151 P-第二次『セカイ日時計』簒奪戦 変化
「お前ッ……!いい加減倒れろやッ!!」
「イヤですっ!!まだ、まだっ……!終わりたくないっ……!!!」
抵抗というより、もはや渇望とでも呼ぶべき声。
強敵との戦いを、逃げも隠れもしない格上との剣戟を、まだまだ続けていたい。
そう望み動かし続ける身体に限界が迫っていることを、ウタ自身が誰よりも理解していた。
HPは既に残り二割を切り、元より極めて少ないSPもすっからかんのからっけつ。
何より、高揚し歯止めの効かなくなった彼女の集中力が、もう音を上げ始めていた。
極限状態での精神的疲弊がよりアバターの動きに直結しているこのセカイでは、集中力の限界がその戦いの限界を意味している。戦闘への執着に反して、或いはそれが強過ぎるが故に、ウタの心身はまだそれについて行けておらず、全員格上といっても過言ではない相手方との連戦に、彼女の正常な部分がギブアップしてしまう。
言うなれば、子供がはしゃぎ過ぎて遊んでいる途中にダウンしてしまう的なアレなのだが……何にせよ、精彩を欠き既に死に体な相手を見逃すほど、アッシェの配下は甘くない。
「フンッ!!」
少々大振りな、しかし今のウタでは反応し切れないことも見越した横薙ぎの棍棒が、彼女の側頭部にヒットする。
「んぐっ……!?」
残りのHPのほとんどを削り、そしてそれよりも致命的な一瞬のスタン状態を与えた一撃に、ウタの身体がぐらりと傾いだ。
「……流石に、もう終いだ」
静かに少年が呟いた頃には、既にウタの左胸にはナイフが刺さっていた。最後の時にすら攻勢に出ようとしたウタの、振り上げられていた右腕から大太刀が滑り落ちる。
(満足……イヤ、やっぱり無念です……)
次いで、間違いなく全損したHPに従って、完全に力の抜けたその身体が倒れ行く。
最後まで戦闘狂丸出しなことを考えていたウタが遂に倒れ、両陣営に生じていた人数差は再び無くなった。
「ふぅ……」
((――いまっ!!))
その瞬間に、行動を起こす者が、二人。
突如として身を翻す少女二人、ハナとミツが、息をついた少年へと満を持して攻め込もうとする。
その距離は近いが、一足に辿り着けるほどの至近でもない。
「「『加速』っ!!」」
なればこそハナとミツは、ここで初めてスキルを使用した。
(――!!行かせるかってのッ!!)
声を揃えて繰り出したごく一瞬の加速系スキルに、しかしそれでも咄嗟の反応を見せ追い縋らんとするアッシェ。
「駆けろ――」
「――!」
「…………」
「『噴射加速』……っ!?」
しかししかし、その見事としか言いようのない同系統スキルを、アイザと天人種の少女が打ち消して見せた。
(よしっ……!)
「ちぃっ……!」
即座に勢いが失われ、アッシェは進行方向につんのめる。いくら実力に差があろうとも、スキルの有無によって開いた瞬間的な速力を埋めることは、さしもの彼女にすら容易に出来る事ではなく。元よりハナとミツがAGI重視のステ振りをしていたことも相まって、尚も止まらないアッシェが数歩進んだ頃には、既に二振りの刃が少年へと襲い掛かっていた。
「クッ……そっ!何だよ急に!?」
「いや、やるなら今かなって」
「ごめんねぇ~」
崩れ落ちるウタを飛び越えるように強襲を仕掛けて来た二人に、少年が苛立たしげな声をあげる。
優勢だったかと思えば味方が倒され、それでも一人倒したそばから、リーダーと睨み合っていたはずの奴らがすっ飛んできた。
どうにも思い通りにいかない戦況と、ウタとの戦闘による疲弊も相まって、その挙動は万全の状態と比べて、明らかに精彩を欠いている。
それこそ、全くと言っていいほど疲弊していない今のハナとミツであれば、そう長くかけずとも打倒出来てしまうほどに。
(てか何なんだよ、この二人は……動きが……!!)
