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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
春 百合乃婦妻が出会ったら
16/326

16 R-引っ越しも楽じゃない


 時は進み、五月の大型連休。

 その初日、華花と蜜実にとっての一大イベントが遂にやってきた。



「もう大体積み込んだかなー?」


「ん、オッケー」


 そう、引っ越しである。



 同棲を決めたはいいものの、新年度も始まって間もないこの時期に新しく部屋を探すのは中々に難しく。ならばこそ、蜜実が今現在住んでいる部屋に華花が引っ越してくる、という形になるのもごく自然なことだと言えた。


 勿論、華花はそんなことをして自分の体が耐えられるのか不安でしょうがなかったが……それと同時に、あの蜜実濃度100%超の素敵空間に身を浸すことが出来るという幸福に、打ち震えてもいた。

 身に余ると知ってなお止まることが出来ない、最早ある種の破滅願望とすらいえよう。


「いずれこうなるだろうとは思ってたけど、予想よりはるかに速かったわね」


「同棲とは何とも、心が躍る響きです……」


 両親への報告、華花が借りていた部屋の解約、そして蜜実の部屋の契約内容変更、諸々をスムーズに済ませ、何とか大型連休に間に合わせることが出来た次第。

 なお、どちらの両親も、夏休みには連れ立って実家に帰ってきなさいと述べていたのは、言うまでもないことだろう。


「二人とも、手伝ってくれてありがとう」


「助かったよー」


「いやいや、半分冷やかしみたいなもんだし」


「是非一度、お二人の住まいを見てみたかったものですから」


 当然の如く手伝いに来てくれた未代と麗のおかげもあって、華花の部屋での引っ越し作業は、特に時間もかからずに済ませることが出来た。

 そうして、引っ越し業者にそう多くもない荷物を運んでもらい、一行はバスで蜜実の部屋へ向かう手筈なのだが。


「じゃあ、最後に……」


 そう言って蜜実は、小さなワンルームの中心に立つ。


「すぅー……はぁー……すぅー……はぁー……」


 そして、身体を目いっぱい使って深呼吸をしだした。


「……何してんの?」


「部屋中の華花ちゃんを連れて行こうかと」


 意味不明な発言だが、本人は至って大真面目である。

 酸素と一緒に取り込んだ華花成分的な何かが、ヘモグロビンに乗って血管を巡り、自分の身体中を満たしていく。その感覚に蜜実は言い知れぬ充足感を覚え、感化されたように華花も、取り込まれているという事実に背筋を震わせていた。


「なんて顔してんのよあんたらは……」


 その表情は未代をして、手伝いに来たことを一瞬後悔するほどであったという。


「…………」


 なお、麗は蜜実が深呼吸を始めた瞬間から息を止めていた。大気中の華花濃度を少しでも下げまいとする、淑女として当然の振る舞いである。




 ◆ ◆ ◆




 一行が蜜実の家に着いたのは、昼もとうに過ぎた頃であり。遅めの昼食を済ませてから、荷解きが始まった。

 余談だが、本日の『あーんバトル(デュエル)』は自宅(ホーム)という地の利を得た蜜実が終始ペースを握り勝利した。とはいえその地の利も、今日この日を皮切りに、失われていくことになるのだが。


「これはどこ置く?」


「あそこ、棚のところ」


「こちらは……」


「それはこっちー」


 あらかじめざっくりと決めておいた配置に従って、荷物を解いていく。

 家具、家電などは元々蜜実の家に置かれていたものをそのまま使う形ではあったが、それでも、華花の私物が置かれていくにつれて『蜜実の住まい』が『二人の住まい』へと如実に変わっていった。


 ともすればそれは、侵略といえるのかもしれない。蜜実一色だった場所が、自分という存在によって染められていく。そのことに華花はある種の背徳感を覚えながらも、相手を侵すという本能的な悦びを抑えきれずにいた。

 この空間、視界に入る全てが、蜜実が自分のものであるという証明になり。しかし逆に、私物の比率で考えるならば、自分が蜜実に囚われているようにも暗示させる。

 なんにせよ思考の行き着く先は、全て蜜実へと向かっていた。つまりいつも通りであった。


 ――しかし。

 そんな華花の優位的思考も、荷解きの最終段階へと至り、脆くも崩れ去ってしまう。


「後は衣類だけですけれど……」


「服とかはクローゼットにしまうからー」


「うん、寝室の、クローゼットに……」


 寝室という言葉を呟いた華花の声音も、顔色も、傍目にも分かるほどに熱を帯びており。未代は即座に、麗へと目配せを一つ。


(これ、あたしたちは大人しくしてた方がいいかな……色んな意味で)


(ええ。聖域に足を踏み入れるなど、罪深き人類に許される所業ではありませんもの)


「その辺は二人にまかせるわ、あんまじろじろ見るもんでもないし」


「わたくし達はリビングで休んでいますので、お二人でごゆっくりどうぞ」


 言うまでもなくただ服を仕舞うだけなのだが、それに対して謎の気遣いを見せる二人であった。


「ありがと。冷蔵庫の中とか好きに漁っていいからねー」


 そう言いながら衣類の入った段ボールを抱え、蜜実は寝室へと入っていく。華花も同じく荷物を抱えながら付いていくのだが、その足取りがどこか覚束ない様子であったのは、決して衣類の重さのせいではないだろう。


