157 R-年明け……てました
「――あ、……」
年など、とうに明けていた。
気だるげながらも心地良い余韻に浸っていた蜜実が、ふとデバイスを手に取ってみれば、時間はもうゼロ四つを通り越していて。
ついでとばかりに年の境も跨ぎ終えていた時の進みの速さに、何ともなしに吐息を一つ。
「華花ちゃん」
「んー?」
「あけおめぇー」
「……ほんとだ。あけおめ」
シーツ一枚の下で身を寄せ合うこの時間も、今となってはすっかり日常の一部。
無論、その営みに飽きなど来ようはずもないのだが。
「そういえば、一緒に年を越したのも初めてだったねぇ」
「そうだね」
リアルで、ゲームで、といった区別もなく、年を跨ぐその瞬間を一緒に過ごすのは、何気に初めてな二人。これまでであれば、現実世界で家族と年を越し、ひと段落付いた辺りでハロワの方で両家集まるというのが通例であった。
「その割にはその……真っ最中だったんだけど」
「えへへぇ~……」
おそらく睦み合う最中に迎えていたであろう、この年の最初の瞬間。
今になって思い起こそうとしても、脳裏に甦るのは嫁の嬌声や艶姿ばかりで、新年早々締まらないというか、お盛んに過ぎるというか。
「……まあ、こういう初めてもありってことで」
「そうだねぇ」
春の日に出会ってから、色々な初めてがあって。
今この瞬間だってその中の一つに過ぎず、けれどもこんな、何気ない初めてが沢山あることに、微笑まずにはいられない。
「蜜実」
「ん~?」
「今年も、よろしく」
「よろしくー」
へにゃへにゃとだらしない笑みを向け合いながら、二人はゆったりと微睡んでいった。
無論、初日の出など拝めるはずもなかった。
◆ ◆ ◆
年末の宣言通り、初詣やら何やらを全てスルーしいつも通り家に籠って過ごす華花と蜜実の正月は、俗に言う寝正月に分類されるものであった。
長期休暇のご多分に漏れず、緩やかな時の流れに身を任せ、寝て、起きて、食べて、遊んで、だらけて、愛し合って、寝る。
時間刻みのサイクルさえも不定に、暖房で適度にコントロールされた真冬の空気が命ずるままにくっつき合ったまま過ごすこと、はや数日。
三が日すらとっくに流れ、夏と比べると存外に短い季節休みの終わりが早くも視界の端に映り始めたある日の昼下がりのこと。
暖房を弱め、ソファの上で二人羽織りとしけこんでいた二人。
後ろから抱きしめていた方の華花の左手が、ふと、半ば無意識の内に動く。
右手はデバイスを掲げ、蜜実と一緒にとりとめのないネットサーフィンになど勤しんでいるのだが……その華花自身も意識しないうちに、左の掌が向かう先は、抱きすくめっぱなしの蜜実の、お腹の辺り。
「ん~……♪」
さわさわと優しく撫でるその手付きに、蜜実も最初の内は心地良さげに目を細めていたのだが。
「……って、ちょっとー、華花ちゃん?」
その細い指先が、腹部をぷにっと摘まみだした辺りで、摘ままれた方が思わず声を上げる。
「……ん?」
「やぁ、ん?じゃなくってー」
無意識下の行動であったことが良く分かる返答。
しかししかし、その触り方は流石に、乙女の沽券に関わってくるものであるからして。
「そんな摘ままれると、何か~……」
ちょっと太っちゃったみたいでしょ~?
