142 P-そういえば
「――そういえば」
アイザが天人種をテイムしてから、少しの日々が過ぎて。
彼女の借り部屋に入り浸るのにもすっかり慣れたハナとミツに、ふと声がかけられた。
「……?どうかした、アイザさん?」
ベッドに腰かけ、雑談に勤しんでいた二人は、デスクに向かったままのアイザの背中へと視線を向ける。
「そもそも貴女方二人は、あんな辺鄙なエリアで何をしていたのですか?」
現状、資源もさして美味くなく、レアモンスターの目撃情報も噂程度だったあんな枯れ木林は、年若い二人にとっては随分と退屈な場所に映りそうなものなのだが。
そう思いながら問うたアイザの何気ない一言に、ハナとミツは少しの沈黙ののち。
「「…………ああっ!」」
声を揃えて本分を思い出した。
「すっかり忘れてた」
「わたしも~」
苦笑を向け合いながら言うその様子から、本来は何か別の目的があったことを察したアイザ。椅子ごと身体を半回転させ、続きを促すように二人へと顔を向けた。
「えっと、実はわたしたち、カメラ……一眼レフっぽい見た目の撮影用アイテムとか作れる人を探してたんだぁ」
頬を掻きながらこぼすミツの言葉に、アイザはいつも通り目を閉じたまま小首を傾げる。
「写真を撮るなら、『視覚転写』で良いの……では、ないのでしょうね」
わざわざ探すということは、既存の機能では満足出来ない何かがあるということで、つまり疑問点は、そこではなくて。
「うん。なんていうかこう、カメラで撮ってますみたいな。撮影感を出したくって」
「成程、撮影という雰囲気が欲しかったわけですね……で、それと枯れ木林を彷徨っていた事と、何の関係が?」
撮影したいからカメラが欲しい←分かる
カメラが欲しいから枯れ木林に行こう←???
この瞬間のアイザの脳内は、概ねこんな感じであった。
「いや、まあ、その~……途中から、職人探しがてらの小旅行っぽくなってたっていうかぁ」
「小旅行ついでに、カメラ作れそうな人探すみたいな感じになってたっていうか」
二人とも少しばかりばつが悪そうにしているのは、本筋から逸れて遊び倒す行為が、大人に叱られる振る舞いランキング上位に君臨していることを知っているが故か。
「……成程。拠点は『フリアステム』にあると言っていましたが、観光目的でこの辺りまで来ていたわけですか」
幸いにもアイザは、大抵の行動に対して呆れ以上の悪感情は抱かない人物であった。
「そういうこと。そしたらたまたま、レアモンスターと変な……じゃなくて、面白そうな人がいたから」
「最初の目的なんてすっかり忘れちゃってたよぉ」
「本当に偶然、あの場に居合わせただけだったのですね」
変人扱いされたことには目を瞑りつつ、アイザは得心したというように首を振った。
無軌道で行き当たりばったりだが、子供にとって自由なセカイとは、そういうものなのだろう。
「あーでも、話してたらやっぱり欲しくなってきた」
「ねー。写真撮りたいー、撮影会したい~」
言うが早いか、知ったように頷くアイザそっちのけでベッドから立ち上がった二人は、瞬く間にじゃんけんで先攻後攻を決める。
「よぉし、撮るよーっ」
勝ったミツの先手、早速ハナになんかいい感じのポーズを取らせようとして。
「……あ、ちょっと待って」
後手ハナの一言であっさり反撃を食らった。
「アイザさん、ピースサインとか大丈夫?」
「あぁ、そうだねー。ごめんねアイザさん、最初に聞いておくべきだったよぉ」
「いえ。構いませんよ」
くるりとアイザに向き直り、やんわりと指を二本立てながら窺うハナとミツ。
文化圏によってはあまりよろしくないジェスチャーだったりするのだが、アイザは特に気にするそぶりも見せずに頷いた。
(写真撮影時にピースサインをする、と……)
もっとも内心では、そんな二人の様子から、かなり大雑把ではあるが所属する文化圏の類推なんぞしていたりするのだが。
