149 P-第二次『セカイ日時計』簒奪戦 力量
――そのモンスターの持つ行動原理は、『観察』である。
この[HELLO WORLD]というセカイ、そしてそこに生きるモンスターもプレイヤーも、なべてあらゆる存在を一歩引いたところから眺め続ける。
それが彼女にプログラムされた役割であり、またそれと共に与えられた、ハロワ内でも最高位に位置する自立思考プログラムは、その役割を果たしていく上で、少しずつ少しずつ学習を続けていた。
とはいえセカイは広大で、生じる出来事は膨大だ。
元よりあまり能動的ではない彼女の行動パターンも相まって、その学習速度はのんびりと緩やかに、どこか牧歌的ですらあった。
同じく最高位自立思考プログラムを有する一部のモンスター――プレイヤーたちが天人種と呼ぶ一群――の中でも、ひと際ゆっくりと活動していたその個体に転機が訪れたのは、イノチの巡りが狭間を迎えた場所、広く静かな枯れ木林の中でだった。
頭打ちというほど悲観的でもないが、しかし、自己成長の緩やかな停滞を自身の学習履歴から把握していた彼女は、眼前に現れた女性プレイヤーからの提案を承諾する。
極限まで時間を加速させることで得られる、膨大な観測データを求めて。
こうしてプレイヤーの元へ下った観測者の、テイムモンスターとしての能力が、元来からの『観測』と『学習』という二柱を軸にしていることは言うまでもないだろう。
対象が発動し得る、スキルと呼ばれる現象。
発声やジェスチャーによって生じるその予兆――周辺空間におけるデータの変動を観測し、そのパターンから既知のスキル群との比較・類推を行い、発生の瞬間にそれをピンポイントで無効化するアンチスキルを放つ。
既存のカテゴリーに分類されるものであれば、理論上はどんなスキルでも無効にし得る、強力無比なカウンター。
それが彼女の能力、『対消滅』。
当然ながらテイム者に大きな代償を要求するそのスキルは、得られる効果だけを見れば、対人、対モンスターを問わずあらゆる場面で戦況を有利に運ぶ事が出来る。
しかしやはり、そうであるからこそこのスキルは、特定のスキルにのみ対応したピンポイントなアンチスキル類とは比べ物にならないほどのSPを要求し、それが故にこの天人種は、『対消滅』発動の可否判断を自身の主へと委ねていた。
高度な自立思考プログラムと強力なスキルを有してはいても、実地でのフレキシブルな対応は出来かねる。それが現時点での、彼女自身の欠点であった。
とはいえ、スキルの予兆を観測してから発動するまでの時間は、一瞬とも呼べるほどにごく僅かな暇であり。プレイヤーであっても難しいそれを、戦闘初心者でありながら何とかこなしているアイザのスペックの高さこそが、最も驚くべき部分なのかもしれない。
そんな(傍目には)人外未知な白衣と天使の二人組を、それでも打倒しなければならない。そう奮起するローブの男が、メイスの役割も兼ねた杖を取り出しながら駆け出す。
「『破砕』!!」
詠唱の伴わないクイックスキルでもって強化されたその一撃は、切り結ぶ眼前の少年に集中していたウタの横っ腹へと容易く迫り。
「――っ、うぉわっっと!?」
直前で気が付きどうにか回避しようと動く彼女へと、大打撃とは言わずとも、けれども確かにヒットした。
「ぃっ……たぁっ……!」
「オラァッ!!よそ見してんなよっ!!」
好機と声を張り上げながら、短髪の少年も攻勢を強める。
ナイフと棍棒を不規則に振るい、脇腹へのダメージに動きを鈍らせるウタを攻め立てるその様相は、今度こそ間違いなく、彼の優位を如実に示していた。
(よし、どうやら体術系のスキルには、効果がないようだな……!)
