152 P-第二次『セカイ日時計』簒奪戦 軽妙
「ぶっ壊せ――『一点破砕』!!」
アッシェの好む単純かつ明快な高威力粉砕系スキルの一つ、一点への破壊力に優れた振り下ろしが、豪咆と共に放たれる。
(えと……こう、かな……)
「『斜避』っ」
対してハナが少々ぎこちない身振りで発動したのは、盾による受け流しのスキル。姿勢やタイミングを上手く合わせられれば、少ないSP消費で大威力の物理攻撃をもいなし、相手の体勢を崩すことすら可能な盾系の優良スキルなのだが……
「――っ、ととっ」
やはりこれに関しても、ハナのプレイヤーとしての技量不足からか、アッシェの放った攻撃スキルを上手く捌けずにいた。盾の傾斜と大斧の軌道を綺麗に合わせることが出来ず、威力は落ちども止まりはしないその重量に引きずられるようにして、ハナの左腕が盾ごと下へと引き落とされる。
「――ッアァッ!!」
ダメージはほとんどないものの、大きな隙を晒す形となった彼女へと、番兵の女性がすぐさま追撃を仕掛けて来た。
声無き咆哮と共に、アッシェほど大きくはなくその分取回しに優れた鉄斧を、ハナの左側――今しがた攻撃を受けた方へと横薙ぎに打ち付ける。
「だーめっ」
回避は困難、盾で受けることも不可能なその攻撃は、しかしやはり、どうしても、ハナの身体にまでは届かない。
受け流しに失敗した時点で既にハナの背後に回り込んでいたミツが、双剣をまとめて差し込み、斧を下から弾き上げる。
「ゥッ……!」
柄に当たったその妨害は、最善手を打つのであれば、番兵の手首辺りへ向け切断を狙う方が良かっただろう。そこに思い至れない、或いは実行に至れない辺り、やはりプレイヤースキルの未熟さは見て取れる。
(あっぶな……!!)
だがそもそもの話、今の一撃すらフォローが間に合うだなんて。
総合力に対して不釣り合いに高い連携の精度が、相対する二人の呼吸を乱させる。
今ならいけると踏み込めば、予想以上の立ち回りでそれを防いで見せる。かと言ってカウンターに身を強張らせれば、思いの外低レベルな反撃で肩透かし。
では攻勢そのものが大したことないのかといえば、やはりそこも、異様に息の合った連携で攻め立ててくる。しかしその躱しきれなかった一撃一撃は、やっぱりどこか詰めが甘く、すぐさま大ダメージに繋がるほどのものではない。
(あーもうっ、ワケ分かんないっ!)
言葉を発せない苛立ちと、目の前の少女二人への困惑がない交ぜになって、番兵の脳内で暴れ回る。
冷静でいなくては。
自分は負傷しているし、双方の人数的にも、もう後がないのだから。
そうは思っても、心は落ち着いてくれない。
「オラァッ!!……チッ!」
両腕の攻め手が止まったはずのミツを狙ったアッシェの攻撃が、立て直したハナのフォローによって空振りに終わる。理想から僅かに遅れる自身の追撃が、上手くいくはずもなく。
不甲斐なさと歯痒さに、番兵の女性の表情は歪んでいた。
「ッッ……!!!」
(わたしだって、もっと上手く出来るはずなのに……!!)
ゲームを始めたばかりの頃から一緒にやってきた仲なのだ。
万全の状態であれば、自分たちだってこの金髪銀髪くらいの、いや、それ以上の連携を取ることが出来るはず。しかしやはり、発声機能の喪失によって掛け声での瞬間的な意思疎通を封じられてしまったのが痛手だろう。それでも足を引っ張り合うようなことは勿論ないが……どうしたって、その精度は完璧なものではなくなってしまう。
だというのに。
こっちがそんな、歯痒い思いをしているっていうのに。
(なんでこの子らは、合図も無しに立ち回れてるのよっ!?)
ほんの一言、二、三音の短い掛け声ですら、毎秒攻防が繰り返される至近戦闘においては、非常に重要なコミュニケーション手段になるというのに。この二人の少女はどう見ても、そんな符丁の一つすら使っていない。
(いや、そもそも……攻め筋が無茶苦茶過ぎる、意味分からんぞ!?)
