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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
春 百合乃婦妻の新年度
163/326

163 V-今年も来ましたこの時期が


〈――えー、事前に文面での連絡が行っているとは思いますが……〉


 例によって、[HALLO WORLD]内『フリアステム』は百合乃婦妻プライベートルーム。

 リビングでハナとミツに対面する女性の姿は、遠方からのホロチャットであることを示す半透明なそれであった。


 毛先を少し遊ばせた石炭色のミディアムヘア、それに違わぬ快活さと大人っぽさを併せ持った雰囲気の、スーツ姿の女性。

 ほどほどに丁寧な言葉遣いで話しかけるその女性は、二人にとっては年に一度は見知った相手――PVPセカイ大会バディカップの司会者であった。


〈今年の第六回PVPセカイ大会、バディカップ部門におきましては、過去全ての大会を制したお二人を、昨年の五連覇を区切りに殿堂入りとさせて頂きたく存じます〉


 神妙な顔付きで言う司会の女性だったが、対するミツとハナの方はあっけらかんとした様子。というのも、既に大会運営からのメッセージでそのことを知らされており。もっと言うならば、当人たちもいつかそんな日が来るのではないかと、薄々勘付いていたからなのだが。


「まぁー、しょうがないっちゃ、しょうがないかもねぇ」


「うん。正直、もしかしたらそろそろ出禁になるかもって思ってたし」


 絶対的な強者というのは魅力的でもある一方で、優勝争いのマンネリ化や他のプレイヤーの意欲低下にも繋がってしまいかねない。

 頂点を目指し競うという形式上、大会創立以来同じペアが優勝し続けている現状に、そろそろ待ったをかけねばならないタイミングでもあったということだろう。


〈出禁だなんてとんでもない!お二人にはこのバディカップ、引いてはハロワのバディ戦術そのものを大きく盛り上げて頂きましたから、こちらとしても感謝しきりですよ!〉


 とはいえ彼女の言葉通り、大会のみに収まらず、最初期からペアでの戦いという分野を開拓してきた二人を、トーナメント出場禁止、終わり!で済ませるほど、大会運営チームは薄情ではない。


「あはは、ありがとー」


「出禁は冗談として……何だっけ、エキシビジョンマッチ?」


 引き続き、百合乃婦妻にとっても魅力あるコンテンツとなるよう、代替案が用意されており。


〈はいっ。殿堂入りの代わりと言っては何ですが……今年からの新たな試みとして、トーナメント優勝ペアVS『百合乃婦妻』という対戦カードでの、エキシビジョンマッチを予定しております〉


「「いぇーいっ」」


 了承の旨を既に返信していた二人にとっては、今更何も言うことなどは無い。いわばこのやり取りは、文書での事前通達に齟齬がないか及び相互同意の最終確認のようなものであった。


「でもでも、お姉さんが直接連絡だなんて、相変わらず忙しそうだねぇー」


〈有志を集っての大会運営ですからねぇ、どうしても人手が……〉


 ミツに釣られるようにして言葉尻を間延びさせながら、女性が苦笑する。


 第一回大会から数えて六年目、今や部門やレギュレーションもより細分化された[HALLO WORLD]PVPセカイ大会は、若干の人手不足が否めないほどに大規模なプレイヤー産コンテンツにまで発展している。


〈ま、それとは別に、ワタシがお二人の顔を見たかったっていうのもあるんですけど〉


 運営側と常連選手側ということもあり、大会関連以外では関わり合うこともない両者だが……逆に言えば年に一回は必ず顔を合わせる間柄ということでもある。


 二人の成長や関係進展を年イチ単位で見守ってきた側として、こうして連絡役を買って出るのも、彼女自身の希望によるところが多分にあった。


「私たちもお姉さんの顔見ると、ああ、今年もこの時期だなぁって気になってくるよ」


「ねぇー」


〈アハハ、お二人にとってはもう、この時節の風物詩的なモノかもしれませんね〉


 営業スマイルというには、幾分か柔らかな笑みを浮かべる司会の女性。

 

「そうかも。んじゃ、確認事項はこのくらい?」


〈ええ、運営としての連絡は以上になります、が……〉


 しかし、一区切りを見せた会話の折に、その表情は少しばかり困ったようなそれへと変わった。


〈……それはそれとして、お二人にちょっとした相談がありまして……〉


「へぇ?わたしたちにー?珍しいねぇ」


〈至極個人的なモノではあるのですが……〉


 少し驚いたようなミツの表情通り、かの司会者が二人に相談事だなんて、今までにはなかったこと。

 ずぶずぶに癒着し過ぎない程度には力になれればと、ハナとミツは揃って身を乗り出した。


〈実はですね……〉


「「実は?」」


〈……今年は、どんな格好で司会を務めたものかなと、少々悩んでおりまして〉


「「……うん?」」


 二人にとっては、何とも要領を得ない悩み事。と、言うのも。


「……どんなって、今まで通りのスーツじゃダメなの?」


 彼女の恰好なんて第一回から変わらず、それこそ今も着ている、司会者然としたスーツ姿しか見たことがないのだから。


〈ダメってことはないんですが……ほら、大会自体も今年を境目に、殿堂入りだのエキシビジョンだの新しい試みを取り入れているわけですから。せっかくだしワタシもここらで、衣装チェンジでもしてみようかなと〉


