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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
冬 百合乃婦妻の冬籠り
148/326

148 P-第二次『セカイ日時計』簒奪戦 戦力


 ウタ――美山 和歌はごく普通の女学生である。


 VRゲームはその世代の人並み程度には遊んできたものの、ガチ戦闘要素のあるものに触れるのは、この[HELLO WORLD]初めてで。なんやらかんやら二年程どっぷりはまり込んでいる内に気が付いたことが一つ。



 戦うのが楽し過ぎる。



 恐らく自分は、戦闘狂とかバトルジャンキーとか、そういう類の人間だったのだろう。

 モンスターを問わずプレイヤーを問わず、強い相手と戦うというのは、それだけで気持ちが高ぶり笑みが零れてしまうような愉悦の極み。まさか百合の花を愛でる以外に、こんなにも心躍るものがあっただなんて。


 そう自覚してからは、それこそEもPも関係なく、とにかく強そうな相手を見つけては戦いを挑む日々。お世辞にも得意とは言えない対人コミュニケーションも、PvPの為ならばと勢いでどうにか押し通した。まあ、友達(フレンド)は一人たりとも出来なかったが。

 兎角そうやって、ハナとミツ(推したち)を見守る傍らで闘争に身を浸す日々を過ごしていれば、自然と分かることがある。



 自分は、弱い。



 一部の、いわゆる廃人と呼ばれるプレイヤーたちはみな、対人、対モンスターどちらにせよ途方もない経験に基づいた実力を有している。過去に他のゲームで鍛えたのか、現実世界を投げ打ってハロワに全てを費やしているのか定かではないが、兎に角、そんな上位層の猛者共と、自分のようなVRMMO初心者(廃人基準)では、総合的な実力に天と地ほどの差がある。



 でも、戦いたい。

 強い敵と切り結びたいのだ。


 そして、あわよくば勝ちたい。


 そんな強欲が、ウタの心には燻っていた。


 だからこそウタは考えた。

 どうすれば、現状、自分と格上の敵との差を、少しでも縮められる?


 ひたすら経験を積む?


 それは勿論。

 だがしかし、その経験値を得るという段階ですら、出来ることなら勝ちたいのだ。


 そうして、考えに考えて考え着いた結論が、居合。



 ウタは愚直な人間だった。

 これと決めれば一直線、それこそ闘争への渇望や百合への熱意なんかが良い例だろう。

 そんな自身の性格をよく分かっていたからこそ彼女は、第一撃だけは『待つ』という戦い方を選んだ。


 本当であれば、戦闘が始まった瞬間に斬りかかりたい。

 戦略も戦術も何もなく、ただ昂る心のままに刃を振るいたい。


 でも、今はまだ、それじゃあ勝てないから。

 いつか廃人と呼ばれる領域に手をかけるまでは、我慢。


 その代わり、最初の一太刀を浴びせれば。待って待って、気持ちを抑え付けて、初撃の居合が綺麗に決まれば。


 二撃目以降はもう、好きにやらせてもらう。

 先手を取られダメージを負った敵に対してなら、それが格上のプレイヤーだろうともう、冷静ではいられない。


 だからウタは今日も、解き放たれた獣の笑みと共に得物を振るう。

 長く鋭い大太刀と、それだけでは物足りないからと、腰に下げていた鞘まで握りしめて。


 例え、相手が複数人で、怪我を負った一人をカバーするようにして、別のプレイヤーが眼前に立ちはだかったとしても。

 もう、もう止まれないのだ。

 一太刀を加えるまで、こんなにも我慢したのだから、もうこれ以上は、止まれない。


「ほらぁっ!戦いましょうよぉっっ♪!!!」


 居合で先制を取り鞘との二刀でがむしゃらに襲い掛かるという、流浪人というよりもはや無頼者のようなスタイルで、先陣を切るウタ。番兵に代わって前に出た身軽そうな少年へと、装飾も何もない無骨な鞘を叩きつける。

