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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
冬 百合乃婦妻の冬籠り
153/326

153 P-第二次『セカイ日時計』簒奪戦 決着


 ミツの放ったスキルは、高威力の斬撃を四度連続で放つという単純なもの。


 両手に刀剣系の武器を持っていることと、近接攻撃としては長めの詠唱を条件として発動する斬撃は、単純ではありながらも、その分、フルヒットさえしてしまえば非常に大きなダメージを相手に与えることが出来る。


 一撃目を食らえば、二、三、四撃目の回避は困難。

 そんな高威力スキルを、術後硬直に縛られたアッシェには躱す余裕などなく。せめて自分が身代わりに、と、そう思う番兵の女性もまた、最初のフォロー及び直後に受けたハナの体当たりで体勢を崩してしまっていた為、なす術がない。


「くそッ……!!」


(そんなっ……!!)


 それでも何とか最初の斬撃を大斧の腹で受け。


「くぅっ……!!!」


 左手の二撃目が、その大斧をアッシェの手から弾き飛ばし。

 そのまま三、四の刃が、無防備な彼女の胴体を十字に切り裂いた。


(あぁ、クソッ……!やられた……!!)


 防具のおかげもあってか、即座に戦闘不能に陥るような致命傷ではない。けれども太刀筋とダメージは確実に鎧を貫通し、ここまでほぼ無傷を誇っていたアッシェのHPを半分近く削っている。


(危ないねぇ……!もうちょっと手慣れてたら……)


 三、四発目の攻撃が頭部ないし首へと向かっていたら、恐らく自分は、そのまま敗れていただろう。確実にヒットさせることを優先し、鉄鎧を纏った胴体へ狙いを定めてくれたおかげで、何とか生き延びることが出来た。


 まさかこんなにもあっさりと大技を決められてしまうとは思いもしなかったアッシェの背筋が総毛立つ。


 危うく死にかけたことへの恐怖と、それから。


(全く、将来有望すぎやしないか、この子達は……!!)


 いずれ強者へと至るであろう、その片鱗を見せる二人への喜びに。


(こりゃぁ、終いかねぇ……)


 ハナが数歩後方へと吹き飛ばされ、また、ミツもクールダウンによりスキルが使えない今こそ、こちらから反撃の一手を差し込むべき時ではある。けれども、大ダメージを負ってしまった自身の硬直をカバーする必要がある為、番兵の女性はあまり強気な攻勢へと移れない。そも、彼女自身も最初に受けた傷によって満足に戦えないこの状況。

 程なく戦線に復帰するであろうハナも、盾での防御自体は成功していたことからも、恐らくまだ七割ほどはHPを残していると予想出来る。

 ここまで考えた時点で、アッシェの脳内には既に、敗北の二文字が浮かび上がっていた。


 一発逆転に望みを賭けられるほど、この二人の少女は甘くない。

 ここまでの攻防で、そのことを嫌というほど思い知らされているが為に至った結論に、番兵の女性の方は、それでもまだ、抗おうとはしていたが。


(すまないね、不甲斐ないリーダーで……)


 彼女のその抵抗が、逃れ得ない敗北を感じ取ったが故のものであると知っているアッシェには、声もなくただ謝ることしか出来なかった。


(ミツちゃんすごいっ、カッコよかったっ!)


(ほんとぉ?えへへぇ、ハナちゃんが守ってくれるって、信じてたからねぇ~)


