144 P-拉致orストーキング
「――ふむ……」
鳴り物入りで連れて来られた女性プレイヤーに、少々値踏みでもするような目を向けてしまうアイザ。
質素な無地の和服に身を包み、刀身の長い大太刀を腰に差した装いこそ流離いの女剣士然としているが……低い位置で結ばれ、不安げに揺れる灰髪の両お下げと、それ以上に小刻みに振動する薄茶色の瞳からは、少なくとも頼りがいなどというものは全く感じられなかった。
「まずは、名前をお伺いしても?」
「ぁ、えっと……その……ウタ、といいます……はい……」
明らかに平常ではない、何なら少しばかり震えてすらいる声。
極度の人見知りかとも考えるが……しかし彼女の瞳が、彼我の間に立つハナとミツへちらちらと向かっているのが、妙といえば妙。
察するにいきなりここに連れて来られたのであろうが、それにしても挙動が不審気味ではあるまいか。
「へ~、お姉さんウタって名前だったんだ」
「よろしく、ウタさん」
更には、アイザに代わって返事をするミツとハナの言葉も、同じくらい妙なものであり、いよいよもってアイザの眉間に皺が寄り始める。
「……名前も知らない相手を連れてきたのですか?」
強くて、信頼出来て、口が堅い人物を探していたはずなのだが。
よもやこの二人、そこら辺にいたプレイヤーを適当に引っ張ってきたのではあるまいな。
不審に塗れた目で睥睨するアイザに、ミツとハナは何とも曖昧に、首を斜めに振る。
「えーっと……確かに名前は分かんないけど、前から知ってる人ではあるよ」
「うんうん。結構強いし、どこにも所属してないし、多分お願いしたら手伝ってくれると思うよぉ」
曖昧だが、距離感の割には信頼を寄せているような口ぶり。
「……そもそも一体何者なのですか、このお方は」
「「私たちの……ファン?なんだって」」
「……ファン……とは?」
いや、言葉の意味くらいは存じているが、ポンっと言われてこの状況を理解するのは、さしものアイザですら困難なことであった。
「けっこう前から、私たちのことをこっそり見守ってくれてるみたいで」
「ヘファ……えーっと、知り合いに聞いたら、多分ファンねって言ってたー」
「……その見守るというのは、貴女方に許可を貰った上での話でしょうか」
「ううん。何ていうかこう、いつの間にかいたって感じ」
「……それは、ファンではなくストーカーと呼ぶべきものなのでは?」
こっそり見守ってくれているといえば聞こえはいいが、当人の許可を得ないそれは、言うまでもなくただの変質者である。
「そうなの?」
「ウタさん危ない人なのー?」
「!?!?……っ!?――!!!!!」
純粋かつどストレート過ぎる二人の質問に、もの凄い勢いで首を横に振るウタ。
しかし何を考えているのか、言葉を重ねて弁明することはない。
「…………」
その姿はアイザに、やはり変質者なのではと思わせるに十分な不信さを纏っている。
「っ!!!」
通報フォームの存在が頭の片隅に過ったのを察知して……か、どうかは定かではないが。ウタは、警戒心剥き出しの目で自身を見つめるアイザへと――間にいたハナとミツを避けながら――一足飛びに近寄り、焦りの伴った小声で弁明し始めた。
「ぃ、いや、違うんですよっ、ホントに……!ワタシはただ、このお二人のてぇてぇてぇてぇ戯れを眺めていたいだけの淑女でして……!そんな、ストーカーだとか、お二人をどうこうしようだとか、そんなつもりは全く、一切、これっぽっちもないんですっ……!!」
「……テーテーというものが何なのかは分かりませんが、それならそうとお二人に直接言えば良いのでは?何故黙って後を付け回しているのですか?今だって頑なに会話を拒んでいるようですが……」
「何を言っているんですか……!ワタシ如きが、お二人に声をかけようだなんて、ましてや会話に混ざろうだなんて……笑止千万っ……!ただただ静かに眺め、二人だけのやり取りに耳を傾ける、それこそが淑女としての正しい振る舞いじゃないですか……!」
「……は、はぁ……」
何を言っているんですかはこっちの台詞だ。