「待たせるのも悪いし、ちゃちゃっとしまっちゃおー」


「う、うん」


 引っ越しに至るまでにも、その相談や収納スペースの確保などのために、二人は互いの家を何度か訪れていたのだが。だからと言って華花が、蜜実のベッドルームに慣れたかというと、全くそういうことは無く。今なおそこへ足を踏み入れるには、相応の緊張と浮遊感を伴ってしまうのであった。

 最も恐ろしいのは、今日からその魔境で、蜜実と夜を共にするということなのだが。


 勿論気が高ぶってしまうのは蜜実も同じで、二人して浮ついた、けれども癖になりそうなほど心地良い背筋の痺れを感じながら、最後の荷物を解いていく。

 制服、普段着、部屋着に、まだしばらくは出番のない防寒具等々。前もってスペースの開けられたクローゼットや箪笥に、蜜実のものと並ぶようにして、華花のそれらが仕舞われていった。

 それですらも、千変万化な華花の魅力を感じさせ、一着一着が蜜実を至福へと誘う恐ろしい刺客であるというのに。


「えっと、後は……」


 最後の最後に満を持して顕現せしは、華花の肌に最も近く寄り添ってきた、側近中の側近たち。


「…………」


 蜜実は一切手を出さない。

 それどころか声すらも出さず、ただひたすらに凝視するのみである。


「…………」


 シンプルな白。クールさと可愛らしさを両立する淡い青。何とセクシーな大人の黒。視線を受けて恥ずかしそうにしながらも、一つ一つを手に取り仕舞い込んでいく華花の一挙手一投足、僅かな身じろぎや瞳の揺れすらも、見逃さないというように。蜜実の瞼は、完全に瞬きを停止していた。


 肌を覆う布地そのものに、それを手に取る華花に、そして脳内で自分を誘う、それらを身に纏った妄想の華花に、余すことなく熱を送る蜜実の視線は、危うげなほどにぎらついていて。それを至近距離で浴び続ける華花の心身は、送られた熱を一切合切吸収し熱く火照る。


 相乗的に高まっていく熱量は最早、寝室などという小さな密室に収まるものではなくなってしまっていた。収まりきらなくなったものは、必然、その外へと逃げるように漏れ出ていくもの。

 そして、漏れ出た熱量に常人では耐えることが出来ないというのもまた、自明の理。


「あのー、お取込み中のところ非常に申し訳ないんですけど……救急箱とかあります?深窓さんが鼻血出しちゃって」


わたくしのことは(わらふひのほほは)どうぞおかまいなく(どうほおはまひなふ)……!」


 うっかり寝室のドアを閉め忘れたが故に起きた悲劇であった。




 ◆ ◆ ◆




「あの、本当に大変な迷惑を……なんとお詫びしたらよいか」


 正座し、テーブルに額を打ち付けんばかりに謝り倒す麗。


「もー、そんなに謝らなくてもいいってばー」


「鼻血もすぐ止まって良かったよ」


 蜜実と華花は、何でもないようにそう言ってくれる。

 しかし二人の友人として、ひいてはファンとして、せっかくの良いムード(麗基準)を壊してしまったのは、なんとも悔やまれることであった。


「それよりも、ほんとに夕飯食べていかなくていいのー?」


「まあ、夕飯って言っても全部チルドなんだけど」


 引っ越し作業を手伝ってくれたのだから、二人としても、そのくらいの礼はして然るべきだと考えていたのだが。


「いえいえ、せっかくの初夜ですから。この愚かな小娘になどお構いなく、ぜひ婦婦(ふうふ)水入らずで過ごしてください」


 むしろ麗からしたら早々に退散することこそが、今できる最大の罪滅ぼしに思えた。


「未代ちゃんも帰っちゃうのー?」


「うんまぁ、あたしだけ残るのもなんか変だし」


(初夜ってワードのせいで、既に若干アレ(・・)な雰囲気になってるしね……)


 正直、今日ばっかりは流石に気まずい、なんていう本音はおくびにも出さない気遣い上手な女、未代であった。


「そっかぁ」


「ま、連休中にこっちだかあっちだかで顔合わせるだろうし。その時に改めて礼はするわ」


「ん、まー適当にね」


「お気遣いなく」



 かくして日も傾き始めた頃合いで、本日はお開きとなった。


 蜜実宅、改め蜜実と華花の住まいは、その住人二人きりの場所となり。

 初夜、という言葉を嫌が応にも意識せざるを得ない二人の夕餉は、緊張からか、久方ぶりに『あーんバトル(デュエル)』を伴わないものだったという。




 ◆ ◆ ◆




「陽取さん。折角ですし、夕食はうちで食べていかれませんか?」


「えっ、いやいや。お嬢様の実家とか、あたしみたいな一般庶民が足を踏み入れていい場所じゃないでしょ」


「今日は陽取さんにも迷惑をかけてしまいましたし、そのお詫びをさせていただきたいのですが……」


「いやいやいや、友達だしそういうのいいって」


「では、友達として陽取さんを自宅に招待したいのですが」


「その言い方はズルくない?」


「そうでしょうか?」


「……深窓さんって、けっこー強かよね」


「大丈夫です。陽取さんが思っているほど、豪邸というような雰囲気ではないですよ。給仕も数名しかいませんし」


「数名はいるのね……」


 次回更新は12月8日(日)を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

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