「なるほどぉ」


 とはいえその心の内を聞いてみれば、新しい格好を、という気持ちもまた、良く分かるものではあった。


〈ハイ。でも、今お二人も仰ったように、ワタシ自身も、ワタシと言えば無難な黒スーツってイメージが染みついちゃってて〉


 良くも悪くも、今までの変わらぬ姿が印象に残り過ぎていて、当人も今一つ、どうイメチェンしたものか決めあぐねている。

 彼女が相談相手として良く見知った婦婦を選んだのは、この二人もまた、司会者としての自分を良く見知ってくれていると考えていたからであった。

 だからこそ、今までとは違い、かつ、やはり司会者らしい装いのアイディアをくれるのではないかと、期待を乗せて。


「……んー……」


 そんな司会者の視線を受けて、そう間も置かず直観的に案を出したのは、ハナの方だった。


「……バニーガール、とか?」


 よく喋る人の恰好、ということでとある先輩の姿が思い浮かんでいたのは、言うまでもないことだろう。


〈個人的には嫌いじゃないですが、あまりセクシー過ぎるのは大会運営的にちょっと……〉


 好みではなく大会の雰囲気からくる難色。

 しかしすかさずミツが、続けざまのアレンジを提案する。


「じゃあじゃあ、スーツのまま、ちょっとだけバニーさんっぽくするとか」


〈あー、ありますねっ、そういうヤツ。頭にウサ耳付けて、後はー)


「上は白シャツ+ベストにして、なんかこう、色んな所にカフスボタン付けまくるとか」


〈そうそうそう、成程……〉


 元のスーツ姿が根付き過ぎているのなら、いっそのこと、それは残したままにする方向で。しかしよりエンタメらしく、マスコット要素も追加して。


〈……元がスーツなら、ちょっと胸元開けるくらいは許されるか……?〉


 案外良い線いっているかもしれないと、司会の女性も本格的に思案し始める。


「……でもー、スーツのままだと、バニーさんにありがちな網タイツは履けないよねぇ……」


 パンツスーツを基調とするならば、下は当然ズボンになるのだが……ミツがそこはかとなく残念そうに言ったのは、無論、ハナがバニー衣装を着ている姿を想像していたからである。


「……脚の代わりに、開けた胸元を透け透けあみあみで覆っちゃうとか」


〈っ!天才ですね、それ〉


 それはそれでいかがわしい感じになってしまいそうなものだが……少々マニアックなデザイン案がすんなりと出てきたハナの脳内には、当然ながら、変則バニースーツに身を包んだミツの姿が浮かんでいた。

 

〈胸元は開いているのに露出自体は少なめ、パンツスーツだけど網タイツの意匠もしっかり残る……良いですねぇ良いですねぇ、ギリギリを攻めていきますねぇっ!〉


 二人の双方向な邪念を知ってか知らずか、ある意味で蚊帳の外な女性は、しかし良い感じの助言を貰えたことを素直に喜んでいる。


〈ちょっと、この方向性で詰めてみますっ〉


「うんうん、華があっていいんじゃないかなぁ」


「せっかくのイベント事だし、ね」


〈早速持ち帰って協議しなきゃ……!お二人とも、ありがとうございました!〉


「いえいえ、こちらこそ連絡ありがとう」


「大会、楽しみにしてるねぇー」


〈はいっ、それではまたっ!〉


 大いに興が乗ったその勢いのままに、女性はホロチャットを終え去っていった。


「……エキシビジョンかぁー」


「これはこれで楽しそうだね」


「うんうん」


 結局のところ、2on2では自分達が一番強いのだから。

 そんな、傲慢ですらある自信に満ち溢れている二人にとっては、形式はどうあれ強敵と戦えるのであれば、それでいい。


「……取り合えず、それはそれとして」


「うんっ、ヘファちゃんに連絡だーっ」


 むしろ今は、自分達用のバニーガール衣装(スタンダード+網タイツver&変則型胸元あみあみスーツver)作成を検討する方が、二人にとっての重要事項と化していた。


 次回更新は6月9日(水)18時を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

 あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととても嬉しいです。


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