150 P-第二次『セカイ日時計』簒奪戦 膠着
さして長くもない攻防ののち、遂に自軍の一人が打ち倒されてもなお、アッシェンテは加勢に駆け付ける様子もなく、アイザはそのことを訝しまずにはいられない。
足止めにハナとミツが張り付いているとはいえ、頭数だけで見れば、向こうも番兵の女性を含めて同数。実力は間違いなく相手の方が上だという前提に立てばこそ、貫き続けているその沈黙にアイザが警戒心を抱いてしまうのも、当然のことと言えようか。
そんな、両陣営含めて最も強いプレイヤーであろうアッシェは、しかし、アイザの深読みとは裏腹に、至極単純な理由でもって、現状の数的不利を良しとしていた。
即ち、ハナとミツを突破出来ないでいる、という。
(……困ったね……)
――妙な二人組だった。
そう。
位置取りや立ち振る舞いから、この二人が、アイジア一派とはまた異なる二人組という括りにあることは、アッシェの目にもすぐに分かった。
だが、そこからさらに分解して一人一人の動きに目を向けてみれば、どちらもそう大した脅威ではないように思える。それこそ、単純な個人戦闘能力で見れば、言うまでもなくアイザよりは高いが、ウタというらしい女剣士には明確に劣っているだろう、そんな程度。
だからアッシェは当初、自身らの牽制に当てられた二人の少女を、その気になればいつでも突破出来ると考えていた。
番兵の女性が手傷を負わされているとはいえ、頭数は同じ。であれば個々の戦闘力に大きな開きがある彼我の対面は、男衆へ加勢する上で、さして大きな障害にはなり得ないだろう、と。
それは別に、驕りや慢心などから来る楽観ではなく、むしろ戦闘開始から僅かな時間で相手の実力を読み取ったアッシェによる、正当な評価だと言えよう。
であればこそ、ローブの男が間合いを詰めて少年をサポートしに行った時、アイザやウタのカウンターを考えてこちらも距離を縮めておこうと考えたのも、彼女にとっては至極当然の判断であったし。
目付け役の少女たちの片割れ――銀髪の方――が、ほんの僅かに視線を流した一瞬に自身の踵を上げたのも、間違いではなかったはずだ。
(だけど……)
その瞬間、まるでこちらの動きを予期してでもいたかのように、もう片割れ――金髪の方――が、同じく両の足に力を入れていた。
そのまま突き進んでしまえば、双剣による妨害は避けられない。
頭でそう考えるよりも早く、咄嗟に体へ停止信号を送ったアッシェの反射神経は目を見張るべきものであろう。
この時点ではまだ、アッシェの脳内には疑問も焦燥も浮かんではいなかった。
金髪の少女への評価を少しばかり上方修正しつつも、けれども結局は次の一息……の、その一歩手前、ふっと力を抜いた少女に心的死角が生まれたその瞬間に、アッシェはあまりにも早い二度目の侵攻を開始……する、はずだったのだが。
(金髪の次は、銀髪の方だったね……)
その時には既に、最初に隙を見せたはずの銀髪の少女が、こちらを鋭い眼差しで捉えていて。いくら実力差があるとはいえ、流石に無理に押し通すことは敵わない。そう思わせるには十分な眼光に、またしてもアッシェの足は止まってしまった。
(その次はまた金髪、次は銀髪、かと思えばまたもう一方が……)
ここからは、ある意味でその繰り返しのようなものだった。
どちらかが見せた隙を縫って加勢に出ようとすれば、ベストとしか言えないタイミングで、もう一人にその出鼻を挫かれてしまう。
未だ直接の戦闘には至っていないものの、逆に言えばそれほどまでに的確に、この二人の少女はこちらの足を止め続けているのだ。
(一人一人の力量じゃ……いや、それを二人分足したとしても、アタシたちを止められる程じゃない……)
ならば加算ではなく乗算、所謂コンビネーションとでも言うべきプレイングで、相乗効果を生み出しているのだろうか。
(……だがそれにしたって…………息を合わせるにも、それ相応の実力ってのが必要なんだぞ……?)