とは、口に出すのも躊躇われた。
実際のところ、特に蜜実のシルエットがふとましくなったとか、そういうことでは断じてないのだが。
年末年始は何かにつけて美味しいものが卓上に並びがちなのは、今も昔も変わらない。
それに加えて、宣言通り外に出ることもない悠々自適な引き籠り生活。
天然の冷気にしろ英知の暖気にしろ、常ながらそう多いとも言えない家中での運動量を削減させるには丁度良い空気感。
元々、割合肉付きの良い身体をしていた蜜実の、特に油断しがちだったおなか周りが、気持ち、そう、ほんの気持ち分ぷにぷにになってしまうのも、何らおかしな話ではない。
あくまで触り心地がよりぷにぷになっただけであって、だらしない体型になったわけでは断じてないのだが(再掲)。
「……あー。や、このくらいぷにぷにしてる方が、健康的で良いと思うよ?」
「……ぷにぷに……」
ぷにぷにという言葉は不思議なもので、言った方は誉め言葉のつもりでも、言われた方は思いのほかダメージを受けてしまうことが多々あるのだとか。
「……大体、なんでおんなじような生活してるのに、華花ちゃんはいつも通りなんですかぁー?この、このー」
蜜実が、当てつけにと腰を擦り付ける華花のお腹周りは、常と変わらずすらりと引き締まった細身のまま。
「何でって言われても……元から体型変わりにくいタチだし」
女性なら……というか別に性別を問わずとも、体重だの体型だのは多くの人が一度ならず気に病むものであるはずなのだが。
幸か不幸かこの華花という少女は生まれてこの方、体質的にシルエットの崩れない十数年を過ごしてきていたもので。
「……遺伝かぁ~……」
夏頃の顔合わせをした華花の両親、その片割れの殊更にすらりと伸びた体系を思い起こしながら首を捻り、珍しく恨めしげにパートナーを見やる蜜実。
そんな間近の視線を受け止める華花は、労を知らぬが故の言葉を返す。
「私は、蜜実の体型も好きだけどね」
何せ抱き心地が良い。
柔らかく、暖かく、すべすべでもちもち。
その素晴らしさを毎日肌身に感じている華花からすれば、むしろ一体どこに不満があるというのか分からないほどであった。
「そう言ってくれるのは嬉しいけどー……やっぱり少しは、ダイエットとかも考えた方が良いのかなぁ」
「――!」
ダイエットと、当人もまだ100%の本気ではない発言に、しかし華花が、ようやっと危機感のようなものを覚える。
「――ダメ」
「……ぇ、華花ちゃん?」
「蜜実のぷにぷにボディが失われるなんて、絶対ダメ」
確固たる、有無を言わせぬ断言。
自分に対してそこまで強くものを言うことなど滅多にないが故に、華花のその発言は、蜜実の心をドキリと大きく跳ねさせた。
「ゃ、でも……」
「でもじゃない」
きゅん。
「ぁぅ……」
珍しくもにょもにょと口籠る蜜実を、一層強く抱きしめながら、華花は言葉を続けていく。
「この、」
ぷに。
「この、非の打ち所がない、」
ぷに。
「魅惑のぷにぷにボディを、」
ぷにぷに。
「捨てようだなんて、」
ぷにぷにぷに。
「絶対にダメです。許しません」
ぷにぷにぷにぷに。
「ぅぅぅ~……」
それは、所有権の主張ですらあった。
この身は、今も両腕の中に抱き込んでいるこの身体は、その体脂肪率の1%すらも、自分のものなのだと。
いつの間にかデバイスを置き、両手の指で腹部から脇腹から丹田から何から撫で回すその尋常ならざる執着が、華花の心の内を如実に表している。
「訂正して」
「……、……」
寄せた唇から耳元へ、小さくも有無を言わせぬ言葉が流し込まれる。
「ダイエットなんてしませんって」
「……っ……」
吐息というにはあまりに熱量の高い、湿り気すら帯びた意思が、蜜実の耳たぶを濡らしていく。
「わたしは、ずっとぷにぷにボディのままでいますって」
「……~、……っ」
ぷにぷにと、そう囁かれるたびに、少しの憤りと沢山の羞恥心が湧き上がってきて。
「すべすべもちもちな蜜実でいますって」
「……~~っ」
それは華花のじっとりとした息吹に巻かれ、波立ち、乱れ、混ざり、背を震わせる背徳的な快感へ。
「ねぇ、早く。言って」
鋭くも湿った愛情に濡れる言葉に、火照った蜜実の心身は容易く屈服した。
「…………げ、現状維持でぇ……」
「…………良しとします」
「はひぃ……」
――強引な華花ちゃん……いい…………
蕩けた脳髄でそんなことを考える蜜実。
年明け早々、新たな境地を垣間見た瞬間であった。
次回更新は4月21日(水)18時を予定しています。
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