160 R-変わらなかったり、変わったり
いつも拙作をお読み頂きありがとうございます。
今話の次のお話で二年次冬編の終了となるのですが、それに伴って、三年次編まで少し間を開けようかと考えております。つまり一時休止です。詳細は後に上げる活動報告の方でご確認お願いします。
滞りなければ、再開は6月の初め頃を予定しています。
高等部の二年次となれば、年明けの一、二か月はさして大きな学校行事などもない。
というわけで華花も蜜実も、当人たちは割合何事もなく学業をこなしていたのだが。
「…………」
一方で、気持ち言葉少なげな瞬間が増えた未代の様子から、何となく察することが出来るものもあった。
「――そういえば」
「……うん?」
昼食をとりながらも、斜め上辺りをぽやーっと眺めていた未代へ、華花が声をかける。
「未代は、槻宇良先輩に何かするの?」
何か、とは言うまでもなく、彼女――槻宇良 卯月の高等部卒業に際したなにがしか、ということであり。
上の空……というほどではないが、何やら考えているその顔付きと、卯月との交流が殊更に深かった未代ならば、という二点からの、疑問形ながら半ば確信の籠った言葉だったのだが。
「……んー、それがねぇ……」
ちょっとばかり困ったような濁りを含むその声に、婦妻ははたと眉根を上げた。
「未代ちゃんのことだから、景気よく卒業パーティーでもするのかと思ってたんだけどー」
思い描く未代のイメージ――なんだかんだ言ってはしゃぐのが好きという――とはズレるその反応。
「……卒業って、思ってるより寂しいものなの?」
では、寂寥感だとかそういうものに襲われて、パーティーなんかやってられないという話なのかと、そう華花が問い直す。
上にも下にも、それこそ未代から繋がった交流しかない二人には、今一つ分からない感覚ではあったが。
「んーにゃ、むしろ逆。あの人、卒業しようがしまいが距離感が変わらな過ぎて……」
「「……あ、あぁ~……?」」
分かったような分からないような、そんなときに大半の人間は、かように曖昧な呻きを上げるものだろう。
「槻宇良先輩は、このままいけば系列の大学に入学出来るでしょうけれど……そもそも現時点で、学内で顔を合わせる機会は殆どありませんからね」
現実世界での卯月は、その引っ込み思案に過ぎる性格から、元より未代と直接顔を合わせる機会などそう多くはなかった。
休日でのデート的なサムシングならいざ知らず、麗の言葉通り学院内で顔を合わせることなど、余程の大事にでもならない限り起こり得ず、交流は専らゲームかチャットか通話か何か。
そしてそれらのオンラインな繋がりは、学校が変わろうが絶えるものではない。
「やー勿論、卒パとか合格祝いとか兼ねた何かしらはするつもりだけどねぇ」
卯月が志望学部に受かることなど、特に疑いもしていない……いないのだが、それすらもこの、ドラマチック感不足に一役買っている気がしないでもない。
「なんか今一つ、エモくなる未来が見えないっていうか」
十中八九、いつものような空気になるのだろうなと、未代も、麗も市子も、当人である卯月自身すらも、今の時点で既にそんな気がしている。だからこその、こう、悩みというよりもどこか煮え切らないような、そんな微妙な心境。これこそが、未代の様子がちょっとだけ変な理由であった。
「『ティーパーティー』で集まるときも、皆さん、吃驚するほどいつも通りの雰囲気ですからね」
微笑みながら言う麗の方も、友人――もしくは同士――として卒業を祝いたい気持ちと、そういう時くらいは未代との二人きりを快く許したい気持ちと、やっぱりまだちょっとだけ残っている嫉妬心のような気持ちがゆるーくせめぎ合っており、まだ未代に意見しかねるという現状ではあるのだが……
(折角、卒業という節目を迎えるわけですし……)
そう、この時点で既に、麗の中にある卯月と市子へのライバル意識は、ほんのちょっと程度にまで縮小していた。いやむしろ、もうほとんど消え去りつつあるといっても良いだろうか。