 やはり声もなく、一瞬の視線の交錯と、揺れる空気に触れる肌でのみ意思を疎通するハナとミツの方は、絶対的な優位に立ったという確信から、益々勢い付いていく。

 元よりノリやすい性質な二人が、体力差という数値上の優位と場の主導権という不可視の優位、両方を得てしまった今、もはやアッシェたちにその勢いを止める術などない。


 片や勝機、片や諦念を抱いてしまった二組四人の戦いは、それから程なくして、静かに、けれども確実なじり貧の末に、決着を迎えた。




 ◆ ◆ ◆





「「やったぁー!!」」


 最後まで立っていた二人、ハナとミツが歓声を上げる。

 その後ろでは、事の趨勢を見守っていたアイザとウタもまた、喜びに顔を綻ばせていた。


「いやぁ、すまんお前らッ!」


「そんなっ、姉さんのせいなんかじゃないですっ。私が足を引っ張っちゃったから……」


 敗れた方は悔しさや後悔に顔を歪ませてはいたが、けれどもやはり、アッシェがもつ生来のからりとした空気感のおかげか、険悪、といったムードではないようだった。


「ま、負けたとは言っても正直、アタシらにはほとんど実害ないし、あんま気にし過ぎるなよ?」


「……はい、でも、私、もっと強くなります」


「おぅ、頼りにしてるよ」


 勝者の喜びに水を差すのも悪かろうと、『新進気鋭(アウトロー)』側の反省会もそこそこに、アッシェがアイザの元へと近寄っていく。


「見事だったよ、アイジア先生。ひょろっちいデスクワーク派かと思ってたけど、中々どうして、根性あるじゃないか」


「それはどうも」


 不格好ながらも間違いなく身を挺して勝利に貢献したアイザが、ただふんぞり返っているだけのリーダーではないのだと、よく分かる散り際。負けこそしたが、将来有望なプレイヤーたちを四人も目の当たりにすることが出来て、アッシェ自身も満足している様子だった。


「んじゃあ約束通り、先生に『セカイ日時計(CLOCK)』の使用権を一時譲渡したいんだけど、タイミングはどうする?何なら、今すぐでも構わないよ?」


 公正な勝負事の上に成り立つ取り決めなのだから、負けた以上は粛々と従おう。かねてよりそう考えていたアッシェの手筈によって、『セカイ日時計(CLOCK)』はすぐにでもその使用権を移行できる状態にある。


「……いえ、今日は流石に、私も疲れてしまいました」


 しかし、言葉通りの疲労感、協力してくれた者たちへの労い、それから少し、考えたいこと。

 胸の内で諸々が渦巻く今の状態では、さしものアイザも実験を始めることは憚られた。


「ま、だろうね。しばらくは起動実験も控えるつもりではあるけど、出来れば早い内に予定日を決めておいてくれると助かるよ」


「ええ。そう長く待たせるつもりはないので、ご安心を。数日中にはスケジュールをお伝えします」


「あい分かった」


 元より、やること自体は単純明快。あまり長く引きずっても面倒だろうとアイザの方も考えている為に、この場での両者のやり取りはすんなりと済み、今日はそのまま解散という流れになった。


 部下共にどやされる、なんてぼやきながら闘技場を後にするアッシェたち一行を尻目に、アイザもまた自身の協力者らに声をかける。


「皆さん、今日は本当に、本当にありがとうございました。正直な所、無謀な挑戦ではありましたが、お三方の助力のおかげで……あの、ウタさんは……?」


「帰ったよー」


「うん。むしろ逃げていった、みたいな?」


「えぇ……」


 負けた悔しさ、勝った嬉しさ、強敵との戦い、その他諸々悲喜交々によって常ならぬ精神状態にあったウタは、そのままコミュ障を爆発させ人知れずその場を後にしていた。


 善戦を褒められるか、なに負けとるんじゃと怒られるか。どちらにしろ推しから何かしら声をかけられることは想像に難くなく、どっちに転ぼうと今の自分には耐えられないだろうからという、あまりにも正確無比な自己判断に基く戦略的撤退であった。


「……何というか、本当に流浪人のような女性でしたね」


 主に俗世に順応出来ていない辺りが、という部分は口に出さず、称賛で締めくくるアイザの優しさが、人影も減った闘技場内を虚しく通り抜けていく。


「結局、一回も会話は成立しなかったね」


「ね~。いい機会だと思ったんだけどなぁ~」


 一方的な声かけは多かれど、言葉による返答は遂にただの一度も得られなかったことを、少しばかり残念に思うハナとミツ。彼女らの様子を間近で見ていたアイザからしてみれば、いやあれはもう無理だ、なんて結論を出さざるを得ず。


「まあ、やはり彼女は、お二人を陰から見守る方が性に合っていたという事でしょうね」


「う~……友達になれると思ってたのにぃ」


「ね」


 ウタ本人が聞けば即座に自害でもしそうな二人の言葉。


「言葉を交わさずとも関係は続いていく……そんな友情だって、きっとあるのだと思いますよ、ええ」


「「おぉ……!」」


 アイザの、自身の無に等しい交友関係を棚に上げた名言風の雑フォローに、ハナとミツはカッコいい大人の女性でも見るかのような目を彼女へと向けた。


「……あー、我々も今日の所は解散としましょうか」


 ウタほどではないが、ちょっとばかし居た堪れなくなってしまったアイザの言葉を合図に、三人もまた闘技場の出口へと向かっていく。


「折角の縁ですし、実験時にはお二人にも立ち会って頂きたいのですが」


「もっちろんっ」


「何なら、ダメって言われても付いていく気だったよ」


「それはそれは……」


 こうして、過去未来を問わず、史上最も秘密裏かつ少人数で行われた時を巡る簒奪戦は、寄せ集め四人組(+一名)の勝利によって幕を閉じた。


 次回更新は4月7日(水)18時を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

 あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととても嬉しいです。

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