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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
冬 百合乃婦妻の冬籠り
145/326

145 P-交渉、或いは好条件の押し売り


 『セカイ日時計(CLOCK)』は、時計塔を模した非常に巨大なアイテムである。

 その形質から運搬は困難で、所有クランである『新進気鋭(アウトロー)』は、その周辺に自身らの治める街を作る形で、かのアイテムを管理していた。


 まだ試験運用段階とはいえ、時間に干渉するそのアイテムの有用性に目を付けるプレイヤーは決して少なくなく、どうにか恩恵に預かろうと街へとやってくる胡散臭いプレイヤーは後を絶たない。



「――失礼、クランマスターとの面会を希望したいのですが」


 例えばこの、白衣の女性のように。



「……はぁ~……一応聞いておきますけど、どういったご用件で」


 こんなのがいるから、わざわざ門番なんて配置しなくちゃいけなくなるんだ……なんて不満を隠そうともしないまま、『新進気鋭(アウトロー)』に所属する女性プレイヤーは、アイジアと名乗った胡乱な学者風の女を睥睨した。


「端的に述べますと、『セカイ日時計(CLOCK)』の所有権をかけての対人戦を申し込みたいと思っておりまして」


「はいはい。おねーさんみたいな人、それこそ毎日のように来ますけど……馬鹿正直に全部相手してると思いますか?」


 後ろの控える金髪銀髪の少女二人に、妙に挙動不審な安っぽい和装の女性。

 統一感も何もない四人組を、軽鎧を纏った門番はすげなく突っぱねる。


「多忙である事はお察しします。ですが勿論、受けて頂けた際には相応の見返りも用意してあります。話を聞くだけでも、そう悪い物ではないと思いますよ」


 うーわ、でたでた。

 どいつもこいつもドヤ顔で話だけでもーとか言ってきて。


 その誰も彼も、しょうもない「見返り」とやらひけらかして門前払いされてきたことが、ぱっと見は賢そうなこの学者先生には理解出来ないのだろうか。


「そーいうセリフも、テンプレみたいに皆言うんですよね。今、このセカイに、『セカイ日時計(CLOCK)』と肩を並べられるほどのレアアイテムやらモンスターやらがあるだなんて……なんで誰も彼もそう、自信満々でいられるんですかね?」


 苛立ちを前面に押し出した番兵に、けれども白衣の女性は無表情のまま、臆することなく言葉を続ける。


「『セカイ日時計(CLOCK)』に比肩するほどの希少性……例えば、『天人種』、などは如何でしょうか?」


「……あはは。そうやってありもしないエサをちらつかせてくる人も、別に珍しくもなんともないですよ」


 ああ、こういうパターンか。

 適当なホラを吹いて、何とかクラマスに面通ししようとするタイプ。


 いい加減面倒臭さが限界に近付いてきた門番の女性は、だったら今この場で見せてみろと、細めた目線で語る。口に出すのも面倒臭かったので。


「ここはまだ街の外……ですね。では……」


 どうせ無駄な御託を並べて押し通そうとするんだろう。そう思い耳を塞ぐ準備をしていた彼女の、細まってはいても開かれたままの両目に、それが映る。


 門と詰め所、それからここにいる五人の身体で上手く周囲から隠すようにしながら、けれども間違いなく、確かに呼び出されたのは。



「…………」


 どこか少女然としたシルエットの、天上の御使いのようなモンスター。



「……まじですか?」


 噂に違わぬその容姿。

 しっかりとその「見返り」をお出しされしまえば、未だ半信半疑ながらも、対応を改めずにはいられない。


「クランマスター様同席の上で、人目のあまりない場所であれば。『解析』をかけて頂いてもかまいませんよ」


「……しょ、少々お待ちくださいね……」


 番兵の女性は慌てて背筋と襟を正し、クラマスへと直通でコールをかける。

 万が一、本物(・・)が現れた時は迷わずそうしろという、クラマスからの命令に従って。




 ◆ ◆ ◆




 こうして無事街へ入り、そのまま時計塔内の応接間まで通されたアイザたち一行。

 程なくして、この街と時計塔を統べるクランの首領が、その姿を現した。



「気風の良い大ボラ吹いてる学者先生が来たって聞いたんだけど、アンタがそうかい?」


 ざっくばらんな第一声。

 入り口を見れば、その声に違わぬ勝気な顔立ちの女性が、先程の番兵と更にもう一名、側近らしき男性プレイヤーを連れて、部屋に入ってくるところだった。


「先生、などと呼ばれるような器ではありませんよ、私は」


「アイジア氏、だったか。アタシは『新進気鋭(アウトロー)』のリーダー、アッシェンテ。ま、適当にアッシェとか呼んでくれりゃいいさ」


 鉄鎧に背負った大斧といった重装備に見劣りしない体格に、べた塗りのような黒短髪が良く似合うその女性、アッシェは遠慮もなく――彼女らのホームなのだから当然と言えば当然なのだが――アイザの向かいにどさりと座り込んだ。


