146 P-開戦までのスキマ時間
『新進気鋭』との談合を済ませたのち。
そのままそそくさと退散したウタを除く三人は、揃ってアイザの研究借家へと戻ってきていた。
首領――アッシェンテとの会話の感触からして、恐らくこちらの思惑通りに事は進むだろう。そう考え、なればこそ戦いに参加する自分自身の戦闘力として、アイザが頼れる存在はひとつ。
「――と、言う訳ですので、やはり事前に行っていた通り、貴女の力を借りる事になりそうです」
「…………」
首肯。
「いくら共同研究者と言った所で、ゲーム上はどうしても、私が貴方を使役する、という形になってしまいます」
「…………」
首肯。
「プレイヤーとして、テイマーとしての力量はほとんど初心者同然でして、貴女には苦労を掛ける事になるかとは思いますが、どうぞよろしくお願いします」
「…………」
首肯。
「……改めてみても、普通に会話が成立してるっぽいの凄くない?」
「すごいよねぇ……」
いつからだろうか。
ただ黙して聞いているだけだった彼女が、小さな首の動き一つで、その思考を表出し始めたのは。
ハナとミツの呟く通り、その僅かな上下運動は、完全な沈黙とは比べ物にならないほどに、相対するものに意思疎通の円滑さを感じさせた。
観察学習の結果、相手の行動に対して反応を返すことでコミュニケーションが生ずるのだと理解した……のかどうかは定かではないが、兎角、アイザやハナ、ミツからの呼びかけに、ごく僅かなジェスチャーでもって応じるようになって以降、この天人種というモンスターはより一層、彼女らにとって近しい存在として感じられるようになっていた。
「……それからもう一つ」
元より、極力対等な立場として接してきたアイザからすれば、なおのこと。
そしてそれ故に、続く言葉には決して少なくない、謝意の念が。
「承諾を得ていたとはいえ、やはり貴女を賭けの対象としてしまった事に関しても、今一度謝罪を」
勝てば向こう数百年分の観測データを得たのち自由の身に。
負ければ他の、モンスターに対して極めて一般的な価値観を持ったプレイヤーの元へ下ることとなる。
勝って得る大きなリターンの為には、敗れて背負うリスクも相応に重く、天秤に乗せられなければならないのだと、(律儀にも)天人種に対しても事前に説明していたそのことを、アイザは再度謝罪する。
「…………」
対してやはり、首の上下運動一つで返す天人種。
無言ながらも了承を強く感じさせる振る舞いに、アイザの表情も微笑んだそれへと変わっていった。
「あー……もし負けてしまっても、私も一緒に傘下に入れるよう交渉はするつもりですし、見た所アッシェンテ氏も、そう悪い人では無いように思えます」
最悪敗北を喫したとしても、『セカイ日時計』に近づけるという点において、超長期的に見れば計画を成就出来る可能性は残るわけなのだから、取り返しのつかない損失は無いと言えば無いのかもしれない。
ただし、勢力を更に拡大したい『新進気鋭』側からすれば、手に入れた『天人種』というカードを大々的に喧伝しない理由はないだろう。
そうなれば、彼女目当てで寄ってくるプレイヤーたちはわんさかいるはず。
自身らの先例から見るに、誰も彼も受け入れるような適当なクラン運営はしていないようだが……にしたって、彼女が不特定多数の面前に曝されるのは間違いない。
テイム前の彼女が、人里離れたエリアにいたこと。
ジェスチャーの程度を見るに意思疎通自体は図れているはずだが、その割にあまり自発的にはコミュニケーションを取ってこないこと。
他の天人種の目撃報告と違い、この個体の行動原理がプレイヤーへの『干渉』ではなく『観測』にあること。
それらを踏まえて考えると、あまり多くのプレイヤーと関わりを持つことは(少なくとも現状は)彼女の意にそぐわないかもしれない。
なればこそ、勝って自由に実験を行いたい。
この個体の性質を知ったが故に、アイザはそう考え。
「もぉー、アイザさん。そもそも、最初っから負けた時のことなんて考えないでよぉ」
「そうだそうだっ。絶対勝つ!くらいの気持ちでいかなきゃ」
子供故の勝気で、ミツとハナがさらに叱咤する。
「……そう、ですね」
言ってしまえばアイザは、現実世界で研究機関から逃げ出した身でもある。
逃げ癖、というほどではないが、どうしたって、上手くいかなかったときのことも考えてしまうし、それは別段悪いことでもない。
けれどもこの少女二人の、無鉄砲とすら思える言動を見ていると。
きっとセカイは自分たちを中心に回っているのだと、そう信じて止まない子供特有のお気楽さを目の当たりにしてしまうと。
「確かに、それくらいの気の持ちようは、必要かもしれませんね」
上手くいくような気がしてきてしまうのだから、子供だなんだと侮れない。
「そーそー、ウタさんだって手伝ってくれるんだし」
「ええ。天人種に関しても、みだりに口外はしないと約束してくださいましたしね」
口約束ではあるのだが、しかし。
頑なにハナとミツと言葉を交わさないその姿はいささか珍妙ではあるが、決して意志を曲げない確固たる心の強さのような、それっぽい何かをアイザに感じさせるには十分なモノであった。
その推したちから直々に秘密にしておいて欲しいと頼まれたのだから、きっと約束は守るだろう。不審者めいた思想原理故に、ウタはアイザからの信頼を勝ち取ることに成功していた。
事実、天人種を目の当たりにした際は滅茶苦茶驚きはしたものの、推し二人の名において決して口外はしないと、ウタはその心に誓っていた。
結局、なんで『新進気鋭』に喧嘩を吹っ掛けるのかはよく分かっていないが……そんなことは、推したちと肩を並べて戦えるという禁忌すれすれな栄光の前では些細な問題なのである。
少なくとも、ウタにとっては。
「ウタさんなら、少なくとも一人は確実に倒してくれると思うし。そしたら後はアイザさんが一人、私とミツちゃんが二人で、はい、私たちの勝ち」
ウタの戦闘力への信頼感が凄いとか、そりゃ同数対決なら一人が一人倒せば勝ちだろうとか、乱戦の最中にそう上手くいくものなのかとか、突っ込みどころは色々あったのだが。とりあえず、アイザが最も気にかかった部分は。
「何故、ハナさんとミツさんだけ纏められているのでしょう。それなら全員纏めて、四人で四人倒す、で良いのでは?」
そこであった。
おかしくはないのだがどこか引っかかる言い回しに小首を傾げてみれば、同じ疑問を抱いたのか、それとも単なる模倣か、佇む天人種も全く同じ角度で顔を傾けて見せる。
「わたしとハナちゃんは、二人で二人を倒すの」
「……それは、それぞれが一人ずつ倒すのと同じ事なのでは?」
「全然違うよ。私たちは、一緒に二人で戦うの」
「……分かったような、分からないような…………本番前に一度、全員で予行演習でもしておきましょうか」
「そうだねぇ~」
「ウタさんにも伝えて……あ、アイザさん、お願いします」
「了解しました……あの方、本当に、お二人とはフレンド登録すらしていないのですね……」
「無言で拒まれたよ」
「すんごい首振ってたー」
「…………」
「あははっ、そうそうそんな感じ」
「すごっ、めっちゃ早い、残像見える」
「……いや、彼女に妙な事を教え込まないでくれませんか……」
高速首振り(横方向)人形とかした天人種を見て笑うハナとミツに、苦笑するアイザ。
そんな彼女らの元へアッシェンテから、宣戦布告を受理する旨のメッセージが届いたのは、それから数日後のことだった。
次回更新は3月13日(土)18時を予定しています。
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