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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
冬 百合乃婦妻の冬籠り
147/326

147 P-第二次『セカイ日時計』簒奪戦 開戦


 『セカイ日時計(CLOCK)』の眼下に広がる、まだまだ発展途上な街並み。

 『新進気鋭(アウトロー)』のホームたるその領地の一角、戦闘訓練用に作られた簡易闘技場の中に、八人のプレイヤーが集っていた。


「――さてと。承諾したからにはもう、うだうだ言ってられないねぇ。やるよ、お前ら!」


「「「はいっ!!」」」


 選り抜きの三人を従えた『新進気鋭(アウトロー)』のリーダー、アッシェンテが、快活な一声で部下たちを鼓舞する。


「やってやりましょう、(あね)さん!!」


 先日は番兵を務めていた女性が、今日は、アッシェのものを一回り軽量化したような装備に身を包んでこの場に立っていた。

 門番とは即ち、部外者と街の間に立つ守護者であり。故にこそ、実力・人柄共にアッシェの認めた優秀な人物たる彼女が、此度の決戦に登用されるのも、当然のことだと言えよう。

 熱意も露わに黒く短いポニーテールを揺らすその一歩後ろには、普段から側近として仕えるローブの男性と、身軽さを重視した革製装備でまとめた少年が。この四人こそが今日この日の戦いにおける、『セカイ日時計(CLOCK)』の防衛者にして『天人種』を獲物と定めた狩人たちであった。


「……私達もあのように、気合の一つでも入れたほうが良いのでしょうか?」


 対して、(対外的な)いつも通りの無表情を浮かべ、『新進気鋭(アウトロー)』の四人を見やるアイザの格好は、これまたいつも通りの研究者めいた白衣。


「がんばるぞぉーっ」


「おおーっ」


(ぁぁぁあああかわゆいぃぃぃぃぃ……!!!!)


 呟きに反応し能天気に腕を振り上げるミツとハナこそ要所に軽鎧を纏った戦闘服を装備してはいるが、微妙にあいだの空いた位置でそれを見守るウタに至っては、防御のぼの字もない質素な着流し一枚という有り様。


 半数が凡そ決戦に赴くとは思えない装いをしているこの四人は『セカイ日時計(CLOCK)』を求め名もなき天人種を守る、名もなき一時同盟。

 いや、今はアイザのストレージ内に身を潜めるその天人種自身もまた、目的達成の為に矢面に立つ用意があるというのだから、実質的には五人だと言えるだろうか。


(少々、狡い気もしますが……)


 意識下、無意識下共に天人種を一個の人格とみなしているアイザは、それ故に心の中で独りごちるが……少なくとも今の彼女はいちテイムモンスター、主人であるアイザの所有物(いちぶ)であるからして。


「お互い、準備は整ったみたいだね」


「ええ」


 既に条件も何もかも提示され、細部まで協議が行われた末のこの代表戦に、今更異を唱えるものなど居ようはずもなかった。


「じゃ、始めようか」


「宜しくお願い致します」


 両者の(かしら)同士の短いやり取りを受けて、審判 兼 立会人を任された『新進気鋭(アウトロー)』所属プレイヤーが、戦闘エリアの外側から声を張る。


〈えー、それでは『新進気鋭(アウトロー)』代表四名とアイジア氏陣営四名での、四対四チーム戦を始めさせて頂きます〉


 それぞれリーダーを中心に肩を並べ向かい合う両陣営は、互いに目を逸らさないまま、その声に耳を傾けた。


〈事前に定めた通り、四人全員が戦闘不能になったチームの敗北、一人でも生き残ったチームの勝利となります〉


 極めてシンプルなルールの最終確認、そののち僅か一瞬、音を失ったかのような静寂が闘技場を包み込む。


「「「「…………」」」」


「「「「…………」」」」



〈――では、試合開始!!!〉



 寂静を遮るその宣言で、遂に戦いが始まり。


 両陣八名、一機果敢に駆け出す――こともなく。


「「「「…………」」」」


「「「「…………」」」」


 まるで審判の言葉など聞こえなかったかのように、皆変わらず無言を貫いていた。


(さて……どう出るか……)


 既に大斧を構えつつも、敵となった四人を睨み付けるアッシェ。彼我の距離はそれほど離れてはおらず、その気になれば一撃を加えることも可能ではあるのだが。


(何せ敵さんには天人種(ジョーカー)がある……アタシが手ひどいカウンターを貰うのだけは、()けないとねぇ)


 未知の戦力、未知の能力を前に、リーダーたる自分が先陣を切ることは、蛮勇に値するだろう。


(任せて下さい姉さん、ここは私が……!)