加えて、均衡を崩す一撃を放ったローブの男も、インファイトの間合いを維持しながら、少年の連撃の隙間を棍棒で埋めている。
本職ほどではないものの、いざとなれば近接戦闘もこなせる自身のプレイスタイルによって、天人種を打破せしめた――そう考え喜色を露わにしながら、男は体術系のクイックスキルを次々に放っていく。
(この状況になっても直接割り込んでこないということは、それが出来るだけの能力がないということ……ならばこのまま、まずはこのイカれた女を倒す!)
全くの不意にこちら側の二番手に大きな痛手を与えた初撃。
そのままタガが外れたかのように飛び込んできた二撃目以降。
明らかな劣勢にあってすらも、引っ込むことのない愉悦の笑み。
与えられた衝撃の大きさという点では、むしろ天人種よりもこの女剣士の方がよっぽど、危険な存在として男たちの目には映っていた。
天人種が近接戦闘に干渉出来ないと判断すればなおのこと、まずはこの女を確実に仕留めるべきだろう。アンチスキル系スキルが、数的不利な状況では優位に作用しずらいと知っているが故に、男と少年はその三つの得物全てを躊躇いなくウタへと向けていた。
姉さんたちが残り二人に睨みを利かせている内に、畳みかける。
「振り砕け――『剛力破砕』!!」
そう考え、決する為に放った、詠唱アリの体術系スキル。
「…………」
天人種はそれを、無言のままあっさりと掻き消した。
(なん……!?)
確かに、腕は振るわれている。
その手に握ったメイスは、間違いなく女剣士へと迫っている。
だがしかし、その勢いは。
本来生じるはずだった、あらゆる補正や追加効果は。
その一切が、天人種の『対消滅』によって無効にされていた。
(くそ、やられた!!)
何のことはない。
魔法系以外のスキルも打ち消せることを、意図的に隠していたという、ただそれだけの話。
真価を出し渋るというごく単純な戦術は、けれどもウタをこそ脅威と断じ、一瞬であっても天人種を軽んじてしまった今この瞬間の彼らを突き崩すには、十分な効果を発揮した。
(攻撃動作そのものを止められるわけではない。だからこそ使い時が肝要でしたが……割合、上手く作用してくれたようですね)
『対消滅』が掻き消すのは、あくまでスキルの効果のみ。
身体の動きとそれに伴う物理攻撃そのものを停止させることは出来ず、それこそ最初の『破砕』に対して使用していれば、ローブの男はその性質を看破し対応してきただろう。
体術系スキルに弱いという、字面だけを見れば男の読みと合致していたウィークポイントの度合いを誤認させた、アイザの心理戦とすら呼べない引っ掛けが、彼の首と胴体を泣き別れさせた。
「あっはぁ……♪」
「テメェ!!」
「――あ痛ぁっ!?」
今度こそ成功した本試合初の斬首に震え、その隙をぶん殴られるという醜態を晒さなければ、ウタももう少し格好良く見えただろうか。
(何とか一人……わたしが木偶の坊になる前にもう一人処理出来れば僥倖ですが……)
『対消滅』は使えてあと二、三回といったところ。
戦闘開始時から一歩も動かずに戦局に貢献したアイザは、自身の限界を予測しながらも、同じく殆ど動かずにいるアッシェンテへと目を向けた。
(流石に加勢に来るかとも思いましたが、未だ動かず……正直これに関しては、相手方が何を考えているのかさっぱり分かりませんね……)
じりじりと間合いを詰め、いつでも切り合える距離にまで接近していたハナ・ミツと睨み合うアッシェ達は、ローブの男の脱落を見て何を思い、また、今この瞬間にも、数的不利が決定付けられた少年を捨ておくことを、何故良しとしているのか。
聡明ではあれど戦闘などという物騒な経験には疎いアイザには、豪胆な彼女の沈黙の、その真意が測りかねていた。
次回更新は3月24日(水)18時を予定しています。
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