互いの足を引っ張ることなく、ましてや肩を並べて個々の数倍もの力を発揮するだなんて、言うほど簡単な話ではないはず。
まず大前提として、戦闘(特にこの場合は対人戦)の経験が豊富で、どんな行動が有利に繋がりどんな戦術が不利を生まないのか十二分に理解している必要がある。その上で、それらの戦闘データとも呼べるものを主観抜きに他者へ伝えられる伝達能力と、相方が発するその情報を正しく受け取れる理解力が、双方に備わっていなければならない。
それこそ経験を積みに積むことで徐々に習得していく、戦闘職としての総合力。
それが高い領域に至って初めて、共に戦う味方と的確に連携が取れるようになる、はずなのだが。
(経験も、当然ながら技量もまだ足りてない……だってのになんだ……?息だけはイヤに合ってやがる……)
金髪と銀髪、どちらにも隙はある。
だというのにこの二人、相方のその未熟さを、まるで息を吸うかのように埋め合っている。
(今かっ――いや、無理だっ……!くそ、完全に見誤っちまってたね……!)
未熟だからこそ、足止めに宛がわれているのだと思っていた。
個人戦闘力に勝るウタと、未知にして強力なスキルを持つアイザでこちらの戦力を削る、その時間稼ぎを、凡百なプレイヤー二人に割り振っている――言ってしまえば、ある種の捨て駒のようなものだと。
だが違う。
この二人でなら、この二人が一緒にいさえすれば。
格上の、大規模クランを統べる廃人すらをも押し留めることが出来るはずだと、あの物静かなリーダー格は、そう考えていたのだろう。
……実際のところアイザは、そこまでハナとミツを過大に評価していたわけではないのだが……対面し、確実に膠着状態に持ち込まれてしまっている現状、研究者然とした立ち振る舞いも相まって、全てがアイザの思惑の内だと考えてしまうのも、無理からぬことであった。
(……あの戦闘狂といい、この二人組といい……そもそも『天人種』といい、どこでこんな奴ら拾ってきやがったんだ、あの学者先生は……!!)
奇人変人のオンパレードに慄き、攻めあぐねている――アイザが未知と考え警戒していたアッシェの沈黙の理由は、案外そんなものであった。
両者共に、相手方の力量を警戒し過ぎてしまったが故に生じている、妙な空気感での睨み合い。
そんなトップ同士の葛藤などいざ知らず、最前線を張るウタと短髪の少年の戦いは、少しずつ決着に近づいていく。
一人欠けはしたものの、相応に疲弊していたウタを徐々に追い詰める形で、短髪の少年に優勢が傾きつつあった。
(流石に攻防が早過ぎて、わたしには手出しが出来ませんね……)
先のローブの男は、この二人ほど近接戦闘に習熟してはいなかった。だからこそ、天人種の優れた観察能力も相まって、戦闘に疎いアイザでもどうにかカウンターを差し込むことが出来たのだが。
(そもそも、『対消滅』の使用も限界が近い。相手方のリーダーが健在な現状、無駄撃ちは避けたいところ、ですが……)
元より碌なサポートも出来ないのであれば、ウタが敗れるだろうと分かっていても手を貸さないのは、一つの戦略としてはアリだろう。しかし一方で、彼女を下した後に少年が向かってくるのは、間違いなくこちら。インファイトなど望むべくもない自分に、一体何秒耐えることが出来るだろうか。
(どうせ続け様に打ち倒されるのであれば、その前に、ウタさんの為に使ってしまうべきか……)
少年の放つクイックスキルを、幾度目か見逃しながら、アイザは葛藤する。
自身の手に余るこの能力、それを持つにはあまりに非力なわたし自身。
この二つの駒を、どう有効活用するか。
「オラァッ!!」
「ぅ、くぅっ……!!」
その間にも、ウタの限界は刻一刻と近づいていた。
次回更新は3月27日(土)18時を予定しています。
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