 冷静にそう断ずるアッシェの意図を組むようにして、番兵の女性が自身の得物――ハルバートを握る両手に力を込めた。


 互いに無名の頃からアッシェに憧れ、その背を追いかけ、やがては彼女の街を守る大役を任されるにまで至ったその女性の実力と心意気は、紛れもなく廃人と呼べる領域にまで至っている。


 首領の意を察し買って出た第一陣。

 けれども決して鉄砲玉などではなく、敵の初動を見極め、カウンターにカウンターを返すことすら視野に入れて、番兵は一歩前に出た。


「――っ!!」


 不用意に、というほど浅はかでは決してない、先の一手を狙ったその僅かな踏み込みに、彼女(・・)が反応する。



「今ッ!!!」



 一息の内に、柄にすらかかっていなかったはずの右手が振り抜かれ、長刀の先までピンと伸び切った時には既に、その鋭利な刃が番兵の女性の喉を切り裂いていた。


「――く、かっ……!?」


 斬首には至らずとも、もはや声帯など完全に両断せしめたその一太刀が、女性のHPを大きく削り取る。


(しまった……!!)


 中心にいたのは学者先生、その両脇を固める金と銀の少女、けれども躱せなかったその一撃は、さらにそこから一歩離れた位置にいたはずの和装の女性によるもの。驚愕と焦燥、そしてそれ以上に、驚異的な反射神経で何とか致命は免れた安堵が、女性の心中を駆け巡る。


「ぁっは……♪」


 対するウタの方は、確かな手応えと苦悶に歪む格上の表情に、その凶暴な本性が笑みとなって漏れ出していた。


(仕留められたら最高でしたけど……でも、あぁっ……!これはこれで楽しめそうですね……!!)


 プレイヤー、モンスターを問わず、HPの概念を持つ全ての存在には、なべて急所や弱点とでも呼ぶべき部位が存在する。生物学であったり民間伝承であったり空想文献であったりを元としたそれらの設定は、当然ながらプレイヤー間の戦闘においても適応されるものであり。

 特に首や頭部を狙った攻撃の有効性は、上手く行けば一撃で相手を戦闘不能にまで追いやることが出来、また仕留めきれずとも、高確率で何かしらのショック状態を与えることが可能な点などから、戦闘を主軸に置くプレイヤーの基本的な知識及び戦術として広く浸透している。


 それこそ今のように、一線上への斬撃に優れた抜刀術が完璧な不意打ちで決まれば、スキルを用いずとも相手のHPの半分以上&発声でのコミュニケーション手段を奪い、『痛覚反映(フィードバック)』による行動鈍化まで付与出来る。


「おお~っ!!」


「ナイスぅっ!」


 見事に後の先を決めたウタへ、ミツとハナも称賛の声をあげた。

 無論、相手方の二の轍を踏まぬよう、警戒の視線を飛ばしながらではあったが。


「……ぉっ、ほぅふ……!」


 強敵との戦い、その第一手として申し分ない一撃を加えられたこと、そこへ更に推しからの称賛までもが重なった結果、端の上がったウタの口からは気持ち悪い――もとい、滅茶苦茶に気持ち悪い声が漏れ出る。


「……ちぃ、やるじゃないか」


 その声を聞いてか聞かずか、ダメージレースのスタートダッシュを譲る形となった『新進気鋭(アウトロー)』陣営の表情は、緊張に歪んでいた。


 しかし誰も、一撃を貰ってしまった番兵の女性を責めはしない。

 そんなことをしている暇があったら、さっさとそれを取り返すべく得物を振るうべきだ。


 何故なら、勢い付いた相手方は、間違いなく攻勢に出るだろうから。



 ――こうして、のちに第二次『セカイ日時計(CLOCK)』簒奪戦と呼ばれる戦いの火蓋は、流浪人の居合めいた一太刀によって、切って落とされることとなった。


 次回更新は3月17日(水)18時を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

 あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととても嬉しいです。

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