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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
冬 百合乃婦妻の冬籠り
161/326

161 R-何かの種、のような何か

 お知らせの通り、今話で二年次冬編を終了し、少しの間更新をストップさせて頂きます。

 


 真冬はもう過ぎ去りつつあれど、春というにはまだ吐く息は薄っすら白く、今日のように寒のぶり返しなんかもある、そんな時節なものだから。


「……」


「……」


 互いの温もりにめっぽう弱い華花と蜜実が、一つの長いマフラーを、厚手の冬服の上から一緒に首に巻いているのも、何らおかしなことではない、むしろ一つの風物詩とすら言えるだろう。

 そのまま並んで通学路でも歩いていれば、婦婦の日常的いちゃつきで済ませられたものだろうが。


「……」


「……」


 ところがどっこい、場所は寝室ベッドの上で、向かい合わせに座り込み、窓の外から夕陽を浴びて、至近で静かに見つめ合う。

 あえて暖房も切った冷たい密室の中でそんなことをしているとなれば、自宅での普段の様子から鑑みても、何やら倒錯的でいかがわしいコトでもしているように見えなくもない。


 が、今日に限っては珍しく、そんなこともなくなくなくない二人であった。


「…………」


「……じぃー……」


「…………」


 片や華花は瞼を閉ざし、対する蜜実はそのかんばせを至近で凝視。


 互いに無言、視線は一方、向き合っているにしてはアンバランスな力関係での、幾ばくかの静寂ののち。


「……どこ見てるの?」


「……どこ見てると思うー?」


「……右の眉の、真ん中らへん」


「せいかーい」


 気の抜けるような問答は、しかし、華花が蜜実を見ていないという前提を置けばこそ、テレパシーめいた不可思議な現象へと昇華される。


 視線を感じる、などという不明瞭な情報から、顔のどの部位のどの辺りを見ていたかまで正確に当てて見せるその手腕は、しかし二人の様子を普段から知っている者たちからすれば、今更さして珍しくもないことであろうか。


  無論、本人たちもその程度は出来て当然と心得ており、すぐさま次のフェイズへ進む。


「……じゃあ~……」


「…………」


「……じぃーー……」


「…………」


 先ほどよりも長い沈黙、その分華花が浴びる熱視線の総量も右肩上がりに増えていく。


「……はい、今度はどこを見てたでしょうか?」


「……左の目尻を二秒、おでこの真ん中の生え際を三秒、下って一瞬鼻の頭、上唇に移って五秒、それから左の耳たぶを、一番ねちっこい目で三秒」


「その心はー?」


「華花ちゃんの涙って美味しいんだよねー、あーでも、おでこにちゅってしながら潤んだ眼を見下ろすのも捨てがたい……鼻、いややっぱり噛むなら唇……いやいや、耳たぶハムハムした時の反応も良かったしなぁ……」


「ぴんぽんぴんぽーん」


「…………変態」


「でもー?」


「好き」


「えへへぇ、わたしも~」


 視線の動きは当然のこと、その都度蜜実が考えていた邪な情念すらも一言一句違わず読み取り、最後には好きで締めくくる百点満点の回答。

 目を見開いた華花がご満悦な蜜実に返す視線は、呆れと悦びとが入り混じったそれであった。


「……結局、何がどうなってるのかはよく分かんないけど」


 一連のこの、意味不明といえば意味不明なやり取りはなにも、ただ回りくどくいちゃついていた、というわけではない(あえて制服のまま、ベッドの上で、暖房を切って、向かい合わせにマフラーで絡み合うというこのシチュエーション自体は、二人の気分(・・)によるものであったが)。