 ドストレートな打撃攻撃を左手のナイフで受け止め、続く太刀での一撃を半身になって躱し、間髪入れず繰り出された膝蹴りを滑らかな革の脛当てでいなし。

 両者ともに片足立ちになったその一瞬にすらウタの攻勢は止まらず、ナイフと打ち合ったままの鞘を強引に押し通そうとする。


「オラァッ!!」


「うわっ!?」


 いつの間にか右手に装備していた短い棍棒を少年が振るえば、直感的にそれを察知したウタが、強引に上半身を反らして頭部への一撃を回避。

 半身分ほど空いたその隙間と、数瞬にも満たない僅かな隙を、後方から機を窺っていたローブの男性が見逃すはずもなく。


「隆起し、食らい、呑み込め――『陸鰐の大顎(クランチクラック)』――!?」



 手をかざし放った局所地形流動のスキルが、発動しなかった。


(なん……!?)


 否、正しく言うなら発動はした。

 スキルが正しく発生する予備動作はあったし、SPだって消費されている。

 だがしかし、事象としては、何も起こりはしなかった。


(掻き消された……?どうやって?……いや、まさか……)


 混乱はすれども決して止まることはない思考が、男の視線を、僅か後方に佇むアイザへと向けさせる。


「……」


「…………」


 戦闘開始以降無口を貫く彼女の隣には、既に召喚され、主と同じく無言のまま佇む天人種の姿が。


(そっちの能力か……詳細は不明だが、やはり厄介なモンスターのようだな……!)


 部位も判然としないその顔から意図を読み取ることは出来ないものの……こちらを向く天人種の、淡く発光する頭上のリングや開かれた機械の翼から、何かしらの手段でもって自身のスキル発動へ干渉をしてきたのは明らかであった。


(無効化……発動した後に干渉するカウンター系……SPのロールバックは無し……)


 不透明な能力を類推しながら、男はそのウィークポイントを探す。

 少なくとも、後出しかつ瞬時に無効化し、攻撃スキル使用者側へのSPロールバックもない――つまり、発動を封じるのではなく発動したスキルへのアンチ効果を持った能力であることは、今の一瞬で分かった。


(となれば、代償は相応に大きいはず……後は、どこまでを対象に捉えているのか……)


 恐らく天人種が有しているであろうアンチスキルは、こちら側のスキルの種別、規模に対してどの程度まで対応可能なのか。

 それを見定めることが重要だと考えたローブの男は、それぞれ二振りの得物を打ち合わせる少年とウタの方へ、再び向き直る。ウタの狂気じみた苛烈な攻勢に慄きつつも、根本的な技量の差でやや優勢を維持する少年の背に狙いを定め、クールタイムを終えて次のスキルを放った。


「その背に力を――『庇護の翡翠臨(バックアップ)』!」


「…………」


 一人のステータス全体を微量に増加させるバフスキルは、けれどもやはり、天人種の無言の輝きによって掻き消される。


(バフスキルも無効、と……主人の方は動きがないが、そっちにはどの程度反動が行ってるのか……)


 元より妨害されることを前提に放ったスキル、今度は一瞬の動揺もなく冷静に、男は天人種とアイザの様子を観察していた。


「……、……」


(今のは……いえ、しかし、均衡を保つ為には止むを得なかった……)


 相手方の視線を確かに感じつつ、アイザは平静と無表情を保ちながら思案する。


 今の支援スキルは間違いなく、こちらの無効化能力の程度を測る為のものだった。けれども、現時点でどうにか均衡を保っているウタが早々に破られては、戦局はすぐさま傾いてしまう……そう考えればこそ、ここで敵方のバフを許すわけにはいかなかった。例えそれが、今のアイザからしたら馬鹿にならない量のSP消費を伴うものだったとしても。


(お二人の助力は望むべくも無し……)


 負傷しつつも闘志は健在な番兵の女性、そして何より、状況を俯瞰するアッシェンテへと睨みを利かせているが故に、ハナとミツは少なくとも、今すぐにウタに加勢することは難しいだろう。


(こちらの持久力の無さが露呈する前に、ウタさんにはせめて一人でも倒して頂きたい所ですが……)


 戦局が危うい均衡の上にあることを誰よりも理解しているアイザは、けれども隣に寄り添う天人種の少女に倣って、努めて得体の知れない沈黙を演出していた。


 次回更新は3月20日(土)18時を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

 あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととても嬉しいです。

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