかな雰囲気を漂わせながら、此度の小規模スタンピードは鎮圧された。
落雷群と砲撃による、若干の森林破壊を残しながら。
次回更新は6月16日(水)18時を予定しています。
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