164 V-小春日和は森でピクニック(虫系スタンピード)
「――フレア、何匹かそっち行ったわよっ!」
『アカデメイア』付近、密林の一帯で、ハナの声が鋭く響く。
「わ、分かったっ……!……うへぇ、気持ちわるぅ……」
顔を顰めるフレアの元へ、ハナの脇を抜けて迫るのは、見目にもおぞましい中・大型虫系モンスターの一群。
アリのようなもの、ムカデめいた輩、アブだかハチだか不明瞭な飛行種、鎌を備えた凶暴な個体――細かな種別は多々あれど、一塊となり、まさしく群体とでも呼ぶべき蠢きを見せるが故に……そしてそれ以上に、ソロ訓練の一環としてミツとは離れた位置で戦っていたが為に、さしものハナといえども取りこぼしが出てしまう。
しかし、呼びかけに応える声があるように、今日の婦婦には共に戦う者たちがいた。
「ぃよいしょーっ!」
掛け声と共に大剣を振るうフレアを筆頭に、『ティーパーティー』の面々もまた、次々と迫りくるモンスターたちを迎え撃っている。
「雷鳴、駆けよ、奔れ、神の鳴り声――『群落雷』!!」
中心で背を向け合い、それぞれ遠距離攻撃を飛ばすノーラとリンカ。
その一回り外側で二人を守るフレアと白ウサちゃん。
最も外縁に位置し、四方から迫る虫たちをひたすらに切り伏せるハナとミツ。
密林という環境下、どこからでも襲い掛かってくるモンスターに対して少人数で可能な限り対応する為の三層構造の陣形は、必然的に最前線で戦うハナとミツの距離を大きく引き離している。
「『二振』ーっ」
(――でもー、それでこそ訓練って感じかなぁっ……!)
セカイに轟く『百合乃婦妻』の戦術とはかけ離れた立ち回り、しかしこの陣形を提案したのは、他ならぬハナとミツの二人であった。
発生した――正確には再発した――小規模な昆虫種系スタンピードを、これ幸いとソロ訓練に利用しようとした『百合乃婦妻』と、全員揃っていた所に声を掛けられた『ティーパーティー』。
僅か六人で結成された討伐隊は、けれども彼女らの実力や、スタンピード自体の規模を鑑みれば、決して無茶な戦いというわけでもなかった。
「よっ、とぉっ!」
幅広な大剣を横薙ぎに振るい、数匹まとめて両断するフレア。重装備のわりには滑らかな動きで一回転し、そのままもう一振り、残る虫たちを切り伏せる。
「――ふぅ」
ひとまず息を吐きながら、次の一群に備えて、そして同時に、前線を張る友人の様子を窺うべく、視線を前に向けた。
「振り抜け――『翔羽刃』!」
ひと際体躯に優れたオオムカデを、スキルによって接近前に仕留めるハナ。衝撃波の為に振り下ろした『比翼』をそのまま地面に突き立て、棒高跳びのようにして前方の一群へと突っ込んでいく。
(ほんっと、一人でも戦えるようになってるんだなぁ……)
背を追うフレアから見ても、かつて自身に辛うじて勝利した不安定な戦い方とは打って変わって、しっかりと敵を見据え、視野を広く持ち、モンスターたちを次々に撃破している。
あくまでエンジョイ勢の視点からではあるが、既にその立ち回りは、立派な一人のプレイヤーとして十分なレベルにまで達しているように、フレアには思えた。
(でも不思議なのは、なんかこう、時々ミツっぽくなる瞬間があるっていうか……)
「砕け――『攻破盾』!」
例えばまさに、今の一撃のように。
左手の小盾をより積極的に、それこそ攻撃用の武器であるかのように振りかざすその体捌きは、どこか双剣を繰るミツの面影を感じさせる。
「フレア、お願いっ!」
とはいえやはり、その身は一つ。
物量を前にしてどうしても発生してしまう取りこぼしは、自分がフォローしなければならない。
「っと、オッケー!」
声を張りながら、すばしっこくも脆いテントウムシを上手く柄の先で押し潰し、すぐ後に来る直翅目の何某かを拳で払う。
そんな、友人の成長に図らずも少し感動していたフレアの背後では、リロードを終えたリンカが、愛銃たる六連式リボルバーの一丁を、景気良くぶっ放していた。
「『七色の弾丸』っ!」