「んじゃ、早速だが確かめさせてもらおうかね。先生の交渉材料ってのを」


 前置きもなく本題を促すアッシェ。対するアイザもまずは世間話でも、などというような柄ではなく。領主の許可を得たことですぐさま、未だ名もなき天人種を召喚して見せた。


「…………」


「……へぇ、こいつぁ……」


 事前に説明を受けていた為か、少なくとも表面上はそれほど驚いた様子もなく、アッシェはローブに身を包んだ男性プレイヤーに『解析(アパライズ)』を命じた。


「…………」


「……どうでしょうか、真偽の程は?」


「……本当に『天人種』……少なくとも、既存のテイム済みモンスターのどのカテゴリにも属さない希少種であることは確実みたいだね……」


 最低でも、前例のないほどに希少なモンスターが、テイムされた状態でこの場にいることは間違いない。

 そのことを確信したアッシェは、すぐさまアイザへと向き直り、言葉を重ねる。その瞳には、先程までは隠されていたぎらぎらとした熱意が浮かび上がっていた。


「――んで?要望は『セカイ日時計(CLOCK)』を賭けた対人戦……だったか。そっちが勝ったらこの時計塔を、こっちが勝ったらそのモンスターを差し出すってことで、いいのかい?」


「ええ。話が早くて助かります」


 ものを見せ合ってしまえばもう、互いに何を望んでいるのかなんて分かり切ったこと。リスクリターンどちらも大きなその提案に、アッシェは考え込むようなそぶりを見せる。

 無論、既にその思考は前のめりに傾きつつあったが。


「……受けるかどうかの前に、対戦形式についても話し合おうじゃないか。前例に則って、クラン間の集団戦って形でどうだい?」


「それは肯定しかねます。何せ我々の戦力は、ここにいる四人で全てなのですから」


「……マジかい?」


 ところがどっこい、ここで一度、ブレーキランプが点灯。


「勿論。ですので此方としては同数……四対四での少数戦を希望したいのですが」


 淡々と、臆することなく実情を晒してくるアイザには、豪胆を自負するアッシェといえども、流石に困惑の声をあげてしまう。


「……さすがにそれは、こっちが承服しかねるね。こんな希少なモノ達の所在を、たった数人のやり取りで決めちまうってのは、ちぃっとばかし荷が重いんじゃないのかい?」


 ともにセカイを揺るがしかねないほどのモンスター(アイテム)を、たったの八人で奪い合うだなんて。

 クランを先導する立場にあるアッシェだからこそ、アイザのその提案に勢いだけで乗るわけにはいかない。


「貴女の言い分は尤もですが……私としてはむしろ、その無理を通す対価として彼女を提示している訳なのです」


 しかしそんなアッシュの、長としての葛藤など知ったことかといわんばかりに、アイザも我を通そうとする。

 天人種が、未だ誰もその全貌を知り得ない希少モンスターが欲しければ、こちらの誘いに乗れ、と。


「……いっそのこと、アンタら纏めてうちのクランに入る気はないかい?全員それなりの待遇は約束するし、試験運用が終われば、『セカイ日時計(CLOCK)』を優先的に使わせてやってもいい」


 白衣の女性の気概に気圧されたかのようにして浮かんだ折衷案を、アッシェはつい口にする。

 これならば、所謂安パイ、どちらも安全に目的を達することが出来るのではないか、と。


 それは、豪胆だが馬鹿ではないアッシェが、クランを纏めるに足る人物であることの証左……でもあったのだが。


「我々は、誰かの軍門に下るつもりはありません。というか正直に申し上げますと、この方々は皆、この一時の為に協力を取り付けているだけでして。その身の振りまで決定する権利は、私には無いのです」


 しかしアイザは、それすらもすげなく返す。

 今は自身の後ろに控える三人の、今後のハロワライフまで左右することは、流石に出来ない、と。


「なら、アンタだけでもいい。アンタとその天人種さえ手に入れば、クラン(うち)にとっては十分プラスさね」


 食い下がるアッシェ、しかし。


「いえ。彼女もまた、ただ一時的に協力して貰っているだけなのです」


「……は?」


 声音の変わらぬアイザの言葉に、二度目のブレーキランプが点灯した。


「テイムという形を取ってはいますが……『セカイ日時計(CLOCK)』を手に入れ、目的を達した後には、この天人種を自然へと返すつもりでいます」


「正気かい?」


「勿論」


 恐らく、このセカイで初めて人の元に下った天人種。

 それを、なにがしかの目的とやらを達成した後には、手放してしまうなどと。


「私の目的は、天人種を飼い慣らす事でも、ましてや『セカイ日時計(CLOCK)』の力を恒常的に誇示し続ける事でもない。言ってしまえばほんの一時、その二つが手元にあれば良いのです」


「……ぃや、しかし……」


 目の前にいる先生様が何を言っているのかさっぱり理解出来ず、アッシュの瞳は混乱、困惑、葛藤に様々揺れる。


 それを決して見逃さず、アイザはここと勝負を仕掛けた。


「では、これはどうでしょう。我々が要求するのは、この時計塔の所有権ではなく、その能力の一時使用権。私達が勝てば、少しの間だけ『セカイ日時計(CLOCK)』を貸して頂き、用が済めば速やかに返却する。その代わり、使用に際して其方は一切の口を挟まない。戦闘の形式及び此方が負けた時の条件は先程と同じ。如何ですか?」


 それは、アッシェ側から見れば破格の提案だった。

 勝てば天人種が手に入り、負けても『セカイ日時計(CLOCK)』そのものを失うわけではない。最初の要望と比べれば、明らかにローリスクハイリターンなそれ。


 これこそがアイザの(実現可能な範囲での)本命であったのだと何となく読み取りつつも、ここまでの好条件をぶら下げられてしまえばもう、下手に強気に出ることも出来やしない。


 新進気鋭のクランとして、見逃すにはあまりに美味し過ぎるエサなのだから。



「……少し、考えさせてくれないかい?」


「ええ、勿論。近い内に返事を頂けるのなら」



 難しい顔をするアッシェの脳内では、けれども既に、如何にしてクランの幹部連中を説得するかが思案され始めていた。


 次回更新は3月10日(水)18時を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

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