「うん、これもいつも通りといえばいつも通りなようなー……」


 何かが変わった自分たちの、その何かを探るための、自分たちなりのちょっとした実験のようなもの。


「……でも……うぅ~ん……」


 けれども唸る蜜実の通り、これくらいならまあ、今までだって出来ないわけではなかった。

 無論、細部の確度はリアルでの交流が深まるほどに上がってはいるものの、ではこの思考共有自体が此度の変化なのかと問われれば、二人は揃って首を斜めに振らざるを得ない。


「……まあ、とりあえず攻守交替で」


「おっけぇーい」


 何はともあれサンプルを増やそうと、今度は華花が両目を開き、見られる蜜実は視界を閉ざす。


「…………」


「…………」


「…………」


「……じー……」


 三度の、静かなひと時。


「……どこ見てるのぉ?」


「……どこ見てると思う?」


「右の鎖骨ー」


「正解」


 この程度のジャブなどこなれたもので、やはり先と同じく、華花の視線はより長く熱くねっとりとしたものへと変わっていく。


「……じー……」


「…………」


「…………」


「……じぃー……」


「……これが見たいんでしょこぇがみひゃいんれひょ?」


 視線に乗った要求のままに、自身は変わらず目を閉じたまま、蜜実がその赤い舌を露わにした。


「んぇー……」


 めいっぱい突き出して、てらてらと光る舌の腹まで見せつけるように。割り開かれた唇と、煽るような舌先の小さな上下運動が合わさって、はしたなくすら見えるその行動。


「……正解」


「はなかひゃん、へんたいさんらぁ~」


 望むものを100%で見せてもらった華花に、その挑発に返す言葉の持ち合わせなどあるはずもなく。


「……うーん、分かんない」


「だよねぇー」


 半ばごまかすようにして、本題を語るのみ。

 といっても、語るべくような発見など、やはり得られなかったのだが。


「なんて言えばいいんだろうね、この感覚」


「ほんっとー、全然言葉にできないやぁ」


 現実世界で出力される結果は、今までと同じ抜群の意思疎通。

 けれどもその過程は、何処か今までと違っているような。

 きっとその差は、離れていても(当社比)一緒という意思が生んだもの。

 そこを踏まえた上でバーチャルなセカイで起こる結果は、ソロ戦闘の精度向上、のような何か。


「……私の中に蜜実がいて、その蜜実が色々教えてくれる、みたいな?」


「……なるほどぉ……?」


 眉根を寄せながらなんとか捻り出した華花の一解釈に、蜜実も今回ばっかりは首を斜めに降らざるを得ない。


 以前ハンを打倒しかけたあの訓練の際の蜜実(ミツ)の戦いぶりは、まるで華花(ハナ)の気性が流入し、一つに混ざり合っているかのようなものであった。

 それを、自身の内なる華花(ハナ)が導いてくれていたと解釈すれば、なるほど確かに、今華花が言うような事柄であったのだろうか。


「うぅーん……」


 だがしかし、いやさしかし。

 それが結論だと断言出来るほど、二人はまだこの新たな感覚に適応出来てはいなかった。


 やはり、こう、(わたし)の中の(ゴースト)が囁くとか、やっぱりそういう感じのお話なのだろうか。


「……考えてばっかりでもしょうがないし、クロノたちのところ行こっか」


「そうだねぇ」


 なんにせよもっと精度を上げるに越したことはない。

 というわけで今日も今日とて、友人らと約束した時間に合わせて、ハロワにログインしようとする二人。


「……あ、ごめん、ちょっとまって」


「ん~?」


 部屋着に着替えるべく立ち上がろうとした蜜実を、前言撤回と華花が引き留めた。巻いたままのマフラーを優しく引っ張り、再度顔を至近に寄せる。


「蜜実、舌だして」


 静かながらも有無を言わせない声に、最近顔を覗かせるようになった――或いは、蜜実が引きずり出した――華花の攻めっ気を感じてしまえば、命じられた方はもう、是非もなく従うしかない。


「……んー……」


「あぁ、む……」


 先ほどの戯れで呼び起こされてしまった加虐心の赴くままに、差し出された赤い実を咥え、吸い上げ、軽く食み。蜜実由来の湿り気を全部奪い取ってから、対価として自分の唾液をたっぷり返す。


「……ぷはっ」


「ぁぅ……」


 そう長くもない沈黙が残したのは、夜に向けて芽吹いていく熱の種と、糸引くほどの華花の蜜。


「ご馳走さま。ほら、着替えよ?」


「……うん……」


 誘惑されて、熱に当てられて、主導権を握られることに、蜜実が悦びを感じるようになったのは、もしかしたら。


 今まで散々そうされてきた華花の悦びが、その熱を介して伝播してきているから、なのかもしれない。


「このマフラーも、そろそろ仕舞い時かもしれないねぇー」


「もう、あったかくなっていくんだっけ?」


 春はまだ先だけれど、ちょっと寒いくらいが、自分たちには丁度いい。


 ちゃっかり暖房のスイッチを入れながらそう思う、華花と蜜実であった。


 次回更新は、現時点では6月2日(水)18時を予定しています……が、場合によっては前後するかもしれません。

 ここまで本作をお読み頂き、本当にありがとうございます。更新を再開した際には、また楽しんで頂けると幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最近読ませて頂きました…!!二人の相思相愛っぷりが尊すぎて大好きです… 最初にこの作品を読ませて頂いた時、1番天才だと思ったのがゲーム内では夫婦レベルでイチャイチャしてるのにリアルでは会っ…
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