そう吐き捨てなかっただけ、アイザにも多少なりとも配慮や社交性が備わっていたと言えるだろう。
ウタが危険人物か否かはまだ判断しかねるが、要するに彼女なりのポリシーに則ってハナとミツをストーキングしていたことは分かった。
しかしなればこそ、新たな疑問も沸いてくる。
「話しかけられない、というのならば何故、今ここに?それこそ彼女達に声をかけられてここまで来たのでしょう?」
「いや、それがですね……今日、久しぶりにお二人を見かけたものだから、つい……その……いつもよりも近くで見守りたくなっちゃいまして……そしたら見つかって、捕獲されてしまいました……」
アイザの所に入り浸るようになってからは、ハナとミツは二人とも、自身らの共有ルームに帰ることは殆どなくなっていた。
節度を弁えたファンであるウタは、彼女らの行く先々を逐一付け回すようなはしたない真似は慎んでいたものの……
活動拠点にしていたはずの『フリアステム』で、彼女たちの姿を見かけなくなってからしばらく。
傭兵探しがてらに『フリアステム』へと帰ってきた二人に――ウタ目線で見れば、久方ぶりに姿を現した推しカプの姿に――つい堪えきれずストーカー紛いの行動を起こしてしまったのも、ひとえにその内に秘めた愛が大き過ぎたが故といえよう。
「お恥ずかしながら、驚き過ぎて固まっている間に、あれよあれよとここまで連れてこられた次第でして……」
ご無沙汰だった推したちが、文字通り目の前にまで近づいてきて、手伝ってほしいと言いながら手を引いてくる。ウタの心身が揃ってフリーズし、返事もままならないまま拉致されてしまうのも、致し方のないことと言えば、そうなのかもしれない。
「……成程。了解した、と言って良いのか悩み所ではありますが、兎に角経緯は把握しました」
委細承知というにはあまりに突飛なものではあるが。
兎角、ウタが連れて来られた経緯は理解した。
であれば、次に重要なのは、この流浪人が傭兵たる能力を持っているのか否か。
「で、実際の所、この方は我々の欲する要項を満たしているのでしょうか」
「うん。戦ってるのを何度か見たことあるけど、結構強いと思う」
「いっつも一人でいるから、言いふらす相手もいないと思うしー」
「……うぐぅっ……!」
推しからの無邪気なぼっち煽りにダメージを受けると共に、自身と比較することで「二人である」ことの尊さがより強調され、ええやん……となるウタ。
ある意味で無敵のメンタリティを有している、とも言えよう。
「正直、知ってる人の中で、戦力として一番信頼できるのは、この人かなって」
「名前も知らなかったけどねぇ」
推しに褒められるむず痒さと、推しに認知されてしまっているという禁忌の板挟みに、ウタの顔は赤やら青やらカラフルに点滅している。
やっぱりメンタルはくそ雑魚かもしれない。
「…………」
戦力になり、かつ口も堅いという部分にだけ目を向ければ、正しく欲していた人材そのものではある。しかし、この短い間のやり取りでも分かってしまうほどに、ウタという女性は、なんというかこう、少なからず癖のある人物なようで。
「…………」
「どーかなぁ?」
「ダメ、かな?」
(……ていうかそもそも、ワタシってなんでこんなところに連れて来られたんでしょう……戦力云々ってことは狩りか、或いは複数人での対人戦に頭数が必要、とか……?)
生粋の性か、ウタは思考を巡らせつつも、決して推しに声をかけることはない。
そんな助っ人候補を、奇しくもストレージ内に隠れて貰っている天人種のように無言で観察し熟考するアイザが、けれどもその可否を判じたのは、そう長い間を置かない内だった。
「……正直な所、他に当ても無いですし、致し方ありません……採用で」
「おぉー」
「わーいっ」
何も分からないながらも、ハイタッチを交わすハナとミツの姿が見れたからまあ良いか……などと呆けたことを考えるウタが、勝手に傭兵として雇われた瞬間であった。
次回更新は3月6日(土)18時を予定しています。
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