143 P-足りないもの
『ホロスコープ』はアイザの借拠点に、ハナとミツが入り浸ること、更にしばらく。
最近ではホームである『フリアステム』に帰ることすら放り出し、(勝手に)持ち込んだ質素な二人掛けソファに座り込んでは、デスクに向かい実験計画に頭を悩ませるアイザにちょっかいをかけてみたり、こちらやアイザを観察する天人種を逆に観察してみたり、データ収集という名目で交流を試みるアイザと天人種の言葉少ななやり取りを眺めてみたり。
或いは以前までと同じように、思い付いたままに二人であれこれと戯れてみたり。
短い期間なれど怠惰と見紛うほどに緩やかに過ぎていく時の中で、アイザと違って年相応な頭脳しか持ちえないハナとミツにでも分かることと言えば……『視覚転写』を取ろうとすれば天人種の少女が静かに身を寄せ、よくよく、よーく観察してみれば分かる程度にポーズのようなもの(ほぼ直立不動)を取るようになったこと、と。
それからもう一つ、アイザの実験計画が、それなりに険しい前途を辿っているということ、くらいか。
主に、『セカイ日時計』を手中に収めるという、実際に高速学習実験を行う上での必須項目において。
「――傭兵を雇うとは言ってたけど、何か当てとかあるのー?」
ミツが問う言葉の通り、問題の本質は、言うまでもなく人員不足である。
時計塔をかけた簒奪戦の、そのスタートラインに立つための条件。
「無いですね」
即答。
「ないんだ……」
「ええ、無いですとも。むしろ、有る様に見えるのですか?」
「見えないねぇ……」
悪びれる様子は皆無、どころか、何故かアイザは、ほんのりと自信のようなものさえ漂わせている。
友達いない自慢が憐憫と疎ましさを孕んだ目で見られてしまうのは、いつの時代も全く変わらないもので、対するハナとミツの蒼眼と碧眼もまた、ご多分に漏れずダメな先達を見るようなそれであった。
交流を深めていく内に、今ではもう遠慮のえの字もなくなってしまった少女たちの呆れ顔に、しかしアイザは、大人の余裕綽々に言い訳めいたものを吐き出す。そう、大人の女性というのは、見苦しい言い訳をする時すら泰然と構えているものなのである。
「誰か、一時的に協力してくれる個人なりクランなり、探してはいるのです」
しかしてこちらも慣れたもの。もういい加減、文末に繋がる接続詞も読めてきたミツ。
「です、が~?」
「現状このセカイにおいて、私には資産も実績もコネクションもありません。ゲームをやり込んでいるような、所謂廃人と呼ばれる人々とは、そもそもコンタクトを取る事すら難しい」
明々白々なアイザの言葉は、ゲーム内での彼女の立ち位置をこれ以上なく再認識させてくれる。
何のバックボーンもないままにこのセカイに降り立った彼女には、そもそも、事をスムーズに進めるだけの人脈というものが存在しない。
それでも、何某とも知れない木っ端のプレイヤーであればまあ、雇うことも出来るかもしれないが。
それでは、ダメなのだ。
「……言っちゃなんだけど、こんなんでよく『セカイ日時計』を使った実験なんてしようと思ったね」
「当初はもっと、それこそ年単位の時間をかけてでも、ゆっくりと進めていく予定だったのですが……」
小さな嘆息と共に吐き出されるのは、アイザ自身が考えていた、本来の長期計画。
高レベルの自立思考プログラムを有したモンスターを手中に収めるために、まずはテイマーとしての研鑽を積む。その道中で協力者を見つけるなり、クランを立ち上げるなり、或いはそれこそ『セカイ日時計』所有クランの傘下に入るなり、兎角ゲーム内で時計塔に触れるに足る地位を手に入れる。
その合間にレアモンスターの情報収集と選定も並行、といった具合に、長い道のりの果てに『セカイ日時計』と高知能モンスターの二つを用意する、長い長いプラン。
の、はずだったのだが。
まさかの、大当たりどころではないモンスターとの遭遇。
更にはプレイヤーキャラとしての能力に拠らない、言葉での説得によるテイム成功。
しかも丁度そのタイミングで、『セカイ日時計』を巡る争いは――ほんの僅かな暇ではあるが――静寂の時を迎えている。
ここまでパーツが揃ってしまえば、それが瞬間的なものであればこそ、さしものアイザも計画を大幅に前倒しし、強行してしまいたくもなろうというもの。
「――尤も、降って湧いた幸運が大き過ぎて、下手に誰も彼も巻き込むような動きは取れなくなってしまった、という問題もありますが」
「…………」
喜色を多分に含んだ苦笑を浮かべるアイザの大き過ぎる幸運とは、言うまでもなく、相も変わらず静かに『観測』を続けている天人種のことであった。
天からの授かり物はあまりにも想定外過ぎて、その(影響力という名の)力を、現時点の自分では制御しきれないと、アイザは考えている。
勿論、敢えて大々的に天人種のテイム成功をアピールすることで、セカイ中から野次馬を集め、彼ら彼女らを傘下に加えて戦いに挑むというプランも、一度ならずアイザの脳裏を過ぎりはした。
しかし、未知への熱狂を抱えた大勢の人々を、そう簡単に思い通りに動かせるなどという考えは、ある種の思い上がりですらある。
好奇心の、その内に秘められた力を知っているアイザであればこそ、それは実験の強行以上に手に余るプランだと、己が思考を諫められた。
現に、幸か不幸かあの場に居合わせたたった二人の少女すら、あしらうことが出来なかったのだから。
「無論、『新進気鋭』との戦いに際しては、少しでも有利に事を進める為の交渉材料として、提示するつもりではありますが」
世にも希少な天人種、そして、恐らくセカイで初めてそれをテイムしたプレイヤーである自分自身。
彼我の身柄をエサにして、可能な限りこちらに有利な条件で簒奪戦を申し込む。
挑戦を受けてくれれば、そして『新進気鋭』側が勝てば、その軍門に下り、我らが産み出すであろう利潤を提供しよう、と。
名の通り、最近になって寄せ集め的に勢力を拡大しつつあるかのクランなら、何人も知り得ない天人種の生態というエサに、食いつかざるを得ないだろうから。
そうして、なるべくならば少数同士の代表戦にでも持ち込みたい。
持ち込んで見せよう。
持ち込んだ、として。
「それでも、流石に三対三を受け入れてくれるとは思えませんね……」
現状のこちらの人数を鑑みた理想は、理想であるが故に、実現困難。
だからやはり、少人数戦が前提とは言えど、流石に。
もう少しばかり頭数が欲しい。
そしてその上で。
それでもなお少数となる以上は、一人一人が精鋭でなければならない。
「めっちゃ強くて」
「協力的でー」
「口が堅くて」
「わたしたちでも声がかけられるような人ー」
「…………」
「…………」
「……そんな都合の良い人、いるぅ~?」
「……いないんじゃないかな」
「……何とか、もう最悪一人二人でも良いので、早い内に見つけなければなりませんね。『セカイ日時計』が再び戦火の渦に飲み込まれる、その前に」
一緒に戦ってくれる人がいないという、MMOにあるまじき……いや、ある意味でもの凄くMMOらしい問題に、頭を悩ませる三人。
「…………」
その様子を、無言で佇む天人種だけが眺めていた。
◆ ◆ ◆
数日後。
「「いたよーっ」」
「いたんですか」
いたらしい。
「……ぇっ……ぇぅ……っ……!?」
ハナとミツがどこからか、半ば拉致するようにして連れてきた人物。
およそ尋常ではない緊張っぷりを如実に示すその女性は、流浪人を思わせる質素な和服に身を包んだ、灰髪ツインおさげの女性だった。
次回更新は3月3日(水)18時を予定しています。
よろしければ是非また読みに来てください。
あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととても嬉しいです。