それは卯月と市子の方も同じで、最早この三人、修羅場的多角関係というよりも、未代を取り囲む三角包囲網とかしつつあるのだとか。
(これを機に槻宇良先輩が頭一つ抜けるとか、逆に一歩遅れるとか、そういうのはなさそうだね)
(ねぇ~。まあ何となく知ってはいたけど)
勿論そのことは、華花と蜜実もヘファ越しに伝え聞いており、ならば現状、変にお節介を焼く必要もあるまいと静観の構え。
「卒パやるんだったら呼んでねぇー。槻宇良先輩が嫌がらなければだけど」
「アレだったらハロワの方でだけ参加とかもアリかもね」
リアルでの距離感と、何より卯月の類稀なる対人不得手ぶりから、絶対行きますとも言い辛い二人であった。
「りょーかい。……ま、あたしたちのことは良いとして、今度はそっちの話」
深刻に悩むことでもないのだからと、昼休みの女学生らしく、話題はシームレスかつ容易にシフトしていく。
「お二人さん、最近またなんか、雰囲気変わった?」
「……そーかな?」
「……そうかも?」
また、という枕詞の通り、年末頃に見られた変化とはさらに別ベクトルの何か。
なんか、という形容の通り、近くで見ている未代も麗も、それどころか当の本人たちでさえも具体化し難い変容。
「私たちも正直、良く分かってない部分はあるというか」
「感覚的過ぎて、説明出来ないっていうかー」
「あー……メッチャクチャ大袈裟に言うと、たまにどっちがどっちだか分からなくなる、みたいな……や、それもなんか違う気がするなぁ……」
離れていても、といってもまあ数分にも満たない一時ではあるのだが……とにかく、肉体が癒着しているかの如き物理的いちゃつきは大分落ち着いてきている(当社比)はずなのだが。
だというのにむしろ、二人が一緒にいるということが、これまで以上に自然にして必然にして当然のように感じられるというか。
それこそ、どちらかしか居ないはずの場面でさえ、二人が揃ってそこにいるかのような。
常に二人の存在が、気配が、重なっているかのような。
「や、流石にガチで見間違えることはないんだけどさ……」
そんな非現実的なことではないと、前置きしながらの未代の言葉。
「なーんていうか、こう、蜜実が一人でいるはずなのに、何か華花の髪が靡いてるような気がしたり」
「目の前には華花さんしか居ないはずなのに、何処か蜜実さんの笑い声が重なっているような気がしたり……」
それに続く麗の意見も合わさって、華花と蜜実が揃って抱く感想は。
「「…………ホラー?」」
おそらく見当外れな、けれどもまさしく、聞く限りではそうとしか思えないものであった。
「違う違う、そんなおどろおどろしい感じじゃなくってさ、えーっと……」
苦笑しつつも弁明の言葉を重ねようとして、けれどもやっぱり、上手く言語化出来ない。
「……ごめん、麗お願い」
「いえ、わたくしも、何とも形容するのが難しいと言いますか……」
とにかく良く分からない、しかし明らかにもう一段階深まっているように見える、婦妻の纏う空気感。
「まさか、ガチでホラー要素なの……?」
なんか、こう、離れていても一緒に居たいという情念的な何かが、互いの体に憑りつき合っているとか、そんな感じのやつなのだろうか。
「蜜実に憑りつかれるなら、それも良いかも」
「わたしもー。むしろ大歓迎、うぇるかむぅ~」
恐怖混じりの未代の視線をものともせず、例え残留思念だけとなろうともいちゃつき散らかすことを止めないという、確固たる意志を示す二人。
「良いですねぇ……」
麗が吐いたその言葉が、意味は分からないけどなんか尊いからヨシ、という旨の「良い」であることは、最早自明であろう。
「良い、のか……?」
結局この話題は、端から端まで判然とせず。
今はまだ特に距離の近い友人たちだけが勘付いているその変化に、現時点で言えるのは、華花と蜜実にとっても、更に深掘りする余地のある事柄であるということくらいか。
次回更新は5月1日(土)18時を予定しています。
よろしければ是非また読みに来てください。
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