トリガーは一度、銃声は六つ、しかして不可視の一発を含めた七筋の弾丸が、大雑把にホーミングしながらモンスターたちへと迫る。
「からのー……『影色の弾丸』っ!!」
さらにもう一発、地面へ向けて放った左手のもう一丁から、いましがたの七発を模倣するようにして影の弾丸が振り撒かれる。
実弾、不可視、幻影の計十四発が、前衛・中衛の隙間を縫って多数の虫たちを貫いていった。
「へっへぇ、気分良いっすっ!!」
「それは何よりだけどっ、隙を補うの、結構大変なんだからねっ!」
リロードスキルを用いずに手動で弾を全て込める必要がある先の二つのスキルは、リボルバーという銃の性質も相まって、発動までに少し時間がかかってしまう。
さらにスキル自体のクールタイムによって、発動後僅かな時間といえど銃火器系スキルが使えないとなれば、フレアが背中越しに苦言を呈したくなってしまうのも、致し方ないことだろう。
「でも、めっちゃ楽しいっすよっ?」
「そりゃ良かったねぇっ!」
中間という立ち位置上、あまり派手な立ち回りは出来ない。ハイになったリンカの声を、フレアはどこか恨めしげに聞いていた。
「――!はっ!!」
他方、そんなリンカたちと背中合わせに位置するノーラが、錫杖を突き出し間近にまで迫っていたイナゴを刺し貫く。
「ごめーんっ☆」
「いえ、大丈夫ですっ」
時折ミツ、白ウサちゃんの二層を搔い潜ってくるごく少数の虫たちも、ノーラであればある程度は対応可能。
それが分かっているからか、ミツはともすればハナ以上に大胆に、闘争本能のままに立ち回っていた。
「やぁっ」
視界を覆うほど大きなダンゴムシを『五閃七突』の七連撃で串刺しにし、蹴り倒しながら切っ先を引き抜く。一度大きく、背中にまで右手を引いて。
「撓り、弓引け――『風鞭刃』!」
腕全体をしならせながら放った一振りが、不可視の風の鞭を巻き起こた。
ダンゴムシの身体を食い破り押し寄せてきた軍隊アリの一群をまとめて蹴散らした細剣を、振り終わりにそのまま投擲し、滑空する原始トンボを撃ち落とす。
武器を失った右手へ迫るオオカマキリの両脚を、左手の『連理』で受け止め、しかし続けざまに左側から迫っていた中型のハサミムシが、左腕に噛みついて。
「いったぁ……!」
顔を顰めたミツの背後で、白ウサちゃんが地を踏みしめる。
「――『閃光』っ」
「ありゃ?」
……が、そんなことはお構いなしに、ミツの右手からアッパー気味に放たれた光線が、カマキリの頭部を融解させた。
「もぉ、邪魔っ!」
崩れ落ちるカマキリの腕の間から右手を引き抜き、左手にぶら下がったままのハサミムシをむしり取るミツ。鬱陶しげに前方の一群へと放り投げ、同時に、地面に落ちた『五閃七突』の方へと駆けていく。
その足取りは軽やかに、力強く、狂いなく眼前の敵たちを捉えていた。
(助けに行こうかと思ったけど、なんか、普通に戦えてるわね……)
加勢しようと美脚に込めていた力を脚撃に変えながら、白ウサちゃんが独り言ちる。フレアやノーラほどこの婦婦のことを良く知っているわけではないが、しかし前線を張る金色の背中には、二人から聞いていたような孤独な心細さは微塵も感じられない。
「……それはそれとして……あんまり前に行かれちゃうと、おねーさんの負担が増えるっ☆☆」
暴れっぷりは凄いけど、それを口を開けてみていられるほど、白ウサちゃん自身も暇ではない。
キュッとくびれた腰回りに小型のジェットパックを装着し、後方で範囲攻撃魔法の詠唱を始めたノーラを守るべく、バニーガールがヒールで地を蹴る。
「出力最大――は、マズいので、えーっと、四割五分くらいっ――『月の兎は夢見て跳ねる』っ☆」
変わらず四方から迫る虫たちの軍勢も、今しばらくはまだ、収まる気配がなかった。
次回更新は6月12日(土)18時を予定しています。
よろしければ是非また読みに来てください。
あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととても嬉しいです。