同じく、単なる廃人相手とはまた違うプレッシャーを感じているアッシェも、頭の中でハナとミツに懐疑の念を抱いていた。
無駄も多く、何なら所々テキトーなような……しかしまあ、再三感じてはいるがそこだけ高過ぎる連携力が、雑な部分を雑にカバーし何か得体の知れない感じに仕上がっている。
――いや、なんだこれ。
意思疎通を制限されたアッシェと番兵が、それでも満場一致で、そんな感情を抱かずにはいられない。
何故そんなにも、戦闘の最中にあるハナとミツは。廃人とその右腕が頭上に『!?』を浮かべるほどに無軌道なのか。
答えは簡単。
それは二人が、ノリで戦っているからである。
カメラ探しの旅がいつの間にかこんな戦いに発展してしまっていたように、二人のプレイスタイルは基本的に、その場の勢いで好きなように遊ぶ、である。
そしてそれは、戦闘中ですら例外ではなく。
これが出来たら面白そうだから、ここをフォロー出来たら喜んでくれそうだから、そんな、その場その場で浮かんだ突発的な発想の折り重ねで、二人の立ち回りは構成されている。
ある意味でウタ以上に無鉄砲かつ行き当たりばったりなその戦い方は、危うかれどもしかし、無自覚な連携精度の高さに補われ、相対する者に困惑を抱かせる。
[HELLO WORLD]はリリースされてからまだたったの二年程度。
確立されているようでまだまだ発展途上な現行の対人戦闘理論では、紐解けない変人たちがいるものなのだと、アッシェも思わずにはいられない。
戦いはノリの良い方が勝つ……とまでは言わないが、自身らのその軽妙さを、意図せずして戦闘面で活かせているが故に、ハナとミツは今、格上のプレイヤーを相手にしても主導権を握ることが出来ていた。
(案外、戦えるもんだねぇ~)
(ね。もっとボコボコにされるかと思ってたけど)
当人たちすら予期せぬ健闘、そうなれば両者のテンションも、ますます上がっていってしまうというもの。
(そしたらぁ……)
(うんっ)
勢い任せに、そう、まさしくその瞬間の突発的なノリで、二人はさらに大胆な行動に出る。冷静な、場数を踏んだプレイヤーであれば一度考え直すような勇み足を踏む。
「――『断刃』!!」
切断能力を高められたハナの攻撃がアッシェへと迫り。
「えーいっ」
難なく躱したその次の瞬間には、ミツの右腕が振るわれて。
「チィッ……!」
それも大斧の柄で受け流したところに、そのまま左手でもう一撃。
「ッッ!!」
鉄斧を横から器用に差し込み、リーダーを守ってみせた番兵の女性など、まるで見えていないかのように、ハナが小盾を構えて体当たり。
(ちょっ……!?)
四人の武器がぶつかり、しっちゃかめっちゃかになる――直前に、ちゃっかり双剣を引き抜くことに成功していたミツが、構える。
「――一振りー、二振りー、刃が二つぅ――」
(!!させるかッ!)
三節以上の詠唱、近接攻撃としては高威力に分類されるであろうスキルを発生前に止めようと、アッシェもまた咄嗟にクイックスキルを放とうとして。
「ッ『破砕』!!」
「――『敵性誘引』」
同時にハナが紡いだ、盾に僅かな吸引性を持たせるスキルに、引き寄せられる。
(!?しまった……!!)
クイックスキルであるが故にそのヘイト誘導性能は微々たるものではあったが……武器が触れ合うほどの至近距離、かつ発動タイミングが完璧であったことから、アッシェの大斧は綺麗に小盾へと吸い込まれていった。
「あぅっ」
特に防御力が上がっていたわけでもないハナが、攻撃を一身に受け盾ごと大きく弾き飛ばされる。
「――他は全てー、捨て置いてきたぁ――」
片割れが決して少なくないダメージを負ったその代わりに、アッシェと番兵を確かに捉えながら、ミツの詠唱が完了した。
「――『双刃相閃』ー」
次回更新は4月3日(土)18時を予定しています。
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