ハナの長剣を躱し、反撃の短剣をミツの一振りで返され、弾かれた勢いのままに放った右のローキックは、待ち構えていたハナの左膝でブロックされる。一瞬の硬直を見逃さずに左手の棍棒を振るうも、ミツのもう一振りがそれを許さない。そうしている間に、再び振るわれたハナの長剣が腹部の皮鎧に決して浅くない傷を付けた。
実力では間違いなく、自分の方が勝っているはず。
何なら、少女たちの後ろで倒れ伏す女剣士の方が、色々な意味で危険な存在ですらあった。
しかしそんな、本来の実力差では有り得ない防戦一方の現状。捌けるはずの攻撃が、幾重にも幾重にも、それこそ絶え間なく繰り出され、申し訳程度の反撃も、軽鎧に掠り傷を付けることすら叶わない。
いかに連戦の負担が大きいとはいえ、こんな一方的な話があるか。
仮にもこの少数戦に選抜された自分が。
姉さんが駆け付けるまでの僅かな間に、格下相手にここまで追い詰められてしまうだなんて。
身体や装備に次々と切り傷を付けられながら、少年は焦燥と共にそう考えていた。
そう、まだ、そんなことを考えていた。
ほんの一時耐え凌げば。
不甲斐ないことこの上ないが、邪魔立てする者のなくなった姉さんが、すぐにでも加勢に来てくれるなどという、楽観を抱いていた。
(ここしか無い――!)
この脆弱な身を張るなら、今しか。
そう考え駆けるアイザと彼女の従僕が、彼の希望を打ち砕く。
「――五秒、いえ、十秒だけでも――!!」
「邪魔だよッ!!!!」
少年の元まであと僅か……そのタイミングで不格好に飛び出してきたアイザを、しかしアッシェは止まることなく一喝した。
得られるはずだった加速度を失い転倒しかけた、その隙を見逃さずに飛び込んできたことは評価に値する。だが白衣の研究者様では、このアタシを止める事なんて、ほんの一秒程度しか出来はしない。
一切臆さず、アッシェは駆ける両脚そのままに握った大斧を振り被る。上段大振り、しかしその分、アイザの貧弱なHPを砕くには十分な大質量の一撃。
「ォラァッ!!」
がん、と鳴り響いた重音は、もはや巨大な鈍器をぶつけた時のようなそれで。
「…………」
主の前に立ち受け止めた天人種の、盾のように翳された機械質な両翼は、ただその一撃のみで粉々に砕け散っていた。
「くっ……!」
なおも無口なテイムモンスターに代わって、アイザがフィードバックに顔を歪める。
只の一撃で大幅な部位破損、被弾硬直の度合いから見ても、その天人種が――彼女の主ほどではないにしろ――フィジカル面には秀でていないことは明らかであった。
「『破砕』ッ!!!」
だからアッシェは止まらない。
反撃するならしてみろ。
打ち消すなら打ち消してみろ。
そんなことは関係ない、ただ、絶対的な武力の差でもって圧殺する。それこそが、目の前に滑り込んできた障害を最も迅速に退ける方法なのだと、その勝気な眼差しは雄弁に語る。
「…………」
何故か、そう、何故だか。
佇む天人種を大斧から庇おうと、アイザはやはりどこまでも不格好に身を乗り出そうとして……けれども彼女の体は、その天人種自身の後ろ手でそっと抑え付けられた。
こちらは、理由も明白な合理的判断によるもの。
この一撃でプレイヤーが脱落するよりも、まずは自分が身代わりになり、その次の攻撃でアイザが倒れる方が一撃分、ほんの一、二秒程度だが、より長く時間を稼げる。
現状における自身らの役割を正しく理解し、最適な行動を起こした結果の光景が、二度に渡ってアイザを庇う天人種というものであり。
「くっ、ぅ――……」
けれども、こちらが二人ならあちらもまた、二人。
『痛覚反映』、動揺、自信喪失、諸々から立ち直りそれでもまだ本調子には程遠い番兵の女性が、天人種を粉々にしたアッシェの影から飛び出し、ほとんど同時にアイザを切り伏せた。
(……ここまでですか……結局わたしは最後まで、ただ突っ立っていただけでしたね……)
終わってみれば、両手の指で数えられる程度の秒数しか足止め出来なかった。
仰向けに倒れ行くその視界に映るのは、残った二人の少女。
(すみませんが、後はお願いします――)
奇しくも先程の自分たちと同じように倒れ込むアイザを飛び越えて迫ってきたアッシェらを、しっかりと、正面から出迎える。
ハナとミツの目には、最後に残った二人の敵だけが映っていた。
次回更新は3月31日(水)18時を予定しています。
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