140 P-小さな始まり
「――では、殆ど最初から盗み聞きしていた、という訳ですか」
「うん、まあ」
「大体そんな感じー」
枯れ木林から場所を移して。
アイジア、ハナ、ミツ、そして小柄な少女のような天人種の三人と一頭は、アイジアが拠点とする小さな一室で、今度こそ隔てるものなく顔を突き合わせていた。
「いえ、別に隠し立てをするような事でもないのですが」
言葉の通りではあれど、まさかあの場に人が居合わせていただなんて思ってもいなかったアイジア。まぶたを閉じたままのその顔には、気持ちばかり苦笑が浮かんでいるようにも見えた。
「そうなの?」
「そうなんだー」
対して返すハナとミツの言葉は、しかしどこか上の空なもの。
それもそのはず、今二人は、部屋の真ん中に黙して佇むレアモンスターにご執心なのだから。
「……警戒心を抱かせるような行為は慎んで下さいね。ようやく見つけた、貴重な協力者なのですから」
先程、枯れ木林の中で二人が飛び出してしまったのは、アイジアが希少モンスター以上に面白そうなことを言っていたから、ではあるのだが。いざこうして、めったにお目にかかれない天人種を間近で、安全に、じっくりと眺められるとなれば、二人の興味の向かう先が揃ってそちらに戻ってしまうのも、致し方のないことだと言えよう。
要するに、目先の面白さにすぐ釣られてしまうお年頃なのである。
それが、それこそ二人揃っての気質ともなれば、もはやブレーキなど踏みようもなく。むしろ、まだハンドル操作すらも危うい好奇心の四輪駆動が、ここまで少女二人の歩み来た轍を作ってきた。そしてまた、これからも。
「……うん、うん」
「……聞いていますか?」
「……まかせてー」
デスクに背を向ける形で椅子に座り、二人の様子を見やりながら釘を刺すアイジアだが、彼女の言葉が果たしてどこまでハナとミツに届いているか、甚だ怪しいものであった。
「…………」
二人して自身を取り囲み、ぐるぐる回りながらはぁーだの、ほぇーだの間の抜けた声を漏らすハナとミツを、けれども天人種のモンスターは全く意に介することなく、ただ正面に座るアイジアへと顔を向け続けている。
勝手に付いてきたプレイヤー二人はともかくとして、この表情すら曖昧なマレビトは、果たしてどこまで状況を理解しているのだろうか。
言語は理解出来ていると踏んではいるものの、ただ言葉を聞き取ることと、そこに込められた意図を組むことの差は雲泥程で。ただひたすらに『観測』を続けるこの少女めいた天使の解析能力は如何ほどのものか、アイジアにも、今はまだ窺い知ることが出来ないでいた。
「いや、でもまさか、天人種をテイムする人が出てくるなんて思いもしなかった」
「ねぇ……ほんと、ねぇー」
「そうしないと、街中に連れてくる事も出来ませんからね。応じてくれて助かりました」
テイムされたモンスターは、主人の所有物としてそのプレイヤーのストレージ内に収納することが出来る。
自身の拠点であるこの小さな借宿に連れてくるまで、他のプレイヤーに天人種の姿を見られずに済んだのもその機能のおかげであり、また今後共同で研究を行っていく上で、何かと都合が良い。
そんな理由で天人種をテイムしたアイジアだったが、一般プレイヤーのハナとミツからしたら、これ以上ないほどに希少かつ行動パターンも特殊なモンスターがこうしてプレイヤーの手中に収まるなど、言葉通り考えてもみなかったことでなのである。
希少種、上位種のモンスターは全体的に、搭載される自立思考プログラムも、より高度なものとなる傾向にある。それが故に、彼らのテイムへの抵抗力が他のモンスターよりも高いというのは、プレイヤー間ではひとつの常識ですらあったのだが。
高度な自己判断が出来るということは、モンスター自らが意図的に抵抗力を下げるのも可能であるということ。此度の少女型天人種のテイム成功によって明らかになったその事実は、けれども今のところ、テイムしたアイジア本人にしか知り得ない。
そも、まさか言葉を用いた『説得』によってモンスターを手懐けられるだなんて、誰も、思い付きすらしなかったのだから。
説得に成功したということは、ほぼ狂いなく、こちらの意図を理解出来ているのか。それともその選択すらも、彼女の行動原理である『観測』の為の、数多有るであろう行動パターンの一つに過ぎないのか。
「…………」
思考を巡らせ、閉じた両目で静かに共同研究者 兼 観察対象を見やるアイジア。
ハロワ史上初めて人の元に下った天人種は、何をするでもなく、ただ無言のままに主人を見つめ続けている。
そんな、奇しくも鏡写しのような相互観測。
「……まあ、テイムしたからといって、強いてまで命じる事など無いのですが」
瞳無き曖昧な面相は読み解けず、だからというかしかしというか、アイジアは今のところ、彼女に何かを強要するつもりもなかった。
テイムしても変わらない彼女の、活動の根本にあるもの。
それが自身の目的と合致しているのだから、少なくとも現時点では、とやかく言う必要などない。共同研究者なのだから、極力、行動を強制するようなことはしたくない、という思いもあったが。
兎角、こちらもまた彼女を観察することで、現時点での思考レベルを推し量っていけば良い。
「でも、名前くらいは決めておいた方が良いんじゃないかなぁ」
「ね。いつまでも天人種とかモンスターって呼ぶのも、なんか変だし」
とはいえ、いくら放任主義とは言えど、流石に呼び名くらいは決めるべきでは?というのは、そこまで難しく考えていないが故の、ミツとハナの弁か。いつまでも種族名やら代名詞やらで呼び続けるのも、それはそれで不便というか、味気ないというか。
「アイジアさん、何か付けてあげたらー?」
「……私が、ですか」
「そりゃ、アイジアさんがテイムしたんだし」
必要といえば必要だが、無いなら無いでどうとでもなる。
名前になどさして頓着していなかったアイジアは、けれども二人の言葉に、少しばかり考えを改める。
「……では、その内に。すぐに相応しい名が思い付くほど、私は名付けに長けてはいないので」
であれば、観察していくうちに決めるべきだろう、だなんて。
少なくともペットや何かではない――と、アイザ自身は考えている――のだから、いざ付けるとなれば、適当に済ませる事柄ではあるまい、と。
頓着はしていないが、それが大事なものであることくらいは、流石に分かる。
そしてだからこそ、アイザはハナとミツの方へ向き直り、言葉を続けた。
「それから、私の事はアイザ、で良いですよ……えっと……」
既にここまで口を挟んでくるこの少女たちとも、それなりに長い付き合いになるだろう。そう予見したアイジア改めアイザは今一度名乗り……実は聞かないままだった、二人の名を問う。
「ハナです」
「ミツだよぉ」
察して破顔するハナとミツへのアイザからの感情は、最初から、苦笑交じりではあれど拒絶的なものではなかった。或いはそれを感じ取っていたからこそ二人とも、ここまで一切自重することなく、彼女の後を付いてきたのだろう。
どうせ最初から全部見られていたのだから、最後まで巻き込んで、もとい、手伝ってもらおう。好奇心に輝く二人の瞳に密かな親近感を抱くアイザは、そんな腹積もりで、少女たちへと微笑みを返す。
「ハナさん、ミツさん。改めて、よろしくお願いします」
「「こちらこそ」」
「…………」
こうして、三人と一体、或いは四人の交流は、この小さな研究室(借家)から始まった。
次回更新は2月20日(土)18時を予定しています。
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