交流を深めていく過程でのちょっとした好奇心、そしてそれ以上に、今もハナとミツを観測している天人種に、二人が何かしらの影響を与えるだろうと踏んだうえでの思考。
純真さと爛漫さと、好奇心。
子供っぽいと言えばそれまでだが、繕わない剥き身の感情そのままに動く彼女たちと間近で接して、この高性能モンスターは何を学習するのか。これもまた、高速学習実験の前座といえば前座だが、しかしてどうにも興味深い。少なくとも、街をほっつき歩いて適当に学習させるよりは余程。
身内――少なくともアイザは既に、このセカイではハナとミツをそうカテゴライズしている――贔屓に過ぎる実験過程など、現実世界では正当性も妥当性も信頼性もあったものではないが……生憎とここは、信じられないくらいの自由が許された箱庭の中。
実験自体が趣味100%な内容なのだから、そんなことを気にするつもりなど、アイザには毛頭ない。
街中での散歩もとい情報収集で、既にこの天人種の学習能力はある程度測れている。まあ、本当にある程度でしかなく、アイザ自身、彼女がそのスペックの全てを発揮しているとは到底思っていないのだが。
取りあえず、ハナとミツの若干アホっぽいやり取りも、少なくとも言葉の表面上の意味くらいは理解出来るだろうと観測させていた……というか、アイザが言うまでもなく、勝手に観測しまくっていた。
「…………」
そんな物言わぬレアモンスターの、表情に乏しい顔にもすっかり慣れてしまったハナとミツは、なんか見てるけどまあいいか位の軽いノリで、突発的な撮影ごっこに精を出す。
「ハナちゃん、ぴーすぴーすっ」
「いぇーい」
「あぁ~いいねぇ~可愛いねぇ、ぱしゃぱしゃっ」
「…………」
両手の親指と人差し指でレンズを模した長方形を作る、なんていうジェスチャーをしながら、ミツがハナをスクショする。父親を真似たそれは、各家庭から撮影専用機材が姿を消した昨今では、知らない若者も多くなってきたかなり前時代的な仕草ではあるのだが。
視界の端に映る自分の指越しに、それこそ古くからあるピースサインと笑顔のセットを見せるハナを見つめてみれば、何だか無性に楽しくなってくるのだから不思議なものだ。
撮る方も撮られる方も満面の笑みを浮かべながら、ぱしゃぱしゃと口で鳴らしじゃれ合うミツとハナ。
撮って撮られて、ますます興が乗れば、そのまま俯瞰視点でツーショット。
それも一通り楽しんだのちには、やがて、変わらず無言で見つめていた天人種を間に挟むようにして、スリーショットまで撮り始める始末。
いわゆる、その場のノリというやつである。
「……一応、実験が終わるまでは、その写真は公表しないで下さいね」
「大丈夫っ、分かってるから」
苦言を呈するようでいて、アイザの声音と口の端からは、微笑ましいという気持ちがありありと漏れ出ていて。
そんな年長者の様子を目敏く捉えたミツが、椅子に座っていた彼女まで巻き込んでしまおうとするのは、もはやアイザ自身にすら、分かり切っていたことだろう。
「はいっ、アイザさんも入った入ったーっ」
「ちょっ、と、私は」
二人揃って遠慮容赦なくアイザの腕を引き、天人種の隣に立たせる。
右からハナ、アイザ、天人種、ミツの順に並んで、画角に収まるように両サイドからおしくらまんじゅうで圧縮。
「ほら、アイザさん笑って笑って」
「もう、あんまり押さないで下さいっ……」
「…………」
「撮るよーっ、せーのっ」
「「ぱしゃっ!!」」
にーっと笑う両端二人に釣られて、まぶたを閉じたまま浮かべたその笑みは、ばっちりしっかり、三人それぞれの画像フォルダに保存されることになった。
今はまだ、三人だけ。
次回更新は2月27日(土)18時